第七十七話「処分決定」
十月十九日、午後二時。
国王は近衛騎士百名を引き連れ、王都に帰還した。
アーウェル・キルガーロッホら護泉騎士団第三大隊が王都の市民たちに罵倒される中、国王ライオネル十二世は自らの権力基盤が危ういと感じていた。
(早急に手を打つ必要がある。まずはブレイブバーン公に話を通してからと思ったが、すぐにでも、あの者らの処分を決めねば、キルガーロッホ家に巻き返される可能性がある……)
彼はアーウェルらを騎士団本部に拘束し、キルガーロッホ公爵を含む、すべての要人との接触を禁じた。
そして、直ちに四公爵家を招集し、今回の魔族討伐軍先遣隊の処分について、協議することを決めた。
午後四時。
キルガーロッホ公、ブレイブバーン公、インヴァーホロー公、グレンデュー公の四公爵は、国王の執務室に集まっていた。
オーガスタ・キルガーロッホの耳にも、実子アーウェルの情報は入っており、国王自らが息子を連れ帰ったことを苦々しく思っていた。
(陛下はアーウェルの不手際を、儂の、キルガーロッホの力を削ぐことに使うつもりのようじゃ。だが、そう簡単には諦めぬぞ)
キルガーロッホ公以外の三公爵も諮問の内容が判っているため、キルガーロッホ公とは挨拶を交わしただけで、いつも以上に距離を取っている。
そんな中、ライバル関係にあるブレイブバーン公は、騎士団長ヴィクター・ロックレッターから、国王の威信が揺らぎ始めているという報告を受け、王家とキルガーロッホ家の争いが起こることは、間違いないと見ていた。
(問題は陛下がどのようにお考えになるかだ。陛下とキルガーロッホ家との確執だけで終われば良い。もし、その確執が陰謀を呼び、更には内戦にまで発展するようなら、我らはどうすべきか? この国難に、陛下が大局に立つことが出来るのか? 正しきご判断を神に願うぞ……)
各公爵は微妙な空気の中、国王が現れるのを待っていた。
十分ほどすると、国王が側近の書記官を伴って現れ、四公爵は頭を下げて、国王を迎える。
「此度は急な召集に応じてくれて感謝する。皆も既に聞いておろうが、魔族討伐軍先遣隊の不手際について相談したい」
筆頭公爵のキルガーロッホ公が最初に発言を求めた。
「先遣隊の不手際とは、如何なることを指すのでしょうか。臣には大勝利の報が聞こえて参りましたが?」
国王は厳しい目付きで、キルガーロッホ公を一瞥すると、
「公よ。そなたは敢えて惚けておるのか? そなたの次男、アーウェルが自らの職務を放棄し、義勇兵たちを見殺しにしようとした件について、そなたは何も聞いておらぬと申すのか?」
公爵は頭を静かに下げ、
「もちろん聞いております。我が息子が陛下の御前で失態を演じたと。我が息子は未熟ゆえ、陛下のご期待にお応えしようと、重圧に感じていたのでしょう。その結果が……」
国王は公爵の言葉を遮り、
「キルガーロッホ公爵。そなたは勘違いをしておるようだな。余はそなたの息子が戦場で泥酔し、報告できなかったというような、些細なことを申しておるのではない。かの者は、敵の動向を探るという先遣隊の任務を理解せず、部下たちの進言を尽く退け、更には自らが生き延びるためだけに、国を危うくしようとしたのだ。此度は義勇兵たちの活躍で事なきを得たが、義勇兵たちが敗れておれば、ブリッジェンドまで被害が及んだ可能性があるのだ!」
公爵はその言葉にも怯まず、
「臣が聞き及びまするに、我が息子の命を受けた義勇兵たちがミリース谷を死守したとのこと。ならば、その功績は将に帰するのではありませぬか? 戦は結果。先遣隊の活躍により、チュロック砦は救われ、結果として魔族の侵攻を防いだのではございませぬか?」
「そなたはあの地獄のような戦場を見ておらぬ。まあよい。今回のアーウェル・キルガーロッホの失態は軍監のダウランド男爵も認めておる。そうじゃな、ブレイブバーン公」
