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トリニータス・ムンドゥス~聖騎士レイの物語~  作者: 愛山 雄町
第二章「湖の国・泉の都」

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第五十五話「討伐軍本隊出陣」

 十月一日。

 王都フォンスでは、人々は東の危機も知らず、収穫祭で盛り上がっていた。

 正午前に国王、王族、貴族たちも、街の中心にある泉の広場に現れ、市民たちは国王に祝福の声を上げていく。


「「国王陛下万歳!!」」


「「水の神(フォンス)の祝福を!!」」


 その怒号にも似た祝福の声の嵐の中、一騎の早馬が祭り会場を駆け抜けていく。

 そして、国王と重臣たちの姿を見つけると、その場で下馬し、彼らの前に跪く。

 無理な騎乗をしてきたのか、息が荒く、なかなか言葉が出てこない。


「ハァハァ……このような場で申し訳ございません!」


「許す。報告せよ」


 国王ライオネル十二世は鷹揚に頷き、伝令に報告を促す。


「報告いたします! 去る九月二十五日、ブリッジェンド守備隊の依頼を受けた冒険者五名がチュロックの偵察を実施。その結果、砦が大量の魔物に襲われていることを確認しました。魔物の詳細な数は不明。但し、翼魔と思われる飛行型の魔物が数十、オーガが少なくとも三十、オークが数百以上とのことです!」


 その言葉に祭りの会場は一気に静まる。

 ライオネル十二世は穏やかな笑みを浮かべて、「ご苦労であった」と伝令を労う。そして、不安な表情を浮かべる市民たちに力強い声で宣言する。


「皆の者、討伐軍本隊(・・)を直ちに進発させる! 安心せよ! 余は王宮に戻る。キルガーロッホ公、ブレイブバーン公、ついて参れ」


 国王の力強い言葉に市民たちは安堵するが、国王の心の中は、それほど穏やかではなかった。


(まさか魔族の襲撃が真だったとは。騎士団長の独断で先遣隊を出しておいたのは僥倖であったな。だが、キルガーロッホの息子で魔族が抑えられるのか……早急に手を打たねばなるまい)


 祭り会場は再び活気が戻り、東の危機については、ほとんどの市民は心配していなかった。


 その中で傭兵ギルドのギルド長デューク・セルザムの顔は曇り、遠く東の空の下にある友のことを想っていた。


(ハミッシュよ。無事に帰って来いよ。数日だ。数日もたせるだけでいい。お前なら大丈夫だろうが、無理はするな……)



 十月二日。

 護泉騎士団を主力とする魔族討伐軍先遣隊は、ブリッジェンドの街を後にした。

 街道は東から来る避難民たちで溢れていたが、次第に避難民たちはいなくなり、十月四日にボグビー村に到着するころには、人の気配は完全になくなっていた。

 ミリース村からの避難民たちの話では、九月二十七日に村の上空に翼魔が現れ、慌てて逃げ出してきたとのことだった。



 十月四日。

 レイたち三人は、先遣隊の前方を索敵しつつ、街道を先行していた。


(今のところ敵の姿はない。八日前に三十km先のミリース村に翼魔がいたという話だから、そろそろ現れてもおかしくない)


 三人は午後三時頃、ボグビー村の手前に到着していた。

 村には人気がなく、家畜たちもいないため、鳥のさえずりくらいしか聞こえてこない。


(平和そのものなんだけど、どうするかな。ステラに行ってもらうのが一番安全なんだけどな)


 彼は意を決して、ステラに声を掛ける。


「村の中を探って欲しいんだ。でも、危険を感じたらすぐに戻ってきて。絶対に無理はしないでほしいんだ」


 彼の言葉に力強く頷くと、ステラは身を低くして村に向かっていった。

 二人は森の中でステラの戻ってくるのを待つが、沈黙に耐えられなくなったレイが、アシュレイに声を掛けていた。


「アッシュはどう思う? ここに敵がいると思うかい?」


「判らんな。もし、ここにいるなら、既にチュロックは落ちているということだろう。定期連絡が途絶えてから、既に二十日近い日が過ぎている。だが、砦も一月は耐えられると考えれば、まだ来ていない可能性の方が高いだろうな」


