「その場所を守るということ」
風が強かった。落ち葉が歩道に渦を巻いて、時折コンビニの前まで転がり込んでくる。十月下旬。山の木々が少しずつ色づき始めている。
「うー風つよ!」
茶髪の瀬戸涼が、駐車場から駆け込んでくる。
「こんな風の強い日に駐車場の掃除なんて、意味あるんですかね?小崎さん!」
「しっかり掃除しないと、この時期は普通のゴミだけで無くて、木の葉もおおいんだから意味は大ありだよ涼くん」
「小崎さん…ベテラン感すごいっすね……そういえば、ここのバイト5年ですよね?」
「そうだよ」
「小崎さんすげーっす!」
そのやりとりを聞きながら、遠州灘子が商品を乗せたカートをカラカラ押して出てきた。
「元気だねぇ。うちの中坊なんて、声すら出さないわよ」
「おはようございます、灘子さん」
「はいはい、おはよう。あら、今日オーナー来てたんじゃない?」
「あ、いたよ。奥に。朝から書類たくさん持ち込んで」
「ふぅん……さてはまた何か始める気じゃないの〜?」
——そして昼すぎ。
小崎が冷凍便の受け取りを終え、バックヤードで書類を整理していた時だった。
「小崎くん、ちょっといい?」
柳田オーナーが、珍しく真面目な顔をして声をかけてきた。
「……何かありましたか?」
「いや、実はね……2号店を出すことに決めたんだよ」
小崎の手が止まる。
「2号店、ですか……」
「来月、近くの再開発ビルに新しいテナント枠があって、ずっと迷ってたんだけど、思いきってな。問題はこっちの店なんだよ。俺、しばらく2号店の立ち上げ中心で動くからさ」
柳田は、小さく深呼吸をしてから続けた。
「……この店、小崎くんに任せたいんだ。店長として」
静まり返るバックヤード。
「……店長、ですか」
「うん。もうね、小崎くんしかいないって思ってる。俺がいないと回らないような店じゃダメなんだよ。小崎くんになら、任せられる」
小崎は、ただ黙ってその言葉を受け止めていた。
——夕方、冷たい風が吹き込む店内。
レジに立ちながら、小崎はふと悩んでいた。
(店長、か……)
正直、不安はある。今の自分に、スタッフ全員をまとめる力があるのか。灘子さんに頼り切っている昼のシフト、空回り気味な瀬戸、バイトリーダーとしては頼られているかもしれないが、責任者となると話は別だ。
(だけど……)
この店で、長く勤めて、笑って、怒って、泣いて……自分が戻ってくる場所として、ずっと支えてきた自負はある。
そのとき。
「こんにちはー」
入ってきたのは、佐倉エリアマネージャーだった。
「小崎さん、お久しぶりです。……柳田さんから聞きましたよ」
佐倉は小崎に近づき耳打ちをする。
「……ああ、やっぱり聞いてましたか」
「ええ。悩んでるかなと思って、つい寄っちゃいました」
佐倉は笑って、イートインの席に腰を下ろした。
「……昔、あるオーナーが言ってました。いい店ってのは、レジの前でその人の顔が浮かぶ店だって。小崎さんの顔って、浮かびますよ。ここで働いてる人、みんな、そう思ってるんじゃないですか?」
「……でも、自信はないです。俺、全然完璧じゃないし」
「完璧な人なんていませんよ。でも、ちゃんと悩める人が上に立つと、下の人は安心できるんです。僕はそう信じてます」
佐倉の言葉は、穏やかで、でも芯があった。
——その夜、夜勤スタッフとの交代後、小崎は少しだけ店内を見回した。
この場所で、たくさんの人と出会った。
オーナーとの馬鹿なやり取り、瀬戸のドジ、灘子さんの説教、遥の笑顔、そして——梨子との、あの時間。
決意は、まだ固まりきっていない。
だけど、背中を押された気がした。
——頑張れ、小崎くん。
迷うのは、真剣だから。悩むのは、その場所を愛してるから。だったら大丈夫。君はきっと、答えを出せる。




