人違いと人の心配
「今日は頑張ろうね。アレン。」
アレン?誰のことだ?
「えっと、末次さん?人違いしていない?」
「んっと、あれ?九十九君だ。アレンって、誰?」
「さぁ。」
ここは、なんだ?俺の深層心理を基に作った幻覚らしいけど、そんなんじゃないな。テルペリオンもいつの間にか消えてしまっているし。気になる、すごく気になるけど、今は目の前のことに集中しないと。
「今日って、何があるんだっけ?」
「忘れちゃったの?武術大会の決勝戦じゃない。」
武術大会?地球のなのか、この世界のなのか。どっちとも見たことないぞ。
「何だっけ?それ。」
「本当に大丈夫?熱でもあるんじゃない?」
額に手を当てて確認してくるけど、別に熱があるわけじゃなくてだな。幻覚の切り替わりが唐突すぎてついていけないんだよ。そういえば、最初の幻覚も初めて見る景色ばかりだったな。
「大丈夫だって。それじぁ、ちゃちゃっと片づけてきちゃうね。」
「う、うん。頑張ってね。」
「おう。」
あっちに行けばいいのか?大きな歓声が聞こえてくるけど。どんな対戦相手なのかと思っていたら、あれはガーダンか。って、あの顔は、
「エイコムなのか?」
「いいえ。私はエイジェスです。」
「あっ、これは失礼しました。」
「構いませんよ。」
名前を思い切り間違えられても怒らないところはガーダンらしいというか、なんというか。それにしてもエイコムにそっくりだな。
「では時間ですので、参ります。」
エイジェスは槍で大上段の構えをとっている。その構えのまま地面を蹴って接近し、穂先が突き出され迫りくる。俺はやや左を向きながら前に出る。槍を右わきで抱え込むようにしながら動きを封じようとする。エイジェスはそれを察すると穂先を地面へと向ける。そのまま槍を地面に突き立て、棒高跳びのように宙を舞う。俺は右わきにあった槍の柄に巻き込まれるように後ろに倒されかかる。バランスを崩しながらも何とか地面を蹴り上げ、バク宙することで体勢を取り戻す。エイジェスは俺の後ろに着地する。槍を引き戻しながら横に一回転し、薙ぐように穂先を当てようとしてくる。肩越しに後ろを見ていた俺は、地面に倒れ仰向けになる。穂先が通り過ぎる所を見計らい、両足で捕らえようとする。エイジェスは槍を捕られるまいと柄の真ん中あたりに持ち替えながら、穂先を上へと振り上げる。石突を地面に当てながら、槍を手元に引き戻している。俺は足で反動をつけながら勢いよく立ち上がる。そしてエイジェスへとダッシュする。エイジェスはまだ槍を構えられていない。俺はそのまま思い切り踏み込みながら胸元めがけて拳を突き出す。槍の柄で上手く防がれてしまうのがわかったが、構わず拳をふりぬく。エイジェスはたまらず後ずさっている。後ずさりしながらも石突を振り上げながら追撃を牽制している。間合いができた。俺は間合いを図る。エイジェスは出方を見ている。エイジェスが中段の構えを取ったのを見て、俺はあえて高く飛びそのまま飛び掛かる。空中では方向転換できない、だから大きな隙となってしまう。エイジェスはそこを見逃さない。穂先を振り上げてくる。俺は何とか肩で穂先を受ける。血しぶきが上がるが気にしない。槍を固定しながら、柄に向かってかかと落とし。槍を真っ二つにする。
「お見事です。」
「ふう。どうした?来ないのか?」
エイジェスにはもう戦う気が無いように見えるんだけど、こっちは手負いだし、素手でも十分に戦えるよな。
「槍を折られたにも関わらず戦い続けるような恥をさらすわけには参りません。どうぞお休みください。」
「そりゃ、ありがたいね。」
まだ血が止まらない肩を抑えながら座り込む。このまま戦っていたらまずかったかもな。幻覚の中だから関係ないだろうけど。
「九十九君、大丈夫?」
「まぁね。」
止血もできたし、特に問題ないよな。それより、ここからどうやって話を変えればいいんだ?昨日から戦ってばかりだし。・・・まさか、格好いいところを見せて惚れてもらおう、なんてことないよな。まさかね。
「どうしたの?気分悪い?」
「いや、そういうわけじゃない。・・・ねぇ、これからさデートしない?」
「へっ?突然どうしたの?」
なんだか、勢いで言わないと明日も同じ感じになって時間切れになっちゃう気がする。というか絶対にそうなる。少しくらい不自然でもなんとかせねば。
「怪我してるんだから、ダメに決まってるでしょ。ちゃんと休まないと。」
「じゃぁ明日。」
「なんか変だよ。明日なら大丈夫かもしれないけど。」
「じゃぁお願い。」
「う、うん。」
怪我なんて何の問題もないんだけどな。何故か血が止まらないのがやけにリアルだけど。でもまぁ、これで明日は何とかなりそうだな。・・・何とかなるのか?だいぶ時間を浪費した気がするんだけど。でも、どうにかするしかないか。




