アリシアの心とアリシアの話
「お久しぶりです。トキヒサ様。」
「ああ、久しぶり。」
ベンジャミンに出迎えられたのも懐かしく感じてしまった。理由は全くわからなかったが、いつもより嬉しそうにしているように思う。
自分の屋敷だというのに全く慣れておらず、未だに案内なしだとどこに何があるのかわからなかった。思えば、屋敷を貰ってからすぐに長老の村に行き、それから帰る余裕が殆んど無かった。
「テルペリオン様のことは、非常に残念でした。」
「あ、ああ。」
屋敷は相変わらず綺麗に保たれていて、ベンジャミンに付いていきながら廊下を歩いている所だった。案内されながらテルペリオンについて言われたが、嬉しそうにしながらだったので違和感の方が強い。
「何かあったの?」
どうしても気になってしまい聞いてみると、ベンジャミンは立ち止まって振り返る。やはり目が笑っていて、悲しんでいるようには見えなかった。人の不幸を喜ぶような人でないのは知っているので、何を思っているのかわからないし、何があったのか気になってしまう。
「これは失礼しました。私からお伝えするよりも、アリシア様から直接聞いた方がよろしいかと思います。ご不快にさせるつもりは無かったのですが、ご容赦頂ければ。」
「い、いや。そこまでじゃないんだけどさ。」
追及するつもりはなかったが、責められているように感じたようだった。頭を下げられながら謝罪されたので、逆に申し訳なくなってしまう。あわてて気にしていないという仕草をすると、ベンジャミンも安心したのか案内を再開してくれた。
何があったのかは結局教えてもらえなかったが、明るい内容なのは間違いなさそうだった。それも、テルペリオンが死んでしまったことを上塗りしてしまうほどの事なのだろう。何かはわからなかったが、楽しみに感じながら後に付いて歩いていった。
「ああ、トキヒサ。戻ったのね。」
「遅くなって悪かったよ。」
アリシアは見慣れない服を着ていて、かなりゆったりとしたシルエットをしている。案内を終えたベンジャミンは、一礼するとそそくさと部屋を後にしていった。2人きりになってから、少しの間お互いに黙ってしまう。会話が途切れてしまうのはとても珍しい事だった。
「大変だったね。」
何を話したいのか、何を聞けばいいのか、迷っているとアリシアから話しかけられた。話があって来たはずなのにと思いつつ、しっかり話そうと気持ちを引き締める。
「そうだね。気持ちの整理がつかなくってさ。」
「うん。」
「テルペリオンとさ、俺達がどうやってこの世界に来たのかは突き止めたんだよね。」
そしてマコト達に話したように転移の事を説明した。どう思われるか気になり様子を見るが、特に嫌そうな顔をしていなかった。嫌そうではなかったが、何か言いたげな雰囲気は出している。一通り説明を終えて、最後に自分の深層心理がアレンのものだと伝えた。一番気になっていた事だったので、自分の声が緊張しているのがわかる。
「というわけなんだけど、どう思う?」
「ふーん。トキヒサの考えはわかったけど、1つ聞いて良い?」
「なにかな?」
「どうして私に話したくないと思ったの?」
何を聞かれるのかと身構えてしまったが、全く予想していなかった質問で戸惑ってしまった。それを聞くという事は、全く気にしていないという事だろうか。そんな疑問を抱きつつも、考えていたことをそのまま伝えることにした。
「それは、その。嫌われるんじゃないかと思ってさ。」
「どうして?」
「だって、アリシアの事を好きになった気持ちが俺のじゃなくてアレンのだったかもしれないんだよ?」
とりあえず嫌われなかったのは安心だったが、一方で話がちゃんと伝わっているのかわからなくなってしまった。それくらい当たり前のように、自分に聞かなかったことを不思議に思っているように見える。
「今のトキヒサの気持ちが変わったわけじゃないんでしょ。私の事、嫌いになったの?」
「いや、そんなわけじゃ。」
「じゃぁ、いいんじゃない?えーっと何か変な事、言っちゃったかな?」
あまりに気にしていないようだったので面食らっていると、アリシアも不安そうになってしまっている。お互いにまた考えてしまって、また先に話しだされてしまう。
「そっか、トキヒサの世界じゃ恋愛してから結婚するのが当たり前なんだもんね。この世界だと結婚相手なんて選べないから、どっちかと言うと結婚した後にどんな関係になれるかが大事なんだよね。もしかして、幻滅しちゃったかな?」
「なんというか、むしろ安心したというか。」
つまりは、好きになった気持ちは重要ではないらしい。そして魔源樹の体そのものは、驚きはするが嫌いになる理由にはならないとのことだった。
魔物が跋扈し、巨人や妖精に好き放題されるアキシギルでは、強くなるために結婚を制限するのは必然だった。そんな中で結婚後に恋愛しようという考えは、幸せに生きるための処世術だということは理解できる。なにより、今回の事について言えば好都合というか、そもそも心配がいらないという事がわかった。
安心すると、自分が部屋の扉の前に立ったままだったことに気付いた。アリシアの横にちょうどいい椅子があったので、そこに座る。アリシアは、一度安堵したのか微笑んでいたが、すぐに真剣な表情に変わってしまった。
「どうしたの?」
「言わなきゃいけないことがあってね。赤ちゃんが出来たみたいなの。」
なんて答えたらいいのかわからない。ただ、ベンジャミンが嬉しそうにしていたのは合点がいった。