 レイも彼女の予想に納得はするものの、唯一人、ステラだけを送り出したことが、彼に不安の影を落としていた。


(自分が行くなら、もう少し自信を持って大丈夫といえるんだろうけど、自分の指示で危険なことをさせるのは、心情的にきついな。自分が命令する立場になると、ハミッシュさんや騎士団長がいかに凄いのかがよく判る)




 ステラは慎重に気配を探りながら、ボグビー村に入っていく。

 放棄されてから、まだ幾日も経っていないため、荒廃した感じは無い。だが、人の気配が全くないため、寂れた廃村のような雰囲気を漂わせていた。


(気配は……ないわ。監視されている感じもない。何軒か中を見てから、レイ様たちのところに戻ろう)


 彼女は数軒の民家の中に入り、人の気配がないことを確認する。

 民家の中は慌てて荷物をまとめたのか、それとも不届き者が荒らしたのか、所々に荷物が散乱しているが、敵の気配は全く感じなかった。


 三十分ほど村の中を探った後、レイたちのところに戻り、村が無人であることを報告した。


 彼は笑顔で「ご苦労様、ステラ」と声を掛けると、すぐに街道を引き返していった。




 第三大隊副隊長のナイジェス・リーランドはボグビー村に入る手前で部隊を停止させ、敵の伏兵がいないことを確認するよう、指揮官のアーウェル・キルガーロッホに上申していた。


「何を恐れている。魔族の待ち伏せなど蹴散らせばよい。そのように臆病でよく騎士が務まったな。まあ、だから、副隊長止まりということか」


 アーウェルは斥候の必要性を認めず、そのまま討伐軍を進めるよう命じていた。

 リーランドは怒りに打ち震えながらも、自らの務めを果たそうと、更に言い募る。


「しかし、既に魔族の侵攻から二十日程度経っております。この辺りに敵が現れても何ら不思議ではございませぬ。ご再考を」


 それに対し、アーウェルは一瞥をくれるだけで、何も言わずに馬を進めていった。

 その様子を見つめていたレイは、失意の底にいるリーランドに近寄り、小さく声を掛ける。


「ボグビー村は無人です。ご安心を」


 そのまま、立ち去ろうとした時、振り返ったアーウェルがレイの姿を見咎める。


「そこの傭兵! なぜ隊列を離れた!」


 アーウェルはすぐに引き返し、レイの前に馬を止める。


「なぜ隊列を離れたのかと聞いておるのだ! 答えんか!」


 いい加減堪忍袋の尾が切れていたレイは、反抗的な目付きで反論する。


「私はレイ・アークライト。第五級冒険者だ。傭兵として義勇軍に参加した者ではない」


 アーウェルは激高し、馬を飛び降りる。


「貴様、この討伐軍の指揮官である私に逆らうのか! 討伐軍に参加しない者が、なぜこの辺りをうろついておるのか!」


 レイがその問いに答える間も無く、アーウェルはレイを捕らえようと部下に命じていた。


「魔族の間諜の疑いがある。捕縛せよ!」


 部下の騎士たちが馬を降り、彼に向かい始めたところで、依頼時に受取った封書を取り出す。


「私は護泉騎士団長ヴィクター・ロックレッター伯爵閣下より、魔族の戦術に関する調査を依頼された者だ。ここにある依頼書を見ても、まだ捕縛したいというのなら、好きにしろ」


