幸せ溢れる学園祭。世界で一番……
リンルート、セミファイナルです!
「いよいよ、明日は待ちに待った学園祭ですねっ」
琴姉の声が体育館に響く。
朝礼で体育館に集まった全校生徒へ向けて、琴姉が演説をしている。
普通こういう話は学園長(確か沙夜のお父さん)などがするものだと思っていたが、何故か琴姉がやることになったらしく昨夜は色々と言葉を考えていた彼女の姿を思い出す。
「まだ準備が終わっていない生徒達は死に物狂いで準備をして間に合わせてくださいね!」
凛々しいというか見ていて思わず目を惹かれるような姿だけど、言っていることは少し刺々しいな。
「来年の新入生を確保するためにも、天鳴学園がいかに素晴らしい学校か見せ付けてやりましょう!」
琴姉の言葉に多くの生徒が「おぉ!!」と返す。
てか琴姉、意外とノリノリだな。
「あ、それと。恋に燃える少年少女はこの機会を逃しちゃダメよ!?」
「……」
「学園祭といったら青春イベントの王道! 誰だってお祭りの時は浮かれてしまうものだから、告白したら案外成功したりするものよ!」
何故だろう、説得力があるような無いような。
「あ、ちなみに学園祭で出来たカップルは冷めるのも早くて、破局率は8割とも言われちゃってるけどね♪」
ですよねー。
その時、隣にいた誠也が肩を叩いてきて
「あれ、調べるの大変だったんだよ。他人の心の傷をえぐるような真似をすることになるし」
「お前が調べたんかい!」
「ホント、心が痛んだなぁ」
なんでそんなに笑顔なんでしょうか誠也さん。
てか琴姉も楽しそうだったし……あの人、自分の灰色の青春時代を思い出しているんだろうか。
「何はともあれ今日は準備の日です。皆さん手際よく準備をして、素敵な学園祭を作りましょうね!」
琴姉の言葉に、またもや多くの生徒が歓声を上げた。
……この人はこんなに人気があるのになんで灰色の青春時代を送ったんだろうか。
「ふぅ、こんなもんかな」
「お疲れさん」
色紙で作られた簡単な飾りを教室の壁の高い部分に画鋲でくっ付け終える。
俺は誠也と教室を見回し、内装が大体完成していることを確認する。
「でも、なんで喫茶店の接客をあのフルメンバーにしたんだ?」
と俺が尋ねると誠也は分かってるくせにとでも言いたげな目で見てくる。
「彼女達が一番適任じゃないかと思っただけだよ」
「風花と陽菜と結はまぁ接客に向いてそうだけど……沙夜は」
「私がどうかしたか」
「頭が良いから接客も上手くやるんじゃないでしょうか」
背後から急に沙夜が現れ、俺はとっさに言おうとしていた言葉を変更する。
……笑顔で接客なんて出来るんだろうか彼女に。
「ふん」
沙夜はそう言ってどこかへ行ってしまう。
「大変だねぇ、春斗も」
「同情をありがとう」
「沙夜ちゃんごときにびくびくしてるようじゃリンちゃんをお嫁にはやれないよハル君」
「いつの間にか混じってくるなよ風花」
「そうだぞ風花ー。でも確かにハルっちが頼りないとリンちゃんを嫁にやるわけにはいかないな」
「お前もだよ結」
てかなんでこいつらがリンの嫁ぎ先の品定めをしているんだろうか。
「誰が私ごときだって?」
そして風花は再び現れた沙夜に連行されて教室の外へ。
まるで猫のように首根っこを掴まれている風花は、俺達に救援要請の視線を向けてきたが目を逸らしておく。……自業自得だもんな。
「まぁ春斗。明日は凛子ちゃんと楽しみなよ」
「分かってるよ」
ばん、ばん、と花火が空に上がる。
学園祭当日、学校の門が開くまであと一分を切った。
何故か今日も琴姉が演説をしていて、生徒達が大いに盛り上がっていた。
そして……。
「それでは、ただいまより天鳴学園学園祭を開始いたします!」
その声と同時に門が開かれ、わあっと多くのお客さんが入ってくる。
うおっ、なんだこの人数。
「わわっ、どうやって攻め込めばいいんだろう!」
