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「もう一つの恋心」

十月の午前、空気がすっかり乾いて、遠くの山の輪郭がくっきり見えるようになってきた。

店の前の街路樹はまだ青々としているが、小崎が駐車場を掃除した際の空はとても高かった。すでに近くの小学校から元気な声が聞こえていた。


「今日は運動会なんですって」


工藤遥が言った。店の前は小走りで走るお父さんや、応援グッズを抱えた祖父母らしき人たちが歩いて行く。そんな姿を見ていると、小崎の心にも、遠い日の記憶が浮かんでくる。


「…徒競走、いつもビリだったな」


「え、小崎さんが? 信じられない!」


「走るのが遅いのは今も昔も変わらないよ」


遥はくすっと笑った。「でも、今はお仕事は何でも早いじゃないですか」


「いや、それ褒めてるのかどうか…」


運動会が終わり数時間経った夕方、客足が少し落ち着いた頃、ドアのベルが鳴る。


「あ、こんにちは!」


遥が声を上げる。小崎が振り向くと、入ってきたのは常連客の一人、小学校の先生・今港透子だった。運動会帰りらしく、ジャージ姿で日焼けした頬をほんのり赤くしている。


「今日もおつかれさまでした。大変だったでしょう?」


「はい、もうクタクタで…でも楽しかったです。」


今港先生はアイスティーを購入し、イートインに向かう。ちょっと間を置いたあと、小崎が試食用のスイーツを持って声をかける。


「これ、良かったらどうぞ」


「良いんですか?」


「はい、メーカーから頂いた試食品なので…パッケージのQRコードからアンケートだけ宜しくお願いします。」


「小崎さんって、優しくして欲しいとき分かるんですね」


小さな声でそう呟く今港。


「え?」


「いいえ…何でもありません…」


そして少しの沈黙、小崎は今港がなにかを話したがって居ることを察してその場で待つ。

そして今港は、意を決したように話し出す。


「……小崎さんって、好きな方いらっしゃるんですか?」


急な問いに、小崎は手にしていたサインペンを落としそうになる。


「え、えっと……それは、ええと……」


「いや、急にすみません!なんか、今日の運動会見てたら、いろいろ考えちゃって……」


今港先生は、耳まで赤くしながら、言い訳のように笑った。


「いやあ……その……お恥ずかしながら、交際中の女性がいるんですよ」


「あ、そうなんですね! すみません、変なこと聞いて」


「いえ、いえ。こちらこそ、なんかすみません」


ぎこちない会話のまま、今港先生は慌てて店を出て行ってしまった。


しばらく沈黙。微妙な空気のまま、小崎がレジに戻る――


「ね。女の勘、当たってたでしょ」


遥がぽつりと言った。


「え?」


「だって、あの先生、ずっと小崎さんのこと見てたもん。レジ打ってる時も、商品を並べてる時も」


小崎は顔をしかめ、肩をすくめた。


「いやいやいや、そんなことは……ない……と、思うけど……」


「ふーん?」


遥がにやりと笑って掃除道具を持って奥へ下がっていく。


ぽつんと残された小崎。


(でも……)


ふと脳裏に浮かんだのは、ベージュのコートに白いスニーカー、そして手にはお気に入りの和風スイーツを持って現れる――あの人の姿。


(……今、俺が本当に好きなのは……いや……)


「……愛してるんだよな」


その言葉は、小さく声になった。誰にも聞かれていないことを確認してから、小崎は棚の奥にある「夜のお客さま用」のスイーツをチェックする。


梨子がまた夜中に来るかもしれない。


——頑張れ、小崎くん。

誰かの恋が終わってしまったとしても、君は嘘をつかずに真摯に答えたんだ。君は君の愛する人のために真摯であるべきなんだ。

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