 アーウェルはその言葉に驚くが、真偽を確かめようとせずに叫び続けていた。


「団長閣下がこのような者に命ずるはずが無い。苦し紛れの嘘に決まっておる。早く捕縛せぬか!」


 騎士たちはその言葉に前に進もうとするが、レイの手に持つ封書に騎士団の正式な印があることに気付き、足を止める。

 その隙にリーランドが前に進み出て、レイの手にある依頼書を読み始める。


「これは真でございます。騎士団長閣下の直々の命にございます」


 騎士たちは副隊長の言葉にホッとし、後ろに下がり始めた。


「偽りを申すな! 見せてみよ!」


 アーウェルはリーランドからひったくるようにその依頼書を奪い、中を確認し始める。

 すぐに顔色が変わり、それまでの勢いが急になくなるが、周りの騎士たちの目が気になり、本物だと認められない。


「これは偽物だ。かなり精巧に作られてはいるが、偽の依頼書だ。捕らえよ!」


 そして、その依頼書を破り捨てようとした。


「もし、騎士団長閣下の命令書を破り捨てれば、それは護泉騎士団への反逆行為。副隊長の権限で、隊長の指揮権を剥奪させていただきますぞ」


 その脅しにアーウェルの手が止まる。


「な、何を言っている。偽の命令書を破り捨てても、騎士団への反逆には当たらん」


「よろしいのですかな。命令書は二通作られ、一通は団長閣下の手にあります。私はその命令書を本物と判断しましたから、隊長の身柄を確保した上で、破り捨てた命令書を直ちにフォンスに送付します。もし、私が間違っていれば、抗命の罪でいかような罰も受けましょう」


 リーランドの気迫に押されたアーウェルは、依頼書をリーランドに返すと、彼を睨みつける。

 そして、レイの前に立ち、


「閣下の命を受けた者でも、戦場では私の命令に従う義務がある。覚悟しておけ」


 レイはその言葉を待っていたかのように、にやりと笑う。


「先ほどの依頼書を読まれていないようですね。あの命令書には、”騎士団長の直接の命令がなくば、臨時小隊長であるレイ・アークライトの裁量にすべてを委ねる。なお、いかなる状況にあっても、現地指揮官の命に従う必要は無い”と明記されております」


 その言葉にアーウェルは悔しそうな顔をした後、馬に乗って立ち去っていった。


「リーランド様、ご迷惑をお掛けしました」


 レイは大隊長と副隊長の間に亀裂を入れてしまったことに後悔し、リーランドに謝罪する。

 それに対し、リーランドは笑いながら、


「既に大隊長との間に溝はあった。気にすることは無い。それより、ボグビー村の件、感謝する」


「これからも可能な限り、偵察は行いますが、動けるのは三名のみです。街道と村、野営地の事前確認が精一杯です。どうにかしないと……」


 レイは最後まで喋ることができなかった。

 彼は“どうにかしないと全滅します”と付け加えようとしたが、リーランドがアーウェルとの確執がありながらも、一人で奮闘していると判っていたため、口にできなかった。


 彼は頭を下げ、義勇軍の隊列に向かっていく。

 残されたリーランドは、その姿を見送りながら、これから先のことを考え、暗澹な気持ちとなっていた。


(恐らく大隊長は、指揮を執ったことを後悔しているのだろう。だが、あの狭量な人物は、上げてこられる進言をすべて自分への批判と受取ってしまう。これでは全滅は必至。我らだけで済むならまだ良い。だが、チュロックの砦、義勇軍、千人以上の命運があの未熟な若者の手に乗っている。時間を稼ぐわけにもいかぬ。私はどうしたら良いのだ……)



 レイにやり込められたアーウェルは、不機嫌さを周りに撒き散らしながら、ボグビー村に入っていった。


「何が伏兵だ! そんなものどこにもいないではないか!」


 そう叫んだ後、村長の家と思しき大きな家を接収し、中に入っていった。


(クソッ! どいつも、こいつも私に逆らうことしかせん!)


 暗い家の中で、一頻り罵った後、家の中で椅子に座り込む。


(この先にどのくらいの敵がいるんだろう。ここで失敗すれば私は……生きて帰ることができるのか。しくじれば父上から見放される。成功すれば、兄上に取って代われるかもと思っていたが、今はそんなことはどうでもいい。死ぬのは嫌だ。王都に戻りたい……)


 子供のように膝を抱えていたが、すぐに酒を取り出し、飲み始めていた。




 時は少し遡る。

 十月一日、ブリッジェンドからの魔族襲来の報告を受けた王宮では、魔族討伐軍の増派について、協議が行われていた。

 ブレイブバーン公と騎士団長ロックレッター伯は、早急に送り込める最大の軍勢、護泉騎士団七個大隊を直ちにチュロックに派遣し、更に傭兵、守備隊などをかき集めるべきだと主張していた。更に各国にも魔族襲来の連絡を入れるよう進言していた。

