50 死人(しびと)と昔語り
お待たせしました。
あらすじ:深淵の裂け谷の底で眠るスルトの膨れ上がる魔力を喰ったイムダ
深淵の底で何事も無かったかのようにすやすやと眠る我が子を見下ろし立ち尽くすイムダ。
リーシャはそんなイムダを警戒しているのが見て取れる。
イムダがゆっくりと眼を閉じてから振り返るとまた貼り付けたような笑みを浮かべた。
「この地には何とも秘密が沢山あるようだな」
「ふふ...そうですね」
嫌味っぽい言葉にも笑顔で返すイムダに嘆息するリーシャ。
「話してもらうぞ。この地の秘密とエルフ族であるお主が死人などになりながら現世にしがみついている理由もな。本来ならば滅ぼさねばならん存在だ」
リーシャの厳しい視線にもイムダは飄々とした態度でおどけるように肩を竦めた。
「上手く隠蔽していたつもりでしたが流石に今のを見られたら隠し通す事は難しいですね。まぁ、それ以前に見抜かれていたようですが...」
死人。
その名の通り生者では無い。
この世の生き物は寿命や肉体の損傷、病などで肉体の活動を終えると肉体と魂が離れ肉体は腐り大地の糧となり魂は【魂の輪環】へと還りまた新たな生命として生まれ変わる。
魂の輪環の中で全ての魂は混じりそこから新たな生命として生まれ変わるので全く同じ魂は存在しないのは余談であるが、それを識るのはハイエルフや一部の高位(古代)種族、高位の精霊しか知らない神の理であろう。
ハイエルフに準ずるエルフ族も神の理を知らぬとも自然を崇拝し生を愛しみ死は在るべき姿として認識しており、それに外れた存在を忌み嫌う。
肉体と魂が瘴気に侵され魂が魔石化した魔獣や瘴気から生まれる魔物、死を受け入れず魂が離れた後もこの世に留まる死人、所謂アンデッドと呼ばれる存在である。
エルフ族は特にアンデッドを忌み嫌う。
アンデッドは死に抗い魂を失っても現世に留まる為に魔力を喰うのだ。
それは大気中の魔力だけでなく他者の魔力すら奪い己のエネルギーとするためだ。
魔力が足りなければ瘴気ですら取り入れるのだ。
エルフ族にとって魔力を喰らい死を受け入れずに現世にしがみつくアンデッドとなる事は非常に不名誉であり、アンデッドを出してしまった家は親族全てコミュニティから追放される。
酷い時には穢れた一族として処刑される事も有りうるのだ。
それ程エルフ族からアンデッドは忌避されている。
ハイエルフであるリーシャは言うまでもなくアンデッドを忌避している。
一色触発のムードを漂わせるリーシャと飄々とした態度のイムダとの視線を遮るようにして間をにその巨体を入れてきたのはフェンリルの長【天の星飲み】。
『長い話になる。我らフェンリル一族も深く関わっておる故、全てを話してやろう』
リーシャに向けた赤い瞳は酷く疲れている様に見えた。
【天の星飲み】はゆっくりと巨体を横たえて視線をアキッレに向けた。
『そこなハティ一族の童子も聴くがよい。汝らとの盟約も深く関わるものだ』
アキッレは盟約の詳しい事まで教えて貰えるとは予想外であった為に驚きの色を隠せない。
しかし【天の星飲み】のその真っ直ぐな眼差しにアキッレは顔を引締めこくりと頷いた。
【天の星飲み】はアキッレからリーシャに視線を移しその手にある白銀の槍グングニルを一瞥して目を閉じた。
そして静かに話り始めた。
昔むかし、ハイエルフが隠れ姿を消した後ーーー
幾つかの文明が亡び、世界は今より森に覆われ人族が今程多くない時代。
その巨躯から持て余す剛力と魔力を以て暴れるだけだったフェンリルの祖【豪然たる顎】は穢れ神へと堕ちたエルフの半神オージンを喰い殺し、神殺しの神槍【神滅の雷槍】共々飲み込んだ事により知性と神性を得て神獣となった。
【豪然たる顎】は一族を率いて氷の魔力が溢れる死者の国ニヴルヘイムと繋がる深淵の裂け谷があり【霜の巨人】の眠る魔力に満ちたこの地を神獣界としようとした。
しかしそこには先住民が居た。
マルローンの森を護る氷エルフの一族だった。