クラスの出し物のチラシを持った風花が戸惑う。
「攻め込まなくていいからさっさと配れ! 俺はあっちに行くから!」
「あ、ハル君!」
「何!?」
「無事に帰ってきたらリンちゃんと結婚してね!」
「死亡フラグ立てんな!」
そんな馬鹿をやりつつ俺はチラシを配っていく。
あまりにも人が多く、俺の持っていたチラシはあっという間に無くなってしまった。
何度か予備のチラシを取りに教室へ行ったけど、それさえもすぐに無くなる。
ちなみに開店時間は学校が開放されてから三十分後の予定だったので、風花もチラシ配りに参加していた。
結も別の場所で配っているはずだ。
陽菜は体が小さくこの人混みは危険だという意見により教室で誠也達と準備。ちなみにその意見を出した沙夜も教室で準備をしている。
俺は開店前の教室へ戻り、クラスメイトに的確に指示を出している誠也に尋ねる。
「俺は何をすればいい?」
リンとは午後から回る予定なので、午前中はクラスの方の何かをしておきたかった。
「特に無いよ。喫茶店って言っても既製品を出すのが主な内容だし、それなら女子達で足りるから。それに男子達には準備の段階で十分に仕事をしてもらったしね」
「マジか」
じゃあ俺はどうしようかな。
「あ、沙夜。女子達のことは君が指示してくれるかい?」
「分かった」
「誠也、どこに行くんだ?」
「新聞部の手伝いさ。一大イベントのためのね」
誠也は何か含みのある笑みを残して教室を出ていった。
ともかくこれで完全にフリーなわけだが……。
どうするかな、これから。
リンとの約束は午後だし……。
ま、適当に回ってくるか。
これだけ模擬店があれば退屈はしないはずだ。
そんなことを考えていると肩を叩かれる。
「ハル君ハル君。調理部は炊き出しをするみたいだよ」
「じゃあ俺はそっちに行こうかな」
というわけで俺は家庭科室へ行った。
……しかし。
「ハルはこんな所に来ないで凛子ちゃんの所へ行きなさい!」
と、同じく調理部の様子を見に来ていた優希先輩に怒られ家庭科室を追い出された。
……仕方ない、リンのクラスを見に行くか。
リンのクラスの前まで行くと、やたら男性が多かった。
まぁ、それもそのはずだろう。
「い、いらっしゃいませ~。ご主人様~」
なんたってあんなに可愛いメイドさんがクレープを売ってくれるんだから。
俺の視線の先にいるのは、フリフリのメイド服を着たリンだ。
「凛子。いらっしゃいませじゃなくておかえりなさいませ、ね」
隣にいた真由子ちゃんに注意をされあたふたし始めるリン。
男性客にとってはそんな姿も可愛いと思えてくるに違いない。
「あの子、ドジっ子メイドって感じて超萌えたな」
「なー。専属メイドにしたいわー」
「……っ」
そんなことを言いながら教室から出てきた男性客二人に、俺は精一杯の憎しみと殺意を込めて舌打ちをする。
……リンをそんな汚れた目で見るんじゃねぇ。
「あ、お兄さんだ」
と、そこで真由子ちゃんがこちらへ駆けてくる。
「凛子のこと見に来たんですか?」
「まぁね」
「やっぱり男の人達に人気になっちゃってますねー……さっきの人なんか舐めるように凛子のこと見てたし」
「……」
俺が複雑そうな顔をすると、真由子ちゃんは踵を返して教室へ一歩入る。そして……
「凛子ー、あんたもうクビー」
「えぇ!?」
突然そんなことを宣告した。
教室内がざわざわとし始める。
「何回言ってもいらっしゃいませって言っちゃうし、時々クレープ落としそうになるし。危なっかしいもん」
「で、でも……」
「それに、ほら」
真由子ちゃんがこちらへ視線を向け、リンもこちらを見る。
「は、ハル兄!」
「お兄さんの気持ちも察してあげなさいな。というわけで凛子はクビ、精々学園祭を楽しんでくるが良い」
びしっ、と人差し指を向けられたリンの表情が驚きから歓喜に変わっていく。
そしてこちらへ歩いてくる。