 一方、キルガーロッホ公は、敵の規模が判らないことから、三個大隊程度で様子を見るべきと主張する。


「兵力の逐次投入など愚策。最大の兵力を持って可能な限り早く戦場に向かうことが上策」


「兵がおっても兵糧がなくば、飢えるだけじゃ。輜重隊を連れて行くには準備がいる。ブリッジェンドの備蓄で賄える三個大隊で様子を見るべきじゃ」


 両者の主張は平行線を辿り、時間ばかりが過ぎていく。

 焦れたブレイブバーン公は、今回の出兵が王家の危機であるというレイの主張を国王に語った。

 それを聞いた国王ライオネル十二世は自らの不明を恥じ、ブレイブバーン公の主張通り七個大隊を派遣することを決める。


「ブレイブバーン公、此度は余も戦地に向かうぞ。余の不明が兵たち、民たちを危険に晒したのだ。余が自ら出陣せねば、誰も納得はせぬだろう」


「親征でございますか……早急に軍を進めるためにかなり無理な行軍を致します。更に陛下が指揮を執られれば、騎士団に混乱が生じる恐れが……」


「構わぬ。余も騎馬で移動しよう。指揮はロックレッター伯に一任する。余は一切口出しせぬ」


 その言葉にブレイブバーン公も、頭を下げて了承するしかなかった。


(陛下もさすがに老練。ここで失地を取り戻すためには、自らがことを起す必要があると感じられたのだろう。これに懲りてもっと下々に目をやってくださればよいのだがな……)


 国王の考えを正確に読みきった公爵だったが、すぐに頭を切替え、出陣の準備について考えを進めていた。


(七個大隊二千百名。それに陛下の近衛隊が百名程度か。有翼獅子(グリフォン)隊は翼魔がおるから出せぬな……当面はブリッジェンドに備蓄した物資で賄えるが、補給が問題になるな……)


 キルガーロッホ公は、国王の親征という決定に自らの負けを認めた。


(またしてもやられたわ。後はアーウェルが緒戦で華々しい戦果を上げるしかあるまい。まあ、今回はブレイブバーン公とインヴァーホロー公の勝ちじゃな。次の機会に賭けるとするか)



 その後、光の神殿、光神教の大司教が王宮を訪れ、国王への謁見を願い出てきた。

 国王は自らの出陣準備で忙しかったが、僅かな時間と断った上で謁見を許可した。

 現れた大司教のランバルディは、魔族の襲来を聞き、光神教の司祭たちを派遣すると申し出る。


「魔族、すなわち、闇の神(ノクティス)を信仰する我らの共通の敵。それらを倒すため、我が光神教の力をお使いください。司祭たちは優秀な治癒師であるとともに、光属性魔法(神の御業)の使い手にございます。必ずやお役に立ちまするゆえ、同行の儀、お許し頂きますよう伏して願います」


 国王は胡散臭さを感じるものの、優秀な治癒師は必要であると考え、同行を許すことにした。そして、詳細はブレイブバーン公と調整するよう申しつけ、謁見を終えた。


 ランバルディ大司教は、すぐにブレイブバーン公を訪問し、詳細を詰めていく。

 公爵は面倒なことを押し付けられたと苦笑するが、国王の考えが読めたため、手を打つことにした。


「此度の申し出、誠にかたじけない。だが、此度は陛下ですら騎乗で行軍する強行軍である。司祭たちに合わせてのろのろ進むわけにはいかん。よって、我らは先行するが、とりあえず、そなたらはブリッジェンドに向かってほしい」


 大司教は頷き、二十名の司祭たちを派遣すると約束すると、王宮を後にした。

 残された公爵は、光神教の司祭たちの扱いについて、考えていた。


(下手に前線に連れていくと、勝手に戦いだす。光神教の狂信者たちが死ぬ分には問題ないが、それによって作戦が破綻するかもしれん。奴らはブリッジェンドに留め置き、治癒師として活躍して貰おう)



 翌、十月二日。

 国王ライオネル十二世率いる護泉騎士団七個大隊二千百名は、夜が明け切らぬ早朝に王都フォンスを出立した。

 そして、三日後の十月五日の夕方、東の要衝ブリッジェンド市に到着した。


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