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邪竜様&レーコvs偽眷属③

「かしこまりました邪竜様。雪辱の機会を与えてくださり、感謝感激にございます」


 わしの叫びと同時に、平原を神速の影が横切った。

 手本は見せた――その一言で、レーコはわしの意図を正確に察してくれた。「後は任せた」という意図を。


「愚かなことです。レーコ嬢では私に敵わないことは先刻承知済みでしょう」


 わしの攻撃から体勢を立て直し、今にも逃げようとする偽眷属は言葉尻に余裕を浮かべている。

 突進してくるレーコに、面倒そうな仕草で手指の爪を振りかぶる。


 レーコと同じ『竜王の大爪』。いいや、ただそれを真似しただけの魔力斬撃だ。

 強弱逆転の能力の元であれば、レーコが放つ『竜王の大爪』を凌ぐ威力を発揮できる。まさに反則技といっていい一撃だ。


「愚かなのは貴様の方だ。たった今、邪竜様が言っただろう。『手本は見せた』とな」


 その反則技を――レーコはゴミでも払うように素手で薙ぎ払った。

 叩き弾かれた斬撃は空の彼方へ吹き飛ばされ、レーコの疾走を一秒たりとも遅らせることはできない。


「な……!?」

「貴様の能力が強弱逆転というなら、絶対的強者である邪竜様の攻撃が通じるはずがない。しかし今、邪竜様は貴様に明らかなダメージを通してみせた。それこそまさに貴様の能力に対する攻略法だ」


 驚愕する偽眷属に、短剣を抜き放ったレーコが斬りかかる。

 応じる偽眷属はその斬撃を白刃で受け止める。しかし、今までと違ってまるで余裕はない。レーコの刃を手に受けながら、まるで歯ぎしりするかのような苦悶の唸りを見せている。


「『つまらん小技を、圧倒的なパワーでねじ伏せて無効化する』。これこそ邪竜様が見せてくれた手本だ」


 ついにレーコが偽眷属の防御を薙ぎ払って短剣を振り抜く。

 斬撃の余波でその身を吹き飛ばされた偽眷属は、もはや逃げることも叶わず平原の地面に叩き付けられた。


「邪竜様! ご覧になってくださいましたか!」

「うんうん。やっぱりお主ならできると思っておったよ」


 そう、この子は「できる」と思えばすべてのことを可能にするのだ。

 だからわしが目の前でその「できる」に自信と根拠を与えてやれば、偽眷属のデタラメ能力だろうと突破できると踏んでいた。


「……どうやらレーコ嬢を少し見くびっていたようですね。まさか私に攻撃を通すとは」


 が、相手もこれで終わるほど容易くはなかった。

 レーコの攻撃は通ったものの、かなり威力を殺されたようで、偽眷属は黒衣を叩きながら立ち上がる。


「何を強がっている。邪竜様から攻略法を見せて貰った以上、もはや貴様に勝ち目はない。今まで私に先輩眷属ぶって説教を垂れてきたことを悔いるがいい。ざまあみろ」

「やっぱり根に持っておったのねお主」

「ええレーコ嬢。あなたは眷属としてやはり大したものです。今までの非礼は撤回いたしましょう。たった今、もしかすると私の力を上回ったかもしれないほどです」


 と、偽眷属は讃えるような拍手を見せた。

 苦し紛れの時間稼ぎか――と思ったが、さらに言葉は続く。


「しかし私も先達としてそう簡単に追い越されるわけにはいきません。であれば、眷属としてさらなる力を求めると致しましょう」


 そう言うと、偽眷属は手指を手刀の構えにして、自決するかのごとく自らの胸に突き立てた。


「な!」


 あまりに予想外の行動にわしは目を剥く。

 レーコは眉をひそめて唇を曲げる。


「愚か者め。勝ち目がないと見て自害したか……」

「いえいえ。私もレーヴェンディア様の眷属。そのような無駄な真似はいたしませんよ」


 胸部から魔力を帯びた赤黒い血を流し、偽眷属は血に染まった手をわしに向けてかざす。


「さあレーヴェンディア様。この死の際におきまして、私のこの血を貴方様に捧げましょう。引き換えにさらなる力を分け与えくだされば幸いと思います」


 何を言っているのか。

 わしとレーコは揃って首を傾げる。


「戯言を抜かすな。貴様が勝手に血を流そうと、邪竜様が力を分け与えるはずがないだろう。邪竜様が力を分け与えるのは、私のように忠誠に満ちた生贄が魂を捧げたときだけだ」

「そ、そうじゃよ。そんな風に自分を傷つけても何も……」


 そのとき、傍らのレーコがいきなり吹き飛ばされた。

 偽眷属が血塗れの手を振り払っただけで、竜巻をもしのぐ強大な風圧が生じたのだ。


「……貴様」


 吹き飛ばされた上空で黒翼を広げて突風を打ち消したレーコが、怒気を滲ませて偽眷属を睨む。


「ああ、感謝しますよレーヴェンディア様。私の献身に応えてさらなる力をくださったのですね」


 重ねて言うがわしにそんな力はない。

 しかし現にパワーアップした偽眷属を前に、わしはしばし当惑する。いったいどういうことか。

 まさかわしには本当に他人に魔力を与える能力が――?


