103「謎の女」
カインの帰りを待ちわびていたアイリーンたちの目に入ったものは、敬愛する主君に馴れ馴れしくするあからさまに怪しい婦女の姿であった。
「辺土の領地です。なにもございませんがゆるりとお過ごしを」
馬車の降り口からカインが恭しく手を取ってステップに足をかけた人物は淫婦を思わせるような毒々しい黒いドレスを着ておりチラリと見えた脚は白く美しかった。
小柄である。面貌は蝶を模したマスクを着けているので正確な年齢は読めないがアイリーンとそれほど変わらず、まだ十代だろうと推察できた。
――湯治場で知り合った質の悪い女性なのだろうか。
だが、カインは由緒正しいカルリエ家の御曹司である。
そういった場所で戯れに情を通じた女を気に入って連れ帰るとは考えにくい。
万が一、そういうことがあったとしても、供としてつき従ったジェフがいる以上、昼日中で家人の目につく玄関口からは堂々と出入りをさせないくらいの配慮は当然あるはずだ。
と、なるとアイリーンの乏しい経験と世間知では夜の蝶のようないかがわしい恰好をした女性の正体を読み取ることはできなかった。
玄関口で整列したメイドたちが一斉にカインへと頭を下げた。
「うわ……」
だが、当然のようにカインの隣にぴったりとついて歩く女は驚いた様子を隠すこともなく、アイリーンたちをジロジロと物珍しそうに見回していた。
この屋敷は領内から頻繁に客がくるのでアイリーンたちは出迎えなどに慣れてはいるのだが、主人であるカインへ必要以上にべったりする女性はまずもって見たことがなかった。
未だ名も知らぬ女性によい感情を持たないのも仕方がないことであった。
声や表情には出さないがアイリーンの胸からもやもやが消えることはなかった。
「おかえりなさいませ、坊ちゃま」
執事のセバスチャンが珍しく語尾に不信の色を滲ませていた。
「いま帰った。客だ。案内を頼む」
カインの言葉にセバスチャンが即答しないのはアイリーンが知る限りまずなかった。
アイリーンがメイドの身分を弁えず彼女が誰かなど到底は聞くことはできない。
だが、家政を一手に引き受けるセバスチャンであればそれは別である。
期待を込めてジッとカインたちを見守るアイリーンであったがセバスチャンがそれらに応えることはなく、怪しげな女と共に階段を上がって行ってしまった。
「ね、ねねね! なに、あの女、誰なの?」
カインたちの姿が見えなくなるとメイドたちが一斉にきゃあきゃあ騒ぎ出した。
仕方がない流れだ。
アイリーンを含めて彼女たちは自分の領分を侵されたのだから。
「あやしー。怪しすぎるよ」
「見た? なにあの仮面。ほとんど変態じゃない」
「プレイ? そういうプレイなの?」
「趣味わるー」
「きっとカインさま、騙されてるのよ!」
「カインさまを毒牙にかけて、許せないわ!」
「ねえ、アイリーン。あなたなにか聞いてないかしら?」
リンダが長いまつげを瞬かせながら訊ねてくるがアイリーンは首を横に振った。
「そう、でもこれはなにかあるわね」
「リンダ……?」
「カインさまが性格上どこぞの野天で知り合った安い女を連れてくるとは思えないわ。きっと、なにか事情があるはずよ。だか、そんな顔しないで」
「リンダ……」
「なので、こっそり確かめたらアタシに教えてちょうだいな! もし、使えそうだったら前回の失点を挽回できるかもしんないし!」
――わかっても絶対コイツだけには教えない。
そう、固く心に誓うアイリーンだった。




