113「いにしえの一族」
「さすがカインさまは神童でございます。これが成功すれば、このあたりの村々は雨季の水害に悩まされることはなくなります」
「気が早いぞ」
「カインさまの知略は神ががっておりますな」
「あ、あはは」
――完全にパクリである。
転生前、カインは消防団のイベントでとある戦国大名が作ったといわれる治水施設作成を請け負ったときの知識を生かしただけに過ぎなかった。
(ま、まあ、おれが考えたモノじゃあないが、面倒だから黙っておこう)
「さすがは、カルリエのご領主でございますな。アイリーンよ、カインさまのような高徳のようなお方に仕えられることを誇りに思わねばなるまい」
「はい、叔父さま」
それまで静かに控えていたアイリーンはジャンの賛辞に瞳を輝かせ我がことのような様子で誇らしげに胸を張っていた。
「ふっふーん。さすがお姉ちゃんのカインくんだよ。このくらいなら朝めし前だね」
メリアンデールは「ワシが育てた」といわんばかりに鼻高々である。
「ちょっと待った。そういってもらえるのは嬉しいが、実際問題すべてが完成してからの話だ。ジャン殿。錬金術で堤や聖牛を強化することはできるが、基本は多くの人手が必要だ。当然、領内から人夫を集めるつもりであるが、いまは悲しいことに各地の治安は悪化しており、兵も領民もできる限り動かしたくないのだ。この村の負担は増えるが、ひとつ尽力してもらえないか」
カインの言葉にジャンが一瞬だけ表情を曇らせたがすぐさま承諾した。
「えーと、カインくん。ちなみにその聖牛っていうのは数を幾つくらい作るんですか?」
おそるおそるとメリアンデールが訊ねた。
「二千、いや三千ほどか。ディーバ川の規模なら最低限そのくらい必要でしょう」
机上で話をしていても実物を見なければ感覚的にわからないことが多い。
カインは屋敷から出ると河原で実際に聖牛の作成をジャンに命じて作成させた。
丸太を組み上げて三角錐を横倒しにしたような聖牛は現物を目にすると中々にインパクトがあり見る者の胸に迫った。
――これを完全な雨季に入る前に作ってディーバ川に置く。
「なるほど。実際にこうして現物を目にすれば、雨季の洪水から堤を守る役目を立派に果たせそうですな」
ジャンは明るくカインの試作品を褒めたたえていたが、不意に表情へと険しさを張りつけた。
「どうしたんだ。なにか問題でもあると……?」
「いえ、カインさまのお考えに異論があろうはもないのですが、実は困ったことがひとつありまして……」
「いってくれ」
「実は、先ほどすぐに村々に使者を走らせたのですが、人手が、思うように……」
上に立つ人間としてカインはジャンが先ほどの話の途中で表情を曇らせたことに当然気づいていた。
――ジャンがこの状況で村からの労役を断る理由とはなんだ?
問いの答えは常に内にあった。領民の心を推し量るのが領主での務めである。カインは大柄な身体を丸め、きまり悪げにしているジャンの憂悶を即座に汲み取ると、心の中で舌打ちをした。
「いくさのせいか」
わずかに目を潤ませて悔しそうにジャンが顔を伏せた。
領主がカインに代替わりしてからカルリエでは領地の広さと経済力を度外視した戦争を過剰なまでに行っていた。
根底にあるのは治安回復と領主代行であるカルリエ家の権力保持であるが、戦闘には各地の領民が否応なしに招集され、戦場で華と散った。
工業力と生産力が人口に直結する異世界において、戦争と労役は忌避されるものであった。
――領土から人間が失せれば自然とその地は弱体化する。
カルリエの地が弱体化すれば、領主を弱腰と見て日和見であった貴族や土豪たちは年貢や土地の生産物をほしいままにするであろうし、そうなれば大局的に領内政治が行わなくなって、各地では良民が賊徒に変貌し平穏に生きている人間にとっては地獄か加速化するだけだ。
ジャンの苦悩は理解できる。先日も南方の領土争いにカインは付近の村々から少なくない雑兵や輜重のための男手を奪ったばかりであり、しかも彼を辺土の防衛に着かせた。
ディーバ川の洪水を防ぐことは付近の村々の生産力に直結するだけあってジャンとしても是が非でもカインの申し出に協力したいのであろうが、ないものはないのだ。
「すまない。私の考えが浅はかであった。人夫はこちらで工面する」
「あ、いえ。人の手がないわけではないのですが」
ジャンの言葉には偽言特有のやましさがなかった。
「ふむ、どういうことか説明してほしい」
「確かにカインさまのご推察どおり、いくさで周辺の村々からは男手が激減しておりますが、女手はあるのです。だが、彼女たちのほとんどは後家や若い娘ばかりで。恥ずかしい限りですが、それら女たちをまとめているのは名主である私ではないのですよ」
「と、いうと?」
「ユメル家の後裔。つまるところ、カインさまの祖父であるレオポルドさまがこの地に封じられる以前から根を張っていた、以前の土豪である一族の頭領が庇護者を失った女たちを一カ所にまとめて世話役のようなものをしているのですが、情けない話ですが、村の女たちからも支持を得ており、私といえど無理にいうことを聞かせられぬのでございます」
「そうか。その者の住む場所は近くなのか?」
