第45話 切り離し
それは、命令ではなかった。
書類もない。
通達も出ない。
ただ、仕事が回ってこなくなった。
「悪いな、今回は別のところに頼んだ」
それだけだ。
若い兄弟の兄は、
何度目かの断りを受けて、
静かに頷いた。
「……そうか」
怒りはない。
理解もしている。
自分たちが“区域内住民”として
記録されていることを。
発注側にとって、
わざわざ問題を抱える理由はない。
正しい判断だった。
年配の夫婦の畑にも、
変化が出た。
水路の再編。
「効率化」の名目で、
流れが変えられる。
公式には、
全体の利便性向上。
実際には、
区域内への水量が減る。
「調整です」
役人は言う。
「公平な配分のために」
公平。
それは、
数字で測られる。
畑と共に生きてきた時間は、
配分の基準にならない。
独り身の女は、
市場で売っていた干し野菜を
引き取ってもらえなくなった。
「仕入れ基準が変わったんだ」
「危険区域由来は、
一応な」
一応。
その曖昧さが、
すべてだった。
誰も、
“買うな”とは言わない。
だが、
“買う理由もない”。
残った四世帯は、
生活の糸を、
一本ずつ切られていった。
法に触れない。
命令もない。
ただ、
**生きづらくなる**。
カイルは、
その変化を見ていた。
止められない。
止めない。
畑は、
人の生活基盤を守る装置ではない。
それを理解している。
それでも。
若い兄弟の弟が、
ある夜、
畑の縁まで来た。
「……なあ」
声は、弱い。
「俺たち、
間違ってるのか?」
カイルは、
答えなかった。
畑も、
動かない。
「移ったほうが、
いいのか」
問いは、
誰に向けられたものでもない。
答えが出る種類の問いでもない。
「……決めるのは、
お前だ」
それだけ言う。
救いでも、
導きでもない。
責任を返すだけだ。
数日後。
若い兄弟は、
移転届を出した。
補償金を受け取り、
新しい土地へ向かう。
見送りは、
静かだった。
「悪く思うなよ」
「分かってる」
畑は、
何も変わらない。
だが、
守る対象は、
また一つ減った。
残るのは、
三世帯とカイル。
数字が減るたび、
管理側の判断は
容易になる。
問題件数が減る。
報告書が簡潔になる。
リスクが縮小する。
それは、
成功に近い。
夜。
ドラゴンは、
依然として空にいる。
だが、
視線は、
完全に畑の奥へ向いている。
人の生活圏は、
もはや均衡の対象ではない。
管理社会は、
何も壊していない。
誰も追い出していない。
ただ、
選択肢を
一つにした。
切り離されたのは、
畑ではない。
畑と共にあった
人の時間だった。




