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困ったときは友の手を


 長閑なはずの草原の景色が高速で流れ去っていく。

 わしの悲鳴と涙を軌跡として残していきながら、ボールはどこまでも進んでいく。


 普通なら即座に転落しているはずである。


 しかし今は、謎の力によってわしの身が支えられている。

 もはやボールに足を着いていることも不可能な速度だから、わしの身はボールの上でごく僅かに浮遊している状態である。


 背後を振り返ればレーコも神獣たちを引き連れて後を追ってきている。だが、速度はこちらの方が圧倒的に速い。なんだか無駄に高等な技のようだったが、この速さはそのせいか。


「いかん! とにかく止めんと……!」


 おそらくこのボールにかかっている魔法は「影なる双翼」と同じく、補助魔法という認識のはずである。すなわち、わしが触っても魔力は無効化されない。

 ならば止めるにはボールを壊すしかない。


 わしは狩神様の黒爪を起動させた。そしてボールに向かって伸ばしてみるが――


「……あっ」


 触れた瞬間に爪が弾かれて御終いだった。傷の一つも付けられない。

 わしはもう一度背後のレーコを振り向いて、声を落として黒爪に語り掛ける。


「のう、狩神様? 聞こえておるかの? 今わし絶対絶命のピンチじゃから助けてくれんかの?」


 この爪を通じて狩神様はわしを見守っているらしい。

 そして万が一のときは、ほんの少しだけ手助けしてくれることもある。攻撃力が致命的に足りないわしにとっては、今こそ何よりその助けが欲しい場面である。


 と、わしの声に応じるかのように、微かに黒爪から声が響いた。


『無………遠スギ……。頑張………………』


 断片的ながらも、何が言いたいか一瞬で伝わってしまうのが悲しい。


「そこを何とか! ほれ、お主って根性で何とかする主義じゃない!? 今回もその根性でこの場をなんとかね!」

『オマエガ……自分デ……根性』

「あ、ごめんの。ちょっと声の状況が悪くてわし聞き取れないかも」

『タワケ。ゴマカスナ』


 ちょっと声が明瞭になってきたのは狩神様なりの根性が発揮されたからかもしれない。


「とにかくお願いします狩神様! ほんの一回だけ攻撃してくれるだけでいいんです!」

『無理ナモノハ無理。ダケド……チョット待テ……コッチニ、アテが……』

「狩神様!? 狩神様!?」


 ぶつり、と。

 だんだんと先細りになってから狩神様の声は途絶えてしまった。


 わしの肝が絶望に凍り付く。


 そうこうしている間に、首都の城壁は遠目にみるみる近づいてくる。かなりの速度で飛行して逃げてきたはずだが、こんな短時間で舞い戻って来ようとは。


 そしてやっぱり、城壁の前には教会所属らしい魔導士たちがびっしりと陣形を組んでいた。

 このままボールの転がるままのコースでいけば、彼らを正面から突破して首都に入城する形となる。


 どう考えてもハチの巣である。


「うう、せめて玉に乗る前にもっとたくさん草を食べておくんじゃった……まさかこんな意味不明なことになってしまうなんて……」


 五千年の生涯の最後が「猛スピードの玉乗りから降りられなくなって死亡」とは予想もしていなかった。

 少し前までのわしがこの死因を聞いたら「冗談きついのう。いったいどんな珍事が起きたらそんな死に方をするんじゃな」と笑ったことだろう。こんな珍事である。


「――標的を確認!」


 首都を守る魔導士たちもわしに気付き、一斉にその武器を構える。だが、攻撃はしてこない。様子見か何かかと訝っていると、指揮官らしき男性が大音声で叫んだ。


「邪竜レーヴェンディア! 貴様、我らが巫女を人質に攫ったな!? 何が目的だ!」


 案の定、そういう話になっていた。

 心では悲嘆にくれるわしだが、冷静に考えれば今はある意味でチャンスといえるかもしれない。リアの安否が分かるまで、向こうもわしに対して軽々に攻撃は仕掛けてくるまい。


「ええとね、誤解じゃよ。わしは攫ってなんかおらんし、リアは穏便にこっちに向かって来とるから――」

「嘘をつけ! なら首都に対する侵攻を今すぐ止めろ! なんだその足元の新手の兵器らしきものは!」


 正論過ぎてぐうの音も出ない。

 陣形に向かって超高速に突っ込んでくる相手など、どう考えても敵対相手でしかない。兵器じゃなくて玉乗りなんですと主張しても誰も信じまい。


「どうやら交渉の余地はないようだな! 仕方あるまい――我らの力を見せてくれよう!」

「待って待って待って! 交渉の余地しかないから! わしは交渉一筋じゃから!」


 もちろん聞いてくれるわけもない。魔導士たちの武器がわしに向けられ、その先端に魔力が灯りかけたとき、


 唐突にわしの進行方向が逸れた。

 首都に向かって一直線だった軌道が、小さい円を描きながら同じ場所をぐるぐると周回し始める。


 いったい何が起きたのかと思って足元を見ると、わしの黒爪に変化があった。

 黒爪から一筋の光の糸が伸びている。どこか見覚えのあるその糸は、ボールを『操って』軌道を強引に逸らしていた。


 ――操って。


『ねえレーヴェンディア……困ってるんだ……? アタシの助けが必要なんだ……?』


 そして爪から響いてきたこの声を聞いて、わしは糸の持ち主が誰だったか明瞭に思い出した。

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