第43話 残った人は、問題になる
最初に変わったのは、視線だった。
何かが起きたわけではない。
新しい通達が出たわけでもない。
だが、畑の周囲に残った家々に向けられる視線が、
明らかに質を変えていた。
「……まだ、残るのか」
市場の端で、
小さな声が漏れる。
責める調子ではない。
純粋な疑問だ。
「補償も出るのに」
「子どももいるだろ」
言葉は柔らかい。
だが、その裏にある前提は一つ。
――残る理由が、理解できない。
残ったのは、四世帯だった。
年配の夫婦。
若い兄弟。
独り身の女。
そして、カイル。
彼らは、特別な思想を持っているわけではない。
反抗の意思もない。
ただ、動かなかった。
それだけだった。
だが、管理社会にとって
“動かない者”は扱いづらい。
数日後、聞き取りが始まった。
「念のためです」
役人は、丁寧に言う。
「安全確認の一環として、
現在の生活状況を把握したいだけです」
家族構成。
収入。
健康状態。
交友関係。
質問は、すべて妥当だった。
拒否する理由はない。
だが、答えるたびに、
見えない線が引かれていく。
“協力的かどうか”
“理解しているかどうか”
“移転の意思はあるか”
残った者たちは、
はっきりとは否定しなかった。
だが、肯定もしなかった。
それが、記録された。
――移転に消極的。
――区域外生活への適応不明。
――思想傾向、未確認。
思想。
その言葉が、
初めて紙の上に現れた。
夜、
年配の夫婦の家に石が投げ込まれた。
割れたのは、窓だけ。
怪我人はいない。
犯人も出ない。
「子どものいたずらでしょう」
報告書は、そう結論づけた。
だが、誰もが理解していた。
空気が、変わっている。
残ることは、
もはや“選択”ではなくなりつつあった。
カイルは、畑の縁から村を見ていた。
声を上げない。
抗議もしない。
畑も、動かない。
守るのは、
畑そのものだけだ。
人の生活圏は、
すでに畑の外側へと整理されている。
ドラゴンは、
相変わらず上空に在る。
だが、
人のやり取りには、
一切関心を示さない。
それが、何よりも残酷だった。
助けない。
裁かない。
ただ、見ない。
残った村人の一人が、
小さく呟いた。
「……俺たち、
問題なんだろうな」
答える者はいない。
問題を起こしていない者が、
“問題になっていく”。
管理とは、
そういう働きを持っている。
翌朝、
広場の掲示板に、
新しい紙が貼られた。
> 特別管理区域内住民について、
> 生活状況の定期確認を実施する。
それは、保護の名目だった。
だが、
実態は、監視だ。
残った四世帯は、
数字に変わった。
名前ではなく、
件数として扱われる。
畑は、
その様子を静かに受け止めている。
守る理由は、
すでに限定された。
人が、
自分たちを
“問題”と呼び始めた時。
均衡は、
さらに一段、傾いた。
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