11 冒険者になったハイエルフ
「なるほど。ヴァイスは身体強化で他人の魔力を感じられる程に感覚までも強化しているのだな」
身体強化はあくまで自身の身体能力を強化し視覚や嗅覚などの感覚も強化する魔法だが、魔力を感じ取る感覚を知らなければ強化する事が難しい。
ましてや魔法全般と相性の悪い小人族のヴァイスがその感覚を手に入れるには想像を絶する鍛錬と、生命を削る様な戦いを経て手に入れたものだろう事が想像出来た。
リーシャはヴァイスに対して心から畏敬の念を覚えた。
「さて、まず認識を改めてもらいたいのは、元々オルソンはかなり大きい魔力を持っていたという事だな。知られていない様だが生まれつき魔力栓症という病気のために魔力を巡らすことが出来なかっただけだ」
リーシャの魔力栓症についての説明にヴァイスは食い入るようにリーシャの話を真剣に聴いていた。
そのような病気がある事も知らず、魔力が瘴気となってしまう事も初めて知る事実で、そしてオルソンの力になり切れなかった自身の不甲斐なさを悔やむ様に時折眉間の皺を更に深く刻んだ。
リーシャの話が終わるとヴァイスは目を瞑り、部屋の中に沈黙が訪れた。
暫くしてヴァイスは深い溜息を一つ吐いた。
「なるほどな。全部信じろと言われても難しいが納得は出来る」
そしてギロりとリーシャを見る。
「その知識と技術は世界樹の森の森エルフよりも遥か高みにある。あんた原初のエルフ...ハイエルフだろう?」
「ああ、わたしはハイエルフだ」
「...隠そうともしないか」
「何故隠す?」
キョトンと首を傾げるリーシャ。
ヴァイスは頭をガシガシと掻きながら睨むようにしてアレンを顔を向けた。
少々(?)短気な師匠に睨まれたアレンは同意を求める様な顔で肩を竦める。
「チッ!俺に会わせたのはそういう事かっ!」
アレンの意図に気付いたヴァイス。
「流石師匠。彼女は恩人なのでよろしくお願いしますよ」
「あーーっ!仕方ねぇな。お前ら先に下で買取行って待ってろ」
アレンはニヤリと笑うとリーシャに声を掛けた。
「リーシャさん、俺らは下に行ってるんで師匠の、ギルマスと話をもう少しして下さい」
「ん?分かった」
「よし、皆んな行くぞ」
リーシャの返事を聞くなり、アレンは立ち上がってメンバーと共に部屋から出て行く。
一番最後になったオルソンはリーシャに「下で待ってますね」と申し訳なさそうな顔で出て行った。
しんと静まった部屋には向き合ったままのリーシャとヴァイスが残された。
静寂を破ったのはあまり機嫌の良くなさそうな小人族だった。
「あー...率直に訊くが、あんたアーサーの知り合いか?」
突然の質問に、それまであまり表情が動かなかったリーシャから笑顔が零れた。
「なんと、お主アーサーと知り合いか!?」
「ちっ!やっぱりか...」
「どういう意味だ?」
怪訝そうな顔のリーシャに対してヴァイスは冷めてしまった紅茶を一口飲んでからゆっくりと口を開いた。
「俺は...知り合いも何も100年前、アーサーと一緒に魔王と戦った戦友って言うヤツだな。アイツは俺にとって真の仲間と言える一人、親友であり、ライバルみてぇな...そんな感じだ。
だから、あんたのその長ったらしい名前もアイツから聞いた覚えがあったんだよ。まあ、しっかりとは覚えられなかったけどな」
がははと笑うヴァイス。
「ほう!誠か!100年前になぁ!わたしの名前を話したなら出会った後か!親友か!ほほう!」
リーシャは鼻息を粗くして話の続きを急かすように身を乗り出すと「まあ昔話はまたゆっくりと聞かせてやるから」と落ち着く様に促された。
「む、そうか」と憮然としながらリーシャはソファに座り直した。
「でー、あんたはアーサーに会いに来たってことで良いのかい?」
「そうだ。約束だからな」
「...そうか」
リーシャの予想通りの返答にヴァイスは視線を外した。
表情を見せぬ様にしているのだろう。
その態度にリーシャは腕の中でずっと大人しくしていたケット・シーの頭を優しく撫でながら目を伏せた。
「...アーサーはもういないのだろう?」
沈黙を破ったのはリーシャ。
ヴァイスは少し震える声の主を見ないまま応える。
「...もう、80年も前だ」
「...」
「...」
「...そう、か。全然間に合わなかったなぁ」
「人族の生命は短いからな。アイツはその中でも早かった」
「...」
「...」
「子は...彼奴の子孫はいるのか?」
予想外の問いにヴァイスは顔をリーシャに向けた。
リーシャがヴァイスに向ける笑顔は寂しさを残していたが穏やかだった。
「いるよ。この国の王だ」
「そうか!それならばアーサーとの約束は果たせるな」
「...おお、そうなのか。意外にサバサバしてて何よりだ」
アーサーからは叶うことの無い初恋だと訊いていた。
柄にも無くアーサーの死を知ったリーシャが悲しんでいたらどう慰めるかアレコレ考えていたのだが、リーシャには恋焦がれる様子は全く感じられなかった。きっと奥手のアーサーは気持ちを打ち明ける事も出来ないままの片想いだな、あのヘタレ野郎と心の中で毒づいた。
ヴァイスは慣れない事をしようと身構えていたので少々拍子抜けした。