男性客は呆気に取られながらリンを目で追い、やがて俺に視線が集まる。
「ハル兄、凄い見られてない?」
「主にリンのせいだけどな」
俺とリンはクスッと笑い合い、手を取り合う。
「ほら、行くぞ! リン!」
「うん!」
まるで囚われの姫を連れ出すように、禁断の二人が駆け落ちするように、俺はメイド服姿のリンを連れて人混みの中へと繰り出した。
「さて、どこに行こうか」
俺は手をつないでいるリンに尋ねた。
「ハル兄と一緒ならどこまでも」
「本気にするぞ、全く」
改めてリンを見て微笑む。
やっぱりメイド服姿もとんでもなく可愛い。
「……可愛いメイドだな、男共が騒ぐのも分かる」
「えっ?」
「でも、やっぱり独り占めしたいんだよな」
「……もう。いいんだよ、独り占めしたって」
リンが頬を染めて答えた。
……もう学園祭とかどうでも良くなりそうだ。
「おーおー、熱いねお二人さん」
「琴姉」
にやにやと笑いながら琴姉が歩いてきた。
「あれ、リン。何その格好、可愛いけど男の視線集めすぎじゃない?」
「え? だ、だって着替える時間無かったし……」
「それともこの男にその格好でご奉仕したいの?」
琴姉が俺の肩を掴んで言った。
周りがざわざわとどよめき始める。
「琴姉、そういうこと言うのマジで止めてくれ」
「は、ハル兄が望むなら……っ」
「リン!?」
周りのどよめきが一層大きくなったので、俺はリンの手を握って走り出す。
そして人目のつかなさそうな場所を探し出し、そこへ避難する。
壁の前にリンを立たせ肩を掴む。
「は、ハル兄……こんな昼間から……」
「違うっつーの!」
「え?」
「お前は……頼むから人前でああいうこと言わないでくれよ?」
「う、うん」
ホントわざと言ってるようにしか思えないもんな。
「ふぅ……じゃあ色んな所回ってみようか」
「ん、分かった」
気を取り直して、俺とリンは人がいる場所へ戻る。
「そういや、着替えないのか? 別に着替えてきてもいいんだぞ?」
「んー……ハル兄に見て欲しいからいいや」
「そ、そうか」
別に俺は普通のリンだって同じくらい可愛いから気にしないんだけどな。
それからしばらく俺とリンは学園祭を回った。
やたら男性客が多いウチのクラスの喫茶店にも入ってみたが、店員達に引けを取らないくらいリンは目立っていたことは言うまでもない。
「ふー、遊んだ遊んだ」
「楽しかったぁー!」
休憩のために俺達は木陰に置かれたベンチに座っていた。
隣に座るリンは心底楽しそうな笑顔を浮かべている。
「あ、そういえば……」
「どうした?」
俺は思い出したように呟くリンに尋ねる。
「ちょっと教室で着替えてきてもいいかな?」
「いいぞ。……てか、俺も一緒に行くよ」
「あ、うん。じゃあついてきてね」
リン達の教室へは数分で辿り着いた。
教室内を見ると、リンがいた時より少し少ない程度でまだまだ男性客が多かった。
よく見たらリンの友達である真央ちゃんも接客してるもんな。それに真由子ちゃんも。
「おまたせ」
俺が教室を見ている内にリンは着替えを終えて戻ってきた。
「ハル兄。あのさ……これから体育館に行かない?」
「体育館? そういや何してるんだっけ?」
俺は手に持っていたパンフレットを見る。
えっと……新聞部主催『ドキドキ☆告白計画』……。
「何これ」
「え、えっとー……なんとなく見たいなーって思って。ほら、もう遊び尽くしちゃったし!」
リンは若干焦るような口調で言った。
様子が少しおかしい気もするけどまぁいいか。
「……それもそうだな。行くか」
「うんっ」
体育館は熱気に満ちていた。
俺とリンは出来るだけ前の方に進む。
かなり多くの生徒が体育館に来ているようで、館内は常にざわざわとしていた。
次の瞬間、そんなざわつきが一瞬にして止む。
嘘みたいに静かな体育館のステージには二人の男女、生徒達はその二人を固唾を呑んで見守っている。
