「帰ってきた友人」
九月も半ば。夜になると虫の声が目立つようになり、店の前にたまる空気も、どこか乾いてきた。けれど、日中の気温はまだ高く、アイスの棚は依然として賑わっていた。
そんなある深夜。ワンオペ中の小崎が店内の床をモップで磨いていると、背後でドアベルが鳴った。
「いらっしゃ…」
振り向いて、その姿に目を見張った。
「……え?吉田?」
「よう、小崎。元気そうだな!」
店に入ってきたのは、小崎の中学時代の友人・吉田健吾だった。数年前に東京のテレビ制作会社に就職し、朝の情報番組のアシスタントディレクターとして働いているという。こんな時間に、しかも地元のコンビニに来るとは思っていなかった。
「帰ってきてたのかよ。連絡くらいくれたって…」
「実家に二日だけ。さっき着いて、なんか無性にここのコンビニが恋しくなってさ」
吉田はカゴにおにぎりとエナジードリンクを放り込みながら、ふっと苦笑いを浮かべた。
「……っていうか、今、オレちょっと壊れかけてる…多分。」
「え?」
「番組の構成案出しても却下ばっかりでさ。ロケも炎天下の中で一日中。上は怒鳴るし下は辞めるし、正直…全部ぶん投げて帰ってきたくなる」
吐き出すように言うその口調には、かつての明るい吉田らしさはなかった。
「……そっか」
小崎はレジにおにぎりを通しながら、少しだけ考えてから言った。
「じゃあ、うちでバイトでもやるかい?今なら遅番空いてるよ」
「ははっ、それは無理だ。だってオレ、レジ触ったら確実にパニくる自信あるもん。あと賞味期限の確認とか、人生で一度もしたことない」
「じゃあ、頑張るしかないな」
「…ああ。」
吉田は苦笑しながらエナジードリンクの缶を見つめ、開けた。
「でも、話せてよかった。愚痴って悪かったな」
「今の時間、こっちは暇だしな。愚痴聞くのもワンオペ業務の一環だよ」
「ありがとう。マジで、助かった」
吉田はそう言って、ドアを開けて去っていった。去り際、夜風に吹かれて背中が少し軽くなったように見えた。
数日後、小崎のスマホに一通のメッセージが届いた。送信者は吉田だった。
《この前はサンキュー!今週のロケ、地獄だったけど、なんか前より笑えるようになった気がする。あと、これ。》
メッセージの下には、スタッフルームのような場所で、吉田が同僚たちとピースサインで笑っている写真が添付されていた。
画面の向こうの吉田は、やっぱり、あの頃の吉田だった。
――頑張れ、小崎くん。友達の背中を押す夜も、きっと意味がある。




