第一話 縁談①
明日の昼、第一騎士団の詰め所で共に食事を取らないかと、レオノーラが父のリヒャルトから誘われたのは、前の晩のことだった。食事に誘われるのはさして珍しいことではなかったが、休みの日でもない上に、職場を指定してきたのは、いささか腑に落ちなかった。
ただ、リヒャルトは退団してからというもの、手持ち無沙汰にしているらしく、かつて自分が率いた第一騎士団の詰め所を、懐かしみたいのだろうと、レオノーラはその程度に受け取って、深くは考えなかった。
当日、レオノーラは午前の鍛錬を早めに切り上げた。汗を拭き、略装に着替えて、正午になる少し前に客間の扉を開けると、思いがけぬ人物がいた。
エディアルド・フォン・オストマルク。東部を治める公爵家の当主で、第二騎士団長を務める男。レオノーラにとってエディアルドは、同じ皇帝直属の騎士団に名を連ねる同輩であり、戦場で幾度となく背を預けあった、数少ない、信を置ける相手のひとりだった。
上背はレオノーラを優に超えている。彼女自身、女としては長身の部類で、並みの男を見下ろすことに慣れていたから、見上げねばならない相手というのは、それだけで珍しい。肩幅の広い体躯が、窓からの光を半ば遮って、部屋に濃い影を落としている。
「エディアルド殿。どうしてここに」
レオノーラは、戸惑いを隠して名を呼んだ。
「リヒャルト殿に昼食を共にしないかと招かれました」
エディアルドは、会釈をする。
リヒャルトは現役の頃から、騎士団内の風通しを良くしようと働きかけていて、団長同士が反目せず、いざというときに手を携えられるよう、若い団長格を、私的な席によく呼んでいた。だが、今日の昼餉の席に第二騎士団長も同席するとは、一言も言っていなかった。立たせておくわけにもいかず、エディアルドに椅子を勧め、自分も向かいの椅子に腰を下ろす。
「そうだったのか。父はまだのようだし、来るまで待とう」
エディアルドが腰を下ろすと、椅子が小さく軋んだ。
しばらく沈黙が続く。彼は寡黙で、無駄な言葉を発しない類の人物であり、それは戦場では美徳だったが、こうした場では、しばしば間を凍らせる。レオノーラもまた、饒舌な質ではなく、沈黙が気詰まりになって、話の接ぎ穂を探した。
「来月の御前試合だが、そちらは誰を出す?」
御前試合が、来月に迫っていた。隣国のセラフィナとの戦が終わって、まだ一年と経っていない。長い戦の後始末は今なお続いていて、農地の分配、外交文書の処理、城砦の引き渡し、戦没者の処遇、恩賞の裁定など、そうした煩瑣な仕事が、勝ち残った者たちの肩に重くのしかかっている。
多くの血を流した勝利の後に待っていたのが、事後の始末の日々というのは、若い騎士たちの気を腐らせている。御前試合は、その鬱屈を晴らすために皇帝が提案したものだった。騎士団に属する者同士が、皇帝の御前で腕を競う。勝敗そのものより、剣を振るう晴れ舞台を与えることにこそ、意義があった。
「まだ、決めていません。そちらは?」
「うちは選ぶのに苦労している。血の気の多いやつばかりだから、誰を出しても反発されそうでな」
エディアルドの口元が、ごく僅かに動いた。笑ったのだと気づくのに、一拍を要した。
(彼の笑みはいつも控えめで見逃しやすいな)
「第一騎士団らしい」
「褒めているのか、それは」
「褒めています」
互いに剣で身を立ててきた者同士の、余計な飾りのないやり取りは心地よく、レオノーラは頬を緩めた。
御前試合の話は、しばらく続いた。どの団のどの騎士が出そうだ、あの古株が出るかもしれない。そうした他愛のない話をする内に、すっかり寛いでいることに気づいた。父を待つ間の手持ち無沙汰は、思いのほか、悪くない時になっていた。
だが、いくら待てど、リヒャルトは来なかった。いくらなんでもおかしいと、使いを出すために席を立とうとしたところ、扉が叩かれる。
姿を見せたのは、リヒャルトの使者で、年若い従僕は、恭しく腰を折った。
「急な用向きができ、本日はどうしても伺えなくなったので、誠に申し訳ないが、お二方で召し上がってほしいとのこと」
「わざわざ人を誘っておいて、当の本人が来られないとは……承知した。父には、お気になさらずと伝えてくれ」
「かしこまりました」
従僕が下がると、客間には、また二人だけが残された。軽く息を吐いて、エディアルドに向き合う。
「聞いての通りだ。すまない、エディアルド殿」
「頭をお上げください。リヒャルト様はお忙しい方なので仕方ありません」
「父は……止めておこう」
口を開けば、父への文句が、止まらなくなりそうだった。レオノーラは息を吐いて、気を取り直す。
「よければ、このまま食べていかないか? 父がいないとなると、ただの同僚二人の昼食になってしまうが」
エディアルドは、少しの間、レオノーラの顔を見つめる。その視線をこの時のレオノーラは訝しみもしなかった。寡黙な男が言葉を選んでいるのだろう、くらいにしか思わなかった。だが、後になって思えば、あの一瞬に、彼の中で何かが決していた。それを読み取るには、レオノーラは、エディアルドの心の内を、あまりにも知らなすぎた。
「はい、喜んで」
レオノーラは厨房に人をやって、支度はどうかと尋ねさせた。いつでも出せる、との返事があり、ほどなく料理が運ばれてきて、二人は卓を挟んで食事を始めた。




