手加減を知る
「こんばんはぁ」
「……え?整形した?」
いつも吸血鬼が来る時間に、違うタイプの美形が来た。
ここ数日、変態吸血鬼が来ていなかった。
あの夜から次の夜ぐらいまでは殺意マックスだったのだが、当面顔を見ないうちに落ち着いてしまった。
いつも二日にいっぺんぐらい来ていたのに、もう四日ほど経っていた。
えっラッキーじゃん幸~なんて呑気にご機嫌に可愛い動物動画を鑑賞しマッコリを飲んでいた中、突然隣に知らない男が現れた。
てっきりいつもの吸血野郎だと思っていたのに、顔が違う。
いつも来ているのは黒髪・中性的だったけど、目の前にいるのは背中までの長さの銀髪を一つに結んで肩に流している男性的な美形だった。
…見た目の説明なんて普段しないからムズカシイ。
いつもの吸血野郎は場合によっては女に間違われそうだけど、目の前の男は男性にしか見えない感じ。
まあ詳細はいいんだけど、誰こいつ。
まさかとは思うけど整形したのかと思って聞いてしまった。
問われた相手はきょとんとして首をかしげるが、少し後に理解したのかケタケタ笑った。
「違う違うーレレトじゃないよ俺ぇ。アメリって言います、よろしくぅ」
「ああどうも…あ、でも知り合いなんですね。でてけ」
私は名乗る気などない。しかも知り合いと分かった以上話すことなんてない。帰れ。
親指で窓を指さして言うも、本人は気にしてない模様。ベッドに座る私の隣に座る。
「え、ひょっとして言語通じてない?英語ならいける?Get out!」
「通じてるよぉ…えー冷たいなあ。レレトのお友達なんでしょ?俺とも仲良くしてぇ」
「友達なものか…どの世界に友達の血を飲むやつがいるんだ…」
さすが同類。話の通じなさが似ている。うんざり。
しかも変に間延びした喋り方も気になる。個性出してくんな。
私の対応におかしそうに笑いながら、組んだ足に肘をついてまじまじこちらを見る。
「噂通りだねリチちゃん、イケメンを前にしても全然反応しないんだあ。普通はちょっとぐらい頬赤らめたり動揺したりときめいたりしてくれるのになー」
「私だって人並みにイケメンを好む気持ちはあったんだけどね…頻繁に来て噛みついてくるせいでイケメン嫌いになりそうなんだわ。あとなんで名前知ってんのきしょくわる」
「嫌悪感もう少し隠してもらっていーい?」
さすがに傷つくぅと嘆く男に、知らんとマッコリを煽る。
全然出ていく気配のない様子にため息をついて、じろりと男を見る。
「で?何の用なの」
「えーなんにもないよぉ。リチちゃんに会いに来ただけ」
「…アンタも吸血鬼?」
こいつまで加害者だったなら鬱すぎる。
念のため確認すると、男は手をゆらゆらと左右に振って否定した。
「俺は吸血鬼じゃないよー。ほら見て?牙ないでしょ?」
自分の口の端に指を差し込みぐっと広げて見せる。確かに牙はない。
危害を加えるタイプではない、のか?正直判断がつかなくて困る。
怪訝な顔をする私に胡散臭くニコニコと笑う男。
害がなくとも仲良くする気はない。帰ってほしい。どうしたらいいんだ。
戸惑う私に対して楽しそうに笑んで、顔を覗き込むように体を傾ける。
「俺さぁ、趣味悪くてー」
「え?はあ」
「人のもの取るの好きなんだよねえ」
「………」
最低のカミングアウト。雲行きが怪しい。良くない気配がバキバキする。
咄嗟に立ち上がろうとすると腕を掴まれて引き寄せられた。
「レレトが君のことすごい気に入ってるみたいでさぁ、気になっちゃって」
「勘違い!ぜんっぜん気に入られてないんで自分!」
「えーそんなことないよぉ。大事にされてると思うなあ」
「どこが、っ」
すごい力でベッドに引き倒される。掴まれた腕が痛すぎる。
腹の上に乗られてしまうと逃げられない。
「…ああもう、どいつもこいつもなんでクソなわけ」
「そんなこと言わずにぃ、仲良くしよーよ」
「絶対嫌」