「御意にございます。騎士団にそのような報告が届いたと聞き及んでおります」
キルガーロッホ公はその事実を知らされておらず、歯噛みするが、
「どのような報告か内容をお聞かせ願いますかな、ブレイブバーン公?」
ブレイブバーン公は、国王に一礼した後、ダウランドの報告内容の骨子を語り始める。
現地に急行するようにとの命を無視し、ブリッジェンドまで故意に時間を掛けたこと、その間、飲酒のみならず、娼婦を自室に招いていたこと、副隊長のリーランドらが計画した騎士団と義勇兵たちとの連携訓練を理由もなく妨害したこと、ブリッジェンドからは斥候の必要性があるにも関わらず、それを行わないどころか、騎士団が派遣した冒険者たちの偵察行動すら妨害したこと、その結果として、奇襲を受け、義勇兵たちが命懸けで開けた突破口から、味方を見棄て逃げ出したことなどが語られていく。
中立派のインヴァーホロー公やグレンデュー公ですら、その内容に顔を顰め、キルガーロッホ公は顔を伏せたまま、肩を震わせている。
ブレイブバーン公の報告が終わると、国王は再びキルガーロッホ公を詰問する。
「この報告を聞いても、結果が良かったから、そなたの息子の手柄と言えるのかな。公よ、そなたの見解を聞こうではないか」
「……その報告が事実であるとして、四公爵家が我が息子の処分を決めるのは、些か大袈裟ではありませぬか? 騎士団で処分すれば良いこと。何故、話を大きくされるのでしょうか?」
国王は尚も言い逃れようとするキルガーロッホ公にイラつきを隠そうとしなかった。
「真に判らぬのか! 王都に出てみよ! 民たちの怨嗟の声は我ら王宮に向けられておるわ! 此度のことは余の不明でもある。だが、そなたの息子は、選んだ余の不明と糾弾したのだ! 一大隊長の処分で終わらせることなどできぬ!」
キルガーロッホ公はアーウェルが国王に何を言ったのかと、頭を抱えそうになる。
「陛下にお詫びいたします。我が息子の罪は、我がキルガーロッホ家の罪。いかようなご処分も謹んでお受けいたします」
彼は頭を深々と下げ、殊勝な言葉を吐きながら、心の底では別のことを考えていた。
(アーウェルの愚か者が! 陛下を敵に回してどうするのだ! そこまで愚かだったとは……アーウェルは切り捨てる。陛下のご裁断に一切異を唱えぬ姿勢を貫く。これしかあるまい。キルガーロッホ家は陛下の勅命に従い、陛下のご処分を唯々諾々と受け入れた。そう見られるように動くしか手は残されておらぬ……)
国王はその言葉を聞き、心の中でニヤリと笑う。
(言質は取れた。後はキルガーロッホ家に処分させればよい。余はキルガーロッホ家に騙された。アーウェルなる者の力量を過大に見せられ、そのせいで誤った人選を行ってしまった。そのことを民たちに知らしめる。此度のこと、適度な処分などありえぬ。厳しくすればキルガーロッホ一門の人心に動揺が走る。緩くすればキルガーロッホ家の評判が落ちる。どう転んでも余に不利益は無い……)
「さすがは筆頭公爵家。どのような処分も受け入れるというのだな」
「御意」
「良かろう。三公爵の意見を聞こう。ブレイブバーン公、何か良い知恵は無いか?」
国王はブレイブバーン公に意見を求める。
「此度の失態は騎士としての責務を放棄したもの。騎士団長に処分を一任すべきと愚考いたします」
ブレイブバーン公は、国王の目を見据え、持論を展開していく。
国王はやや不満そうな顔を見せ、「余の裁きでは不服か、公は?」と問うが、公爵は毅然とした態度を崩さなかった。
「御意。陛下がご処分を言い渡せば、どのような処分をしたとしても、禍根が残りましょう。なれば、陛下は騎士団長に示唆するだけに止め、処分は騎士団の内規に則り行えば良いかと」
国王はブレイブバーン公の意見に肯き、インヴァーホロー公、グレンデュー公の意見を聞いていく。
「公の考えは判った。では、インヴァーホロー公の意見を聞こう」