『ず、ずっと好きでした! 付き合ってください!』
男子生徒が女子生徒に手を差し出し頭を下げる。
女子生徒は少しの間を空けて……その手を握り返す。
『はい……よろしくお願いします』
館内に「うおおおおおおおおぉぉぉ!」と歓声が上がる。
その歓声は凄まじく、体中に体育館からの振動が伝わってくる。
どうやら告白成功するとこうなるらしい。
「わぁ……」
リンもぼーっとした目で目の前のステージを見つめている。
二人の男女が手をつなぎ、ステージを降りる。
すると、マイクを持った誠也がステージ上に出てくる。
『二人ともお幸せに~。それじゃあ次、ここで告白する勇気のある人は手を挙げてください』
館内が静まり返る。
そしてしばらくして「はいっ」と男子の声がした。
『じゃあそこの君。ステージに上がって学年と名前を』
そう言われた男子はステージに上がり自己紹介をする。
「あ……」
「どうした?」
「あの人、私のクラスの人だ」
「そうなのか?」
男子生徒は誠也にマイクを受け取る。
どうやら告白する相手を宣言するらしい。
『あ、あの。同じクラスの日高凛子さん! 来てください!』
「……え?」
俺とリンが硬直する。
そこで誠也が一旦男子生徒からマイクを受け取り
『えー、この中に日高凛子さんはいますかー? って、そこにいるか。凛子ちゃん、お呼びだよ』
誠也がこちらを見て言ってくる。
「え、え!? で、でも私は!」
『まぁまぁ。とりあえずおいで』
「う、うぅ……」
リンが困ったような表情を見せる。
俺もかなり困ってるんだけどな……自分の彼女が目の前で告白されようとしてるんだから。
リンならきっと……そう思ってはいても、リンの性格上こんな大勢の前で簡単に答えを出さないのは分かっている。
この子はとても優しくて、誰かを傷つけることを嫌うから……。
「は、ハル兄……」
「いいよ、行ってきて」
「え……?」
驚きの表情を見せるリン。
そんな彼女に俺は付け加えて言う。
「ただし相手の気持ちを考えるんじゃなくて、ちゃんと自分の気持ちを言うこと。……それなら出来るだろ?」
「……うん」
リンはステージ上へ上がる。
俺はその様子を高鳴る胸に手を当てつつ見守る。
男子生徒が誠也からマイクを受け取り、息を軽く吐く。そして言う。
『俺は君のことが好きです! いつも明るい君の笑顔を見て、俺は君のことが好きになりました! この気持ちは誰にも負けないつもりです! どうか俺と付き合ってください!』
館内は再び静まり返る。
皆も、そして俺も。リンの答えを待っている。
リンは困ったような……今にも泣きそうな顔になっている。
『わ、私は……』
震えるリンの声がマイクによって拡大され、館内に響く。
『私は……昔、とある男の子に出会いました』
「……」
俺はリンの姿を見つめる。
どうやら彼女は、この大勢の前で過去を話すらしい。
どうしてなのかは分からないが……リンの真剣な目を見たら止められる気がしなかった。
『いじめられていた私を助けてくれた男の子は、一つ年上でした。彼にはいつも一緒に遊んでいる幼馴染の女の子がいて、そんな二人は昔の私にとってお兄ちゃんとお姉ちゃんのような存在でした』
男子生徒は何も言わずリンのことを見ている。
彼だって真剣で真っ直ぐな思いをリンにぶつけたんだ、そんな彼女の言葉に耳を傾けるのは当然だろう。
『それから月日が流れて、私が中学生になって間も無くして……彼とは血の繋がらない兄妹になりました』
……。
『兄になった彼は相変わらず優しくて、かっこよくて……昔から変わらない大好きな憧れの人なんです。そして今、私は……彼とお付き合いをしています』
ざわ……ざわ……と館内にざわつきが起こる。
以前まで俺達が勘違いしたように、知らない人にとっては異端に思えることなのだろう。