「ん?そうだな。アーサーに会えないのはやはり淋しいが人は必ず死ぬ。それは仕方が無い事だろう。元々アーサーが生きている内に会いに行くのは難しいとは分かっていたからな。
それでもアーサーはちゃんと子孫を残してくれていたのは喜ばしい事だろう。お陰でわたしはアーサーとの約束を果たす事が出来るのだから。
その点ハイエルフは中々子が産まれずわたしは最後の一人になってしまったからなぁ」
思った以上にあっけらかんとしたリーシャの様子に、いかにも両想いだった風に語っていた若かりし頃のアーサーに対してモヤッとするヴァイス。
「あん?最後の一人...?」
ふと聞き捨てならないワードに気が付いてしまった。
「ああ、わたしが最後のハイエルフだ」
「おいおいおいおいっ!マジか!?はあ!?」
「何だ?落ち着け」
今度はヴァイスが身を乗り出したが、リーシャは体を捩り座ったままヴァイスから距離を置いた。
「あーーーー。聴きたくなかったわーーー!!!伝説の超希少種の最後の一人ってどんだけだよー!!」
ソファに腰を下ろし両手で頭を抱えるヴァイス。
「お嬢さん、その事はアレン達も知っているのか?」
「んーーーー。話してないな。わたしがハイエルフという事しか知らない筈だ」
ヴァイスはこの日何度目かの大きな溜息を吐いた。
「いいか。あんたがハイエルフだって事と、最後の一人って事は誰にも言っちゃダメだ。面倒事や厄介事に巻き込まれる可能性が高過ぎるからなっ!」
顔を近付けて早口で捲し立てるヴァイスに若干引き気味になるリーシャ。
「あ、ああ分かった。なるべく誰にも言わない様にするよ」
素直に応えるリーシャにヴァイスは深ーい溜息を吐いた。
一方、基本的にのんびり屋のリーシャは、なんだか慌ただしい御仁だなぁとあまり危機感は感じていなかった。
ヴァイスは落ち着きを取り戻すと空間魔法で取り出した一枚の用紙とペンをテーブルに置いた。
「これは冒険者に登録するためのモンだ。この街に居るにしても、何処か別の街に行くにしても身分証が必要になる。
俺が後見人として登録しておけば煩い連中も多少は黙らせる事が出来るだろう。あんたはエルフとして登録してハイエルフだという事は絶対に言わない様にな。
冒険者は普通は最低のFランクから登録するんだが、アークキマイラを縛り上げる実力なら特例としてCランクで登録しよう。
ある程度ランクがある方がくだらん連中も跳ね除けやすいからな!」
「ん?よく分からんがどうすれば良いのだ?」
「此処に名前を書いてくれれば、後は俺が手続きをしておく」
「そ、そうか。名前を書けばいいんだな」
リーシャはヴァイスの言っている事の殆どが分からなかったが、ヴァイスの勢いと彼がリーシャの為にしてくれているのが分かった為に素直にペンをとった。
用紙の指定された場所に名前を書き終えてヴァイスに用紙を手渡す。
「ーーーっ!古代エルフ語かーっ!?誰か読める奴いたか?...お嬢さん、悪いがもう一度名前を訊いていいか?」
「アルティリーシャナンララ。リーシャでよいぞ」
「そうか、ならリーシャで登録させてもらうぞ」
「分かった」
ヴァイスはリーシャの書いた名前の上に現代語で【リーシャ】と付け加えた。
「今日はもう遅いから、明日取りに来てくれ」
「明日だな。分かった」
明日何かを取りに来るという事以外、分からないまま返事をするリーシャ。
「ギルドのルールも明日説明する。今聞きたいことはあるか?」
「沢山あるが明日で良い」
「そ、そうか。下で馬鹿弟子達も待っているだろう。また明日な」
「ああ、また明日。ありがとうヴァイス」
リーシャは立ち上がり部屋を出て、一階に居るであろう『疾風迅雷』の元へ向かった。
一階に降りると何やら騒ぎが起きていた。
騒ぎの中央にはアレン達『疾風迅雷』と見知らぬ三人組の男達が睨み合いをしていた。
アレンと正面に向き合う大剣を背負ったくすんだ茶髪の大男、真っ黒な皮鎧に身を包んだ青白い長髪に禍々しい気配の棍を持つ男、そして薄汚れた灰色のローブに身を包みフードを深くして顔を隠す男だ。
三人組はアレン達を見下すような目付きでニヤニヤと大きく口を歪ませ笑みを浮かべている。
一方、顔を殴られたのか頬を腫らしぐったりとしたイエレナとオルソンをレオニールとザックが庇うように抱え、アレン一人がメンバーを庇うように前に出て拳を震わせながら三人組を睨みつけていた。
リーシャはアレン達の元へ駆け寄った。
「どうしたのだコレは?」
リーシャの声にハッとアレンが振り返ると、三人組のフードを深く被った男がリーシャを見て目を細めて舌舐めずりした次の瞬間。
「へぇ〜ホントに美少女じゃんか」
突然、背後からリーシャの耳元で囁かれるフード男の声。
振り向こうとするとリーシャは背後から抱き締められ力尽くで拘束された。
瞬きをする間もなく三人組のフード男にリーシャは背後に回り込まれたのだ。
「ええ乳してんなぁ」
首に当たるフード男の鼻息にリーシャは顔を顰める。
「良い匂いだなァ〜柔らかくてもふもふした良〜い毛並みしてやがるぜぇ...ん?もふ...?」
「いやーん照れるにゃ〜」
フード男が揉んでいたのはリーシャの胸に抱き着いて顔を赤く染めるケット・シーのお尻だった。