インヴァーホロー公は、何の感情も見せず、
「臣は陛下のご意向に沿うのみにございます。ですが、此度のことは貴族の恥。厳しい処分を求めるのみにございます」
「判った。では、グレンデュー公、そなたの意見を聞こう」
グレンデュー公は落ち着きのない目で、キルガーロッホ公とブレイブバーン公を交互に見ながら、インヴァーホロー公の意見に同調する。
「臣もインヴァーホロー公と同意見にございます」
国王は頷くと、数秒間黙考した後、裁断を下す。
「貴公らの意見を参考に処分を決する」
国王はキルガーロッホ公を見据え、短く処分を言い渡した。
「アーウェル・キルガーロッホの処分はキルガーロッホ公爵家に一任する。筆頭公爵家に相応しい処分を期待しておるぞ」
その言葉に、ブレイブバーン公が異を唱える。
「陛下、それはあまりにも思慮浅きこと。兵たち、民たちは納得しませぬぞ。何卒、ご再考を」
「ブレイブバーン公よ。これは決定だ。筆頭公爵家であるキルガーロッホ家ならば、皆が納得する処分を下すであろう。ああ、忘れておった。此度の余の失態については、義勇兵たちに特別報奨金を下すことにした。また、義勇兵の指揮官、ハミッシュ・マーカットには男爵の爵位を授けるものとする」
キルガーロッホ公は国王の話を聞きながら、歯噛みしていた。
(やられたわ。陛下も中々に腹黒い。良かろう。筆頭公爵家に相応しい処分を行い、陛下の思惑を覆して見せようぞ)
ブレイブバーン公は、尚も国王に再考を促していた。
「報奨金はともかく、マーカットは男爵位を受けませぬぞ。かの男は爵位に何の価値も感じてはおりませぬ。無理やり男爵位を授ければ、かの者は我が国から出奔する恐れすらあります。ご再考を」
「では、ブレイブバーン公、そなたが内々に確認してくれまいか。そなたとマーカットは懇意と聞く。そなたの話であれば受けるのではないか?」
「はっ、臣よりかの者の意向を確認して参りましょう。ですが、ご期待せぬように願います」
インヴァーホロー公とグレンデュー公は事の成り行きに戸惑うが、自らに何ら不利益がないと悟ると、静かに頭を下げるだけで何も言葉を発しなかった。
国王は四公爵を下げさせ、執務室の椅子に深々と腰を下ろす。
(これ以上の失態は防げた。だが、マーカットなる者は本当に爵位を受けぬのか? 以前は騎士に叙任するという話であったが、此度は男爵とはいえ、爵位持ちの貴族。そのようなことがあり得るのか?)
彼は自分の狭い世界のことしか知らず、国王を頂点とした貴族制度が磐石であり、誰であろうと、自分たちの世界に足を踏み入れることを望んでいると考えていた。
国王の執務室を出たブレイブバーン公は、顔を強張らせ、怒りに打ち震えていた。
(陛下は何も判っておられぬ。キルガーロッホ公は自らの息子といえども、極刑に処すことに何ら躊躇いを感じないだろう。陛下は公正な騎士団の処分を支持するだけでよかったのだ。騎士団の規定では、理由もなく敵前逃亡を命じた指揮官は断首となる。更に罪状を公表されるのだ。民たちはそれで充分納得する)
更に思考を進めていく。
(だが、キルガーロッホ家が同じことをした場合はどうか。陛下がキルガーロッホ家に遠慮し、卑怯者を庇おうとしたとしか思われぬ。キルガーロッホ家が甘い処分を下せば、更に悪い。陛下とキルガーロッホ公が身内を助けるため、騎士団の関与を排除したと宣言するようなものだ)
公爵は自分の執務室に戻ると、これから先のことを考え、憂鬱になる。
(ハミッシュは男爵位を受けまい。そのような男ではないからな。そうなれば、陛下の温情は特別報奨金のみ。陛下は自らの失敗を金で解決しようとしたと思われる。義勇兵たちは喜ぶかもしれんが、アーウェル・キルガーロッホの処分とあわせて聞けば、そのありがたみなど消し飛ぶだろう。さて、どうすべきか……)