「それほど離れておりません。……カインさま、もしかして?」
「私がその者に会って直接説き伏せる」
多勢で押しかければ余計にユメル家の頭領は態度を硬化させる――。
そう踏んだカインはアイリーンひとりに案内をさせると、女たちのみが居住する区画へと馬を走らせた。
「カインさま、いま、しるしがありました。ここがユメルの集落です」
「わかった」
カインは軽やかな身のこなしで馬から飛び降りた。続けてアイリーンも下馬しようとするが押し止めた。
「おひとりでは危険ですよ」
「アイリーン、おまえはジャンの姪で顔を知られている。おまえが一緒に来ればユメルの一族がよからぬことを考えないとはいいきれないだろう?」
「それは……ッ。でも、それならカインさまだって同じです!」
「ジャンに聞いたところユメル一族はもはや少数でおまけに外界と交わることなく、ほとんどこの集落から出ずにいるのだろう。こんな子供が領主代行だといい張っても信じやしないだろう。ただの使者として説得してみせるさ」
「ですが……」
――心配で仕方がないって顔だな。
カインはなおもついてこようとするアイリーンの手を取ると甲にキスをした。
「大丈夫だ。私を信じてくれ」
「カインさま……」
アイリーンはカインの必死な説得により、おとなしく叔父のもとへと戻っていった。
――手垢のついた吐き気のするようなキザな真似だが、この身体なら有効のようだ。
オッサンであり顔の平たい日本人族であった前世ならば、いくら主従の絆があるとはいえアイリーンとはいえど強烈に拒否感を露にしたのだろうが、美少年に転生した今となっては絵にならないこともない。
「で、コソコソ覗き見するのはマナー違反じゃないのか」
「あ、バレてました?」
「すみません」
振り返ると近場の草むらから両手に小枝を持って偽装していたリースとライエの姉妹がガサゴソと姿を現した。
(妙に後頭部へと視線を感じると思ったのだが、違和感の正体はこれだったのか……)
カインがジッと睨むとリースはペロッと舌を出し、ライエはあわわと慌てふためく。
「理由はもう聞かないぞ」
「いや、そこは聞いてくださいよ。わたしたちはカインさまが怪しげな集落に単騎乗り込むと聞きまして当然のごとく護衛にきた所存です」
リースは両手を自分の腰に当ててさも当然だというふうにいった。
「あー、はいはい」
――真面目に対応するのがアホらしい。
そう思って手のひらをひらひらさせ追い返そうとしたカインであったがリースはその場に立ったままボロボロと涙をこぼしだした。
カインは前世から今日に至るまでこれほどまで極度に女性を泣かせた経験はない。
なので酷く混乱した。
「なんですかぁ。最近、ひどいですよぉ……」
リースはその場にぺたんと座り込むと目元を手で覆ってしくしく泣き出した。
こうなるとカインはもうどうしていいかわからない。
日ごろはクールな貴公子を気取っていても女性経験の乏しさからリースをどう扱っていいかわからず、おろおろしながら彼女の周りをあたふたちょろちょろするだけにとどまった。
「いっ? ちょ、ちょっと待った。なんでいきなり泣く」
「だ、だってわたしたちだってカインさまを思う気持ちは負けないのに、最近のカインさまはあのメイドばっかりちやほやして、わたしたちのことなんてどうでも、いえ、こんなことをいってカインさまを困らせてはいけませんよね……」
――いつもの嘘やからかいや冗談ではなくマジ泣きだ。
どう泣き止ませていいかわからずカインは蒼い顔で一緒に地べたへ座り込むと、リースの頭を幼児を慰めるようにそーっと撫でるだけだが、差し出した手も振り払われて途方に暮れた。
「な、なーくなって」
「姉さま、おかわいそう。ほろり」
リースも感極まったのか、目尻から湧き出した涙をハンカチで拭っている。
――ふたり同時に泣かれたらたまらん。
これでは女衆のたばねをしているユメル家の説得どころではない。
「悪かった。私が悪かったから、泣きやんでくれ。これからはおまえたちを邪険にしない。約束するから!」
そこまでいうとリースはやっとのことで涙にぬれた顔を上げた。
(う、こりゃあいくらおれでも罪悪感が湧くぞ)
「めそめそ。本当ですか? 今後はアイリーンだけでなく健気にカインさまを思うわたしども乙女心を少しは思いやってくれますか?」
「これでいいか」
カインは蒼い顔をしたままリースを抱き寄せて背中をぽんぽんした。リースは黙ってカインに抱かれていたが、しばらくして身体をそっと離すと目を閉じて自分の唇をちょんと指で指す。
(う、マジか)
朴念仁のカインであってもリースが求めていることがなんなのかは理解できた。
キョロキョロと周りを見渡してそっと口づけた。
「んうっ」
「んーっ? むーっ!」
軽く触れる程度のキスでごまかそうとしたが、リースは無理やりカインの頭を両手で押さえつけて、ちょっとかわいらしくないレベルの行為を強要した。
カインは肩で呼吸をしながらぜえはあと喘ぐ。
ふと気づくと物欲しげな目でリースが指を咥えていた。
「あの、あるじさま、わたしも」
「ぐぬぬ。わかったよ」
しおらしい雰囲気であったがキスはリースのやり方のほうがえげつなかった。




