「小崎くん、今日はついてない日」
九月も後半に入り、夏の名残を引きずりながらも、朝晩には秋の風が混じり始めた。そんな昼下がり、小崎正則はコンビニのバックヤードで、ジャージ姿のまま床に座り込んでいた。
「小崎くん、もうそれ三本目じゃない?」
声をかけてきたのは遠州灘子。パート歴最長を誇る主婦で、このコンビニでは小崎の先輩でもある。レジ奥から彼を見下ろすその表情には、ちょっとだけ呆れが混じっていた。
「はい……。コーラ、全部かぶりました……」
絆創膏の貼られた小崎の指が、濡れたシャツの襟を引っ張る。今日は本当に運がない日だった。朝から商品のバーコードを誤ってスキャンして客に注意され、荷物を運んでいたら足を滑らせてひざを打ち、極めつけは、年配の男性客がレジを終えた直後に派手に転倒。その手にあったコーラのペットボトルが見事に破裂し、小崎の頭から全身へと降り注いだのだった。
「俺、今日なんかダメですね……」
「確かに、ツイてないって感じね」
オーナーの柳田も苦笑いを浮かべながら、床の掃除用具を渡してきた。
「でも、そんな日もあるよ。灘子さんもあるでしょ、そういう日」
「あるわよー。でもね、そういうときは流れを変えるのが一番」
「流れ……」
午後のピークを何とか乗り切った小崎は、ようやく落ち着いてきた頃に涼がお店に合流した。きょうは遙が休みの日なので、涼が昼過ぎからのシフトだった。
「なんですその格好。ジャージに絆創膏って、どこの部活帰りですか!?」
「……コンビニ部です」
「うわ、ツッコミたくなるけどいいや。って、あっぶな!油飛んできた!」
涼がホットスナックのフライヤーを覗いた瞬間、油がはねた。それがまさか、小崎の目元にクリーンヒット。
「ぐわっ!目がぁぁ!目がぁぁぁぁ!!」
「大丈夫かよ小崎さん!水水、水で洗って!」
そんな大騒ぎをしていると、入り口のチャイムが鳴った。
「こんにちはー」
やってきたのは柳田オーナーの妻、綾華とその息子・新太郎。幼稚園帰りらしく、リュックを背負ったままの新太郎は「また来たぞー!」と元気いっぱいに店内を駆け回る。
「ちょっと新太郎、店内は走らないの!」
綾華が新太郎を止めつつ、小崎の姿を見て「あら」と声を上げた。
「小崎さん……なんか今日は大変そうね」
「ええ、ちょっとツイてないみたいで……」
綾華はじっと小崎を見つめた後、何かに気づいたようにぽん、と彼の背中を二度叩いた。
「パン! パン!」
「え? なんですか、今の……」
「ちょっとだけね…気にしないで」
「へ?」
オーナーの柳田がその様子を見て、笑いながら言った。
「うちの奥さん、ちょっといろいろ見えるんだよ」
奥さんは軽くウィンクしてから小崎に言った。
「小崎さん、優しすぎるのも考えものよ。時には背負いすぎないこと」
その言葉の意味はよく分からなかったが、不思議と心が軽くなった気がした。
その日の小崎は、それ以降、目立ったミスもなく、テキパキと仕事をこなしていった。
「小崎さん、なんか今日の後半、キレッキレでしたね」と、涼に言われて、照れ臭そうに笑う。
あの時の奥さんの「パンパン!」という手のひらの感触が、今も背中に残っている気がした。
あれは何だったんだろう。厄払い? それとも……儀式?
——頑張れ、小崎くん。
たとえツイてない日でも、誰かがそっと背中を叩いてくれるなら、大丈夫。君はきっと、また立て直せるんだ。