氷エルフはマルローンと古代から生き延びた巨獣マンモス達と平穏な暮らしをしていた。
氷エルフの長と【豪然たる顎】は話し合い共生する事となりこの地はフェンリル達が結界を張り神獣界となった。
フェンリル達はこの地で一族を増やし静かに暮らしていた。
ある時【豪然たる顎】の孫にあたる【天の星飲み】の娘【大地の糸読み】が神獣界を離れ長い旅に出た。
時折、神獣界を離れ現世で暮らすフェンリルも居たので特に珍しい事でもなく留める理由など無かった。
だが、当時【豪然たる顎】の寿命はもう尽きかけており大層可愛がっていた曾孫である【大地の糸読み】に二度と会う事は叶うまいと受け入れ長い時間眠る様になっていた。
そうして月日が経って殆ど目覚めることの無かった【豪然たる顎】が目を覚ました。
すでに視力を失った【豪然たる顎】が見詰める方角から【大地の糸読み】が帰って来た。
その背には弱々しい白銀の獣人の娘を乗せていた。
氷の魔力が溢れるその白銀の髪はまさにフェンリルの加護を受けた証。
【大地の糸読み】は加護を与える程まだ神性を持っていなかった筈だが、彼女からは成長した力が満ち溢れていたので【大地の糸読み】が加護を与えたのは間違いない。
しかしその加護を受けた獣人の娘は左半身が醜く紫色に変色した呪い子だった。
【大地の糸読み】が連れて来た娘の名はヘル。
狼の獣人族で生まれつき半身が爛れた呪い子で、一族の長の次女であった。
この狼の獣人族は皆小柄で力も弱く一族は森の奥で協力し合い隠れるように暮らしていたという。
ひ弱な一族の中でも呪いに侵され醜く身体が不自由なヘラであったが、迫害される事も棄てられる事もなく一族に大切に守られてきたらしい。
獣に近い獣人族では力無き子は排除される事が多いのに大変珍しい事である。
出会いは【大地の糸読み】が旅の中ヘラ達が隠れ住む森に立ち寄った際だという。
その森は凶暴な魔物や魔獣が住み着いており足を踏み入れた【大地の糸読み】は次々と襲いかかってくる魔物や魔獣を蹂躙していた。
偶然、薬草を摘みにきたヘラは魔物に襲われそうになったのを【大地の糸読み】が助けた。
実際にはヘラを助けた訳ではなくただ近くに居た魔物を殺していただけで、【大地の糸読み】はちっぽけで力を持たないヘラの存在に気付いていなかっただけである。
当時の【大地の糸読み】はまだ若く力を持て余し気性が荒い娘であったが、誇り高く気高い精神性を持ち合わせており弱者をいたぶる様な真似は決してしない。
寧ろ弱者に興味が無かった。
命を救われたヘラは大変感謝し、少ない食糧を差し出した。
【大地の糸読み】は小さく弱い上に呪いまでその身に受けたヘラを憐れには思ったが、それだけで特に何も感じる事は無かった。
だが、その森に居る間ヘラは何度も【大地の糸読み】の元を訪れた。
誰よりも弱いヘラはこの森で誰よりも強く美しいフェンリルに憧れと尊敬の眼差しを向け数少ない食糧を差し出した。
最初は相手にしていなかった【大地の糸読み】もいつしかヘラから向けられる純粋な好意と敬意に絆され自然と共に居るようになる。
ヘラは呪い子であったため身体は細く小さくそのうえ呪われた半身は不自由であったがとても美しい歌を歌った。
ヘラが紡ぐ歌を聴きながらその小さな手で触れられ穏やかな優しい時間は、【大地の糸読み】にとって何物にも代えられない大切な日々となっていった。
いつしか【大地の糸読み】はヘラの一族が隠れ住む洞窟の近くに居座る様になり、一族とも打ち解けるようになった。
【大地の糸読み】はヘラは勿論の事、貧弱でありながらもヘラを見捨てること無く愛する貧相で心暖かい狼の獣人族を庇護すべき存在と認識するようになっていた。
しかし、それがその森の理に触れる事となってしまった。
お読み下さりありがとうございます♪
気付けば間もなく1000Ptに届きそうです。
ブクマ、評価、感想いただき誠に感謝しております( ◜ω◝ )




