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116「ご立派ですから」

「いきなり現れてなにがいいいたい! それほどまでに私の生き方を否定できるほど立派な人生を送っているといえるのか! 子供のくせに、大人をからかうのもいいかげんにしろ!」


 ――いきなりキレてしまった。


 ジュリアンヌは初見のイメージを裏切る形で健康的な歯を光らせ叫んでいた。


 ちなみに声がロリロリなアニメ声なので迫力はまったくない。


 カインは気圧されるように両の手のひらを軽く前に出し後退する。


(マズい。もう少し言葉を選ぶべきであったか。つい熱くなってしまったぞ。くそう。怒るのも無理ないか。スパッと彼女の行動方針やら思想やらを切って捨てたようなものだからな)


「ま、まあ、年齢のことはお互いともかく……」

「お互いとはどういうことだ!」

「チッ、めんどくせーな」

「いま舌打ちしただろっ」


(聞こえてたんか。超小声だったのに)


 激高したジュリアンヌは、離れた距離でもわかるほど顔面を真っ赤にして、上段に構えた剣をいまにも振り下ろさんばかりの様子でジリジリ間合いを詰めてくる。


「とりあえず落ち着いてください。一度頭を冷やして私のいう言葉の道理と道筋をゆっくり咀嚼してもらえば、ここで争う必要がないことはわかるはずですよ」


「いいや、子供であるからといって情けをかけた私が阿呆だった。斬る」


「いやいや、そんなストレートな。だいたい、カルリエの使者をいきなり斬れば温厚な名主も黙ってはいませんよ」

「その場合はおまえが舌先三寸で私を騙し不埒な行為に及んだといえばよい」

「そんな無茶な……」


「無礼な、婦女子を愚弄する気か」

「だからなんもいってねーっての」

「問答無用だ!」

「だからやめろって!」


 ジュリアンヌは手にしていた長剣を構えたまま駆け出していた。この場合はカインの静止の言葉など微塵も耳に入らないのが人間というものだ。図らずもカインとの対話で神経はささくれ立って頭に血が上っている。もともと権力者が嫌いで名主のいうことも聞かずに女だけで引き籠ったほどなのだ。排他的な性格はもちろんのことカルリエからの使者だと思い込んでいるカインに対して加減する道理も理屈もない。おまけに周囲には引き止める他者がいない場合腕に覚えがあれば狂ったように理性が弾けるのは当然だった。


 ――やむを得ないな。


 カインは素早く鞘から長剣をすべらせると頭上から落ちてきた長剣を受けに回った。


 剣術の達人であるとはいえないが、並みの大人が相手なら五分に渡り合える程度には戦場の場数を踏んだつもりだった。


 ――は、ジュリアンヌの剣技はカインの想像をはるかに超えるものだった。


 防御が間に合ったのは偶然以外のなにものでもない。

 かきん

 と鋭い音が鳴って凄まじい圧力が両腕にかかったと思った瞬間――。


 カインの長剣は弾かれてしまった。


 視界の片隅に剣身の真ん中からぽっきり折れた刃がくるくると幾重も弧を描いて飛んでいくのがわかった。


 ――あれはもう使い物にならない。


 そして背を向けた瞬間、ジュリアンヌは嵩にかかって背を斬りつけるだろう。


 逃げ腰になれば闘気のオーラは自然と減衰する。

 そうなってはならない。

 だが、いまのカインの手に武器はない。

 無手のままではなますに切り刻まれるだけである。

 本能的に後方へ飛ぶとできる限りの安全距離を取った。


 技量は向こうが遥かに卓越している。

 その上素手では斬り合いどころか遊びの相手にもならないだろう。


 カインは右手を地面に押しつけるとほとんど反射的に己の内で術式を完成させていた。

 錬金術――。


 等価交換の法則によってマテリアルを生み出すカルリエ家のお家芸である。


 手のひらに触れた大地から探り出した含有物を巧みに構成及び変質させてまったく別のなにかを作り出す錬金術士がもっとも得意とする技のひとつである。


 カインは片手立ちの状態から右腕を発光させて後方へと飛んでトンボを華麗に切った。


 すた、と地上に降り立ったときには弾かれた剣とまったく同じものを右手に握っていた。


「それがカルリエお得意の錬金術か。器用ではあるが剣の本質とは関係ないぞ」


 ――彼女のいうとおりだ。まともにやり合っては勝てない。


 ジクジクと背筋に嫌な汗が垂れる。


 向かい合っているだけでジュリアンヌの放つ闘気で神経が削られてゆく。

 カインは彼女から目を一瞬たりとも離さなかったが、ゆらりとゆらめいたかと思うと消えた。


 ――ヤバい。


 暴風のような殺気が喉元に叩きつけられる。

 反応ができずカインは己の死を覚悟する。

 血肉が噴出するイメージ。


 だが、ジュリアンヌの剣は脇から延びてきた小剣に遮られ硬質な音を響かせた。


「なにっ!」


 ジュリアンヌの声。

 カインがなんとか態勢を立て直している間に目の前でふたつの影がジュリアンヌへと襲いかかっていた。


 双子ならではのみごとなまでの連携と、俊敏な獣のような動きでリースとライエのふたりがジュリアンヌを圧倒していた。


 猫科の猛獣のようなスピードと貪婪さでふたりは左右から息を尽かせぬ連撃をジュリアンヌにこれでもかと叩き込んでいた。


 ジュリアンヌの剣術も達人を凌駕するような洗練さを持っていたが、後先をまるで考えてはいないリースとライエの爆発力の前にはいま一歩及ばず、徐々に身体を後退させてゆく。


 右と左から流星のように奔る剣線はジュリアンヌの急所目がけて凄まじい勢いで吸い込まれてゆく。


 ――だが、双子の奮闘はそこまでだった。


 ジュリアンヌは気合一閃、腹の底から野獣のような雄叫びを張り上げると長剣を水平に振るってリースとライエをあっさり弾き飛ばした。


「中々にやるようだが、本物の騎士の剣は格が違うぞ」

「マジか……」


 一撃でぽーんと遠くまで飛ばされたふたりはすぐに立とうとしたが、かなりの打撃を受けたのか腰に力が入らず全身を震わせている。


「お逃げ、お逃げくださいっ!」

「ただの小僧と思っていたが、このような護衛がつくとは――?」


 ジュリアンヌがそういいかけたときであった。

 俄かに起こった黒雲がカインの陰鬱な心を表すかのようにたちまち空一面に広がり、泣き出しはじめた。


「まさか――?」


 空を見上げるカインの顔にぽつぽつと小さな雨だれが滴り落ちる。


 ぞわり、と嫌な黒い物が胸いっぱいに広がった。

 視界の端に、もう回復したのかリースとライエが立ち上がったのが見えた。


「どうした。私と貴様の勝負の決着は――」

「ジュリアンヌ、勝負なしだ! リース、ライエ!」

「ど、どうした?」


 小さく視線を泳がせたジュリアンヌの瞳から闘気が失せた。


「雨だ! 堤が危ない!」


 それだけいうとカインはもう走り出していた。



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