「威勢がいいなぁ腹立つぐらいに」
私の首に男の指が絡む。ぐっと力がかかると圧迫されて苦しい。
「っ、」
「たかが人間でぇ、女でぇ、敵うわけなんだってわかる?あんまり生意気なのは好きじゃないんだー」
にこやかに笑顔でそういいながら、その目は完全に人を見下している。
掴まれたままの腕も痛い、そして苦しい。
かろうじて空いている片手で男の手に爪を立てるが、何の意味もなさそう。
「は…なせ、っ」
「口の利き方気を付けたほうがいんじゃない?俺のが上なんだってばぁ」
「し、ね」
「頭悪いなあ。レレトが甘やかすのが悪いよねぇ、あいつが手加減しまくるせいでこんなに生意気になっちゃって」
霞む頭で思い返す。
確かにあの吸血鬼は、吸血以外の痛いことは何もしなかった。
私よりずっと力が強いだろうに、乱暴なことをされたことがない。
私は殴ったり蹴ったりしたけど、やり返されたことはない。
なにあいつ、加減してたんだ。
ってか、ちょっとやばいな。くるしい。
「あれ、大人しくなってきた。絞めすぎちゃったかなぁ…まあいっか。とりあえず研究室に運んで…」
「おい」
瞬間、私の上の男が吹っ飛んだ。
「っ、ん、は…っ」
突然呼吸ができるようになって咳き込む。酸素を欲しがって吸ってばかりで苦しい。
「ばか、ちゃんと吐け。吐かないと息吸えねえだろ」
頭上で聞きなれた声がする。言われるままになるべく息を吐いて、やっと吸えた。
生理的な涙で視界が歪む、見上げるといつもの吸血鬼。
こっちを見てはいなかった。あの男に視線を向けている。
「アメリ、勝手に何してんだお前」
「いったぁ…レレトこそ何―?吹っ飛ばすことないじゃん」
壁に打ち付けられたらしい男が場にそぐわない能天気な声を出す。
「そんなに怒ることないじゃんねぇ、お気に入りに手出されたぐらいでぇ」
「お気に入りじゃねえわ。縄張りに入って好き勝手されたことに怒ってんだけど」
「ふーうん?へーぇ?まあいいけどぉ。レレト、甘やかしすぎじゃない?生意気だよリチちゃん」
「失せろよ」
怒っているかどうかは分からない。吸血鬼の声は淡々としてる。
でも最後の言葉は私でもわかる程度に冷たかった。
「ハイハイ。ごめんねぇ、また気が向いたら来るねリチちゃん」
粘る気はないらしい男が立ち去る気配を感じて、思わず体を起こす。
「っ二度と、くんな!」
言い放った先にもう男の姿はなかった。
途端、脱力してうつぶせにベッドに沈む。
まだ息が苦しい気がしてゆっくり呼吸を繰り返す。
吸血鬼が背中を撫でた。
「大丈夫か」
「……むり。アンタよりくそ野郎初めて見た」
「…悪かったな」
いつもと違うばつの悪そうな返事に思わず吹きだした。
「はは、素直なアンタ気持ち悪いわ」
ごろりと転がって横を向くと、返事以上に居心地の悪そうな表情をして座っていた。
「何その顔」
「いや…なんか普通にごめん」
「いやいや気持ち悪いって。アンタ悪くないじゃん」
今回に限っては助けてもらった側だし。
あの男に掴まれた腕を見ると、くっきり痕が残っていた。
「げ…え、首も痕残ってる?」
「いや、首はなんともない」
「はー良かった…首の絞め痕なんて残ったら最悪だった」
腕は隠れるからいいや、と痕を擦っていると複雑な顔をした吸血鬼と目が合う。
「?」
「いや……痕残ってんなあって」
「アンタだって残してんじゃんいつも」
「俺は良いんだ俺は」
変な俺様ムーブかましてくる…人のことなんだと思ってんだ。
この男がいて安心する日がこようとは思ってもいなかった。
ずっとブツブツなんか言ってる吸血鬼を横目に、妙な安心感を覚えていた。
ありがとうは言いたくないので言わないでおいた。
…よく考えたらこいつの知り合いだったわ。
「そういえばアンタしばらく何してたん」
「怒ってんだろうなって思って自粛してた」
「自粛しても許せないけどね?」