「三流の芝居はやめろ。貴様の能力は『強弱の逆転』だったな。なら、単に貴様が弱れば弱るほど力関係が優位になるということだろう」

「あっそうか」


 地に舞い降りてきたレーコの指摘で納得した。不可解な錯乱と見えたが、ある意味では自身の強化といえる行動だったのだ。


「――貴方がそう判断なさるなら、もはや敢えて否は唱えません」


 静かにそう呟きながら、偽眷属が手指の爪を大きく振り上げる。レーコも応じるように短剣を構える。


「レーコ嬢。同じ眷属としてあなたの成長は嬉しい限りですが、私もまだここで散るわけにはいきませんので」


 偽眷属の言葉を合図に、両者の斬撃が振り抜かれた。

 もはや斬撃というよりも砲撃である。互いの全魔力が轟音とともに放出され、地鳴りと衝撃を撒き散らす。


 衝突。


 攻撃のぶつかり合う音は、まさしく邪竜が喰らい合うような慟哭の響き。そして明らかな優勢を見せたのは――偽眷属の放った斬撃だった。

 今しがたのレーコの急成長を凌ぐほどの底力。やはり魔王軍幹部として侮れない相手である。


 しかし。


「やれるの。レーコ」

「もちろんです」


 もはやわしらに焦りはない。

 偽眷属の力が凄まじいことはよく分かった。だが、それを承知の上でわしは心の底から断言できる。レーコの方がずっとずっと、デタラメで凄くてとんでもない――と。


 と、ここでレーコがわしの方にちょっとだけ視線を向けてくる。


「しかし邪竜様。相手もさすがに魔王軍幹部です。私の独力だけで倒せるかどうか、100%とは言い難いところがあります。ですのでここは、私にさらなる力を分け与えてくださるという手もあるかと思うのですが」


 チラッチラッ、と。わしの様子を窺うような態度である。

 たぶん、さっきの偽眷属の言葉に影響されて、眷属パワーの上乗せを希望し始めたのだ。


 わしは苦笑した。もはや野となれ山となれの精神である。


「そうじゃのレーコ。お主も成長したことだし、それもいいかもしれんの」

「本当ですか邪竜様。どのくらい追加してくださるのですか。今までの一億倍くらいですか?」

「さすがにそれは多すぎるから……とりあえず二倍でどう?」


 わしが「二倍」と言った瞬間、魔力の撃ち合いに変化が生じた。

 今まで押され気味だったレーコの魔力砲が、いきなり膨れ上がって偽眷属の攻撃を押し込み始めたのだ。


「ふふ……これで私の眷属力は今までの二倍ということですね。まるで身体に羽が生えたかのように軽いです。なんと新鮮な感覚でしょう」

「お主ってしょっちゅう羽生やしてるよね」


 が、またここで戦況に変化があった。

 ごく数秒の間で、再び偽眷属の攻撃がレーコの攻撃を呑み込み始めたのだ。


「あまり舐めないでいただきたいものです。レーヴェンディア様から力を頂いているのは、私とて同じこと……!」

「邪竜様。奴は想像以上にしぶといようです。追加を」

「じゃあちょっと多めに五倍」


 レーコの放つ魔力砲が、天まで届かんばかりの光の大波となった。

 しかし偽眷属はその能力で強弱を歪め、再び状況を逆転しようとしてくる。


 だからわしは連呼する。


「十倍。十一倍。十二倍。十三倍。ええい、二十倍まで奮発しちゃおうかの」

「さすがは邪竜様。最高の気前でございます」


 このときレーコの魔力砲はもう何が何だか分からない次元に到達していた。


「これしき、で、私が……」

「さあ邪竜様! 最後の一声を! できれば桁数を増やしてキリのよい数字で!」


 リクエストに応えてわしはびしっと前脚を振り上げる。


「百倍!」



 圧倒的な光の奔流が、反撃の暇すら与えずに偽眷属を呑み込んだ。

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