14話、討伐隊(5)
(ラーナの鞄を持ち上げるのは無理、でも日記の一つぐらいなら)
ズルズルと日記を鞄から引っ張り出すと、飛んでいるときに邪魔にならないように、リリは日記と自分とを紐で結んだ。
本は立てた状態にして、自分には肩と腰の2箇所を通すように。
一度飛び上がり、一度持ち上げてみる。
「っん!」
(イタタタタッ紐が食い込んで痛ったーい、でも我慢すればなんとか持ち上がりそう)
持ち上がることを確認したリリは、隙間から外の雛を改めて確認する。
そこには丸くなったまま動かない雛鳥がいた、恐らくは満腹で眠っているのだろう。
(これは絶好のチャンスだわ、今のうちに逃げなきゃ)
リリはそのまま馬車を後にし、道とは呼べないような横道に抜けていった。
雛鳥はまだ眠りについたままだ。
それからどれぐらいの時を飛び続けたのだろうか、馬車を飛び出した頃と比べるとフラフラと上下左右に揺れながら飛んでいