30.小動物系令嬢は、ほら……やっぱり怖かったようです
朝になりました。
私はお母さん監修、ミリアムさんの着付けで、なんだかものものしい格好になっています。
……あのー、スレイア様を見てくださいよー。皮製の胸当て脛当てと小手くらいじゃないですかー。
「お母さん……重いです」
年季の入った子供用フルプレートメイルを着て動けなくなってる私をみかねて、スレイア様が着替えさせてくれました。
あんなもん着込んで動ける子供さんなんて、古今東西お母さんくらいだったと思います。出かける前からもう疲れました。行き先をスーパー温泉に変更していいですよね? だめですかそうですか。
今朝の騒動はともあれ、私達はそれなりの装備を身に付けて、ダンジョン前に集合しました。
「おはようございます。今日は楽しく冒険しましょうね」
「おはようございます。精一杯頑張ります」
まずはご挨拶です。機嫌を損ねて、魔物の群れの中に蹴り入れ殺されたらいけませんからねー。
「おはようございます。今日はとても凛々しいですね」
「……おはよう」
ルイスさんがパートナーのスレイア様に、爽やかなご挨拶を返していると、私のパートナーのクリスさんはむすっとし始めました。
ちょっとー!? ルイスさん、なんてことしてくれやがりますかー!? ……ご挨拶ですよね、ご挨拶。風が吹けば桶屋が儲かる的な展開があるから、人付き合いは凄く怖いのです。勘弁してください。
「今日の勝負はパーティー対抗だ。今9時だから、午後3時までの6時間狩りをして、その魔石の総量で勝負を決める。いいね?」
ルイスさんがルールを説明してくれました。クリスさんはなんとも対抗心を燃やして、ルイスさんを見ています。
うーん、私の方でなんとかしないと、命が危ない気がします。
「時間が惜しい。さっさと行くぞ!」
あー! 私はクリスさんに右手をむんずと掴まれて、ダンジョンに突入することになりました。
もうどーにでもなーれー!
◇
「あら、これを私に?」
ダンジョンに入る前に、ルイス君から髪飾りをいただきました。ほほう、髪が邪魔になりそうだからとバレッタを用意してくださるとは、なかなかの切れ者ですね。私が目を付けただけはあります。
「今日の目的の為には、スレイアちゃんにもちょっと頑張って欲しくてね」
おや、お仕事ですか? 私は高いですよ?
「エリーちゃんの誕生日プレゼントとして、今日の稼ぎでプレゼントでも贈ろうと思ってね。良ければ共同購入したいんだよ」
「あら、エリー様へのプレゼントなら、全面協力いたしますわ」
ふむ、これが根回しの技ですか。大変勉強になりますね。私も早く身に付けたいものです。
「では、勝負が終わってから、ウチの主人もプレゼント企画に参加するよう、説得にご協力をお願いします」
「了解ですわ」
クリス君はちょっと頑固さんですからね。ルイス君からの提案はプライドが邪魔して受け入れにくいかもしれません。
逆に部外者の私が「エリー様にプレゼントしたいから協力をお願いします」と言う流れだと、騎士道精神溢れるクリス君なら了承いただけることでしょう。
うむむむむ、流石はルイス君。将来は名従者に成ることでしょう。私も見習わないといけませんね。
作戦会議を終え、私達はエリー様のパーティーを追ってダンジョンに突入しました。
いっぱい稼いで、エリー様の記念になるような誕生日プレゼントをご用意しないといけませんから、今日は本気で行きますよー!!
◇
無事にスレイアちゃんの説得が成功して、ほっとしました。僕がプレゼントとか言うと、「お嬢様を狙う不届き者!」と、従者ちゃんから引っ叩かれることがしばしばあるからね。
それはともかく、今は魔石稼ぎですね。
ダンジョンは大地の魔力の流れが滞った場所で、澱んだ魔力溜まりから魔物のコアである魔石が作られて、それを元に魔物が発生します。つまり、ダンジョンの奥に行くほど魔物が出てきて魔石が稼げるということです。
「クリス達は最下層目指して一直線かな? エリーちゃんに無理させてなきゃいいけど」
僕はヒュージスパイダーの腹に剣を突き立てながら、スレイアちゃんに尋ねた。
「エリー様なら、ここら辺の魔物なら簡単に捌けますわ。私が前に来た時より弱くなってますし」
僕は「いやそれ、スレイアちゃんが強くなったんじゃ」という言葉を飲み込んで、会話を続ける。
「エリーちゃんって、結構強かったりする?」
「私の魔術の先生ですよ。弱いわけがありませんわ」
うーん、目の前でパリパリの焼きジャイアントアントを作ったスレイアちゃんより強いんですか……。それじゃ安心して狩りに専念できますかね。いやむしろ負けない様に必死になるしかないんじゃない?
「このままでは負けてしまいますね。ペースを上げて行きますか!」
「はい!」
僕達は、魔物の死体から魔石を取り出すと、最下層に向かって全力前進を始めた。
◇
「ばっきゃろー! こっち来んなって言ったろうが!」
明日5歳になるという子爵令嬢は、ぶえぶえ泣きながら僕の側に立ち、ダガーを構えた。
「なんなんだ、これは……?」
いつも稼ぎ場にしている最下層の部屋に入った途端、抵抗感のあるシャボン玉に突っ込んだみたいに何かが弾け、その泡沫から魔物の群れが大量発生してきたのだ。
「モンスターハウス……?」
馬鹿な! モンスターハウスってのは、よほど濃い魔力溜まりが無ければ発生しない現象だ。こんな浅いダンジョンで起こるとは考えられない。
しかし、この現実は子爵令嬢の言う通り、モンスターハウスとしか言えない状態になっている。
「やー!」
エリーちゃんだっけか。泣きながらジャイアントアントの首を落とすなんざ、なかなかやるもんだ。年下の女の子に負けちゃいられないな。
「おう、相棒! 終わったらこの魔石を売って、いいもん買ってやるからな。頑張れよ!!」
「そんなもんいいから、助けてくださーい!」
泣き言を言いながらも、近付けば真っ二つ、遠ければ魔法でこんがりと、大殺戮の大活躍じゃないか。
僕はワスプやヒュージスパイダーを剣で潰しながら、部屋の出入り口目指してゆっくりと道を拓いていく。
もうすぐ……もう少しで身を隠しながら討伐できる位置に……。
「がっっっ! うがああぁぁぁああ!!」
「クリスさん!? 刺されました!?」
しまった。ワスプの毒針って、複数飛んで来ると捌き切れないや……。
スズメバチ型の魔物であるワスプは、魔力でできた毒針を撃ち出して攻撃して来るとは知っているが、複数から同時に襲われたのは初めてだ。
未熟の結果である右腕は腫れあがり、激痛の疼きが疾る。
「気にするな! それよりも次が来るぞ!」
「でも……え、あー!?」
超濃密度魔力溜まりであるモンスターハウスでは、ほんの少しの刺激でも魔力の凝結が起こり、魔石及び魔物が発生するようだ。その影響かは解らないが、通常なら魔石を取り出すまで魔力に分解されないはずの魔物の体が魔石を残して分解され、次の魔物生成に利用されているようだった。
ついさっき倒したばかりの魔物が消えて、魔石が地面に落ちたということは……。
「ほら、ぼさっとしてんな! ファイアストームぶちかませー!!」
「は、はいぃぃい!!」
涙目のエリーちゃんがダガーを真横に一閃させると、炎がジャイアントアントの群れを薙ぎ払った。
予想通り、魔物の死体消失を目印に、魔物の出現を予測できる! ならば今ローストした魔物が消えるまで、時間に余裕はあるはず。
「馬鹿! お前何やってんだ!?」
エリーちゃんが僕の右腕に触れると、白い光が広がり、痛みがすーっと消えていく。解毒の魔法か?
いや、そんなのはどうでもいい。さっきまでドヤ顔で治療してくれた少女は、ついさっき再出現したヒュージスパイダーの糸に絡め取られて、ぶえぶえ泣いているのだ。
ヤバい。まだ右腕は若干のしびれが残っており、剣のとっさの振り上げができない!
僕は剣を体側に固定し、捨て身覚悟で蜘蛛の群れに飛び込もうとしたそのとき、高速で飛来したガントレットがエリーちゃんを捕縛しているヒュージスパイダーの腹を破り、派手に内臓をぶちまいた。
……あれは、ガントレットを風魔法で高速発射するルイスの必殺技、『手甲弾』!!
「エリーちゃん、君を……」
「助けに来ましたわー!」
うわー、すげーわー。これすげーわー。いや、ルイスの技も凄かったけどさー。何これ?
エリーちゃんの両脇のヒュージスパイダーに向けて、スレイアちゃんがダガーを二閃させると、炎の壁が虫の群れを押し潰し、再出現した魔物も焼き尽くしていく。君は宮廷魔術師? どう考えても、【火魔術】レベルが4から5くらいはあるよね?
「この手でエリー様をお守りできて、光栄ですわ」
あいつは僕より強い。間違いない。あの笑顔で癒し殺されようと、調子に乗ってはいけない。
僕達はスレイアちゃんの指示に従って、部屋中に散らばった魔石を集め始めた。指揮官は間違いなく彼女で決定である。
ルイスが巨大な袋を持った使用人を連れて戻って来た時には、もうみんなへとへとだった。
「ぶええええ、ぶえええええ!」
……訂正しよう。エリーちゃんだけは、ヒュージスパイダーの体液でべとべとだった。
完全に腐ってた。着替えが来るのが遅すぎたんだ……。