『だから、あなたの気持ちには応えられません……ごめんなさい』
リンが頭を下げた。
『……分かりました。ありがとうございました』
男子生徒がステージを降りる。
リンもステージを降りてくるだろう、そう思った時だった。
『あ、あの。誠也さん。私もここで……』
『ふふっ……いいよ、好きなようにして』
誠也はそう言うとステージから降りてこちらへ歩いてくる。
『じゃ、じゃあ……ハル兄、来てくれる?』
「……」
俺は誠也に視線を送る。
こちらまで来た誠也は俺の背中をぽん、と叩く。
「行ってきなよ」
そして、リンに告白をした男子もこちらへ来る。
「あなただったんですね。凛子さんの彼氏であり兄って……」
「あ、あぁ」
「俺、やっぱり彼女のこと好きです……でも、勝てるはずがないって思いました。凛子さんの言葉から、誰よりもあなたのことが好きだってことが伝わってきたから……だから、俺がこんなこと言うのもおかしいですけど……凛子さんに、あなたの気持ちを伝えてほしいです」
「……」
こんなに大勢の前で勇気を出した少年にこんなことを言われたら行かないわけにはいかないよな。
俺は足を踏み出し、ステージへ上がった。
リンに対峙し、リンを見つめる。
彼女はマイクを下ろし、俺の目を見つめた。
「ハル兄……私、やっぱりどんな時でもハル兄のことが好き。いつも優しくて、時々叱ってくれて……私のワガママにも付き合ってくれるハル兄のことが……」
「うん……」
リンは胸の前で手を握り、しっかりとこちらを見据える。
その真剣な眼差しに俺は釘付けになり、彼女の言葉を待つ。
静まり返った体育館に、リンの静かで可憐な声が響く。
「あなたは初めて会った時から私の憧れで、ずっとずっと大好きな人でした。兄妹になって戸惑うこともあったけど、いつもあなたのお陰で乗り越えられた……だから、これからもあなたに、私のそばにいてほしい……私はあなたがいなきゃダメなんです……」
リンの声が直接胸に響いてくるようだった。
そして、それを境にリンが黙り込んでしまう。
きっと彼女は今、渦巻く感情と戦っているのだろう。
その時だった。
「凛子ー! しっかりー!」
「凛子ちゃん! 素直にね!」
リンにとっての二人の親友、真由子ちゃんと真央ちゃんがステージの下から応援していた。
真由子ちゃんはまるで姉のようにリンを支えてくれていて、彼女がリンのいつも隣にいるから俺も安心出来る。
真央ちゃんは高校に入ってからの友達らしいが、真由子ちゃんと一緒にリンを支えてくれている。彼女にも感謝が尽きない。
リンは二人の言葉を受けた後、俺に目を向ける。
「……かっこいい言葉にこだわる必要は無いよ」
俺は穏やかな微笑みを向けて言い、彼女の最後の一言を待つ。
リンもまた、ふと微笑み……呟くように言葉を口にした。
「私はハル兄のことが…………日高春斗のことが世界で一番大好きだよ!」
世界で一番大好き。
その言葉は時には子供のように無邪気に聞こえるが……今は素直で真っ直ぐで、最高の愛の言葉だと思った。
「っ……あれ……なんでだろうな……んぐっ……涙、止まんない……っ」
ぼろぼろと目から涙がこぼれ、リンの姿が映る視界が霞む。
涙を我慢しようとすればするほど次々に涙がこぼれてくる。
「こんなに長く一緒にいるのに……ハル兄の涙はほとんど見たことなかったな」
リンが優しく微笑んで俺の手を握って見つめてくる。
目の前の愛しい人へ溢れてくる想い。
「リンっ……くっ……あぁぁ……」
嬉しさと気恥ずかしさ、そして愛しさ。
様々な感情が渦のように入り混じり、はじける。
そして、それと同時に。
「春斗、ファイトだよ」
「ハルっち! ちゃんとハルっちも伝えなきゃ!」
「頑張って! 春斗君!」
「お前の言葉を凛子は待っているぞ、春斗」
「ハル! 良い所見せなよ!」
俺はステージの下を見る。そこには大事な友達や先輩……。
誠也はいつになく素直に俺の背中を押してくれていた。
結はからかうような、それでいて気持ちのいい笑顔を浮かべている。
陽菜はいつものように明るく笑い、応援してくれているようだ。
沙夜も珍しく優しい口調で俺達を見守っている。
優希先輩はまるで保護者のように後押ししてくれていて……。
そして、風花は。
「ハル君。私、ずっと二人のこと見てきて思った。やっぱり、今のリンちゃんにはハル君しかいないんだよ。だから……頑張って!」
「ありがと……ふーちゃん」
一緒に育ってきた大切な幼馴染の言葉を皮切りに、体育館の至る場所から声援が聞こえてくる。
「頑張ってー!」「男を見せろー!」
俺はそんな言葉を受けながらリンに向き直る。
「多分上手く言えないけど、いいか?」
「うん……私はハル兄の素直な気持ちが聞きたいから」
リンが頷く。
そして……一番最初に浮かんだ言葉を俺は口にした。
「俺……リンのことがどうしようもないくらいに大事だ」
「うん……」
「リンはずっと大事な妹で……つい最近までは恋愛感情を考えたこともなかった。でも、こんなに俺のことを想ってくれるリンのことを……好きじゃないはずがないって気づいたよ。それからかな……リンのこと、ずっと近くで守っていたいって思った」
「……十分、上手く言えてるね……あはは……っ」
リンが笑顔で涙をこぼした。
「俺もリンとずっと一緒にいたい……俺も……」
拳を握り締め、しっかりとリンを見据え……腹に力を入れて声を出す。
「俺も! リンのことが……日高凛子のことが世界で一番大好きだ!」
そして体育館内に歓声がわっと響き、それと同時にリンの目から大粒の涙がこぼれる。
「くっ……あぁっ……うあぁぁ……ハル兄ぃ……嬉しいよっ……嬉しいっ!」
リンは俺の胸に飛び込み、顔を埋めて声を上げて泣く。
俺はいつものように頭を撫でてやる。
そんな二人へ送られる拍手は俺達がステージにいる間ずっと鳴り止まず、歓声も絶えることがなかった。
「ずーっと……一緒なんだからな?」
そう言いながら笑いかけてやると、リンは俺の首に腕を回してきて……ちょん、と触れるようなキスをした。
「んっ……ありがと、春斗お兄ちゃん!」
まるで子供の時に戻ったようにリンは無邪気に笑う。
きっと、俺はこの笑顔のためなら何でも出来る。
そう思った。
昔から、リンが笑顔だと俺は嬉しくなったから。
大きな拍手と歓声に祝福されつつ、俺とリンは二人そろってステージを降りる。
すると、風花達が俺とリンを取り囲む。
「おめでと! ハル君! リンちゃん!」
「お幸せにね! 春斗君! 凛子ちゃん!」
「ハルっち、絶対リンちゃんを幸せにしてやれよ!」
「凛子を泣かせないようにな……おめでとう、二人とも」
「ハルもやる時はやる男だね! ハルならきっと凛子ちゃんを幸せに出来るよ!」
「春斗。僕さ、心からこの企画をして良かったって思ってるよ。おめでとう」
「凛子っ……良かったっ、本当に良かったっ……」
「私も感動しちゃった。お幸せにね」
俺もリンもこんなに素晴らしい友達を持って幸せだと心から思う。
きっと、俺とリンは彼らがいる限りどこまでも歩いてゆけるだろう。
ずっと妹のように可愛がってきた少女は、ある日妹になって、そして恋人になった。
「なぁ、リン」
「うん?」
「今、幸せだよな?」
「もちろん!」
「でも……これからもっとたくさん幸せがあるんだからな」
「ハル兄が一緒なら、きっともっと幸せになれるよ」
「じゃあ、またこれからもよろしくな」
「うん、これからもよろしくね!」
俺とリンは手をつなぎ、新たな気持ちで俺達だけの道へと踏み出した。
次はどこへ行こう。
いや、どこでもいいか。
リンと一緒ならどこへ行っても。
二人一緒ならいつでも、幸せなんだから。
くどいくらいに盛り上げようと頑張ってみました。次回、エピローグです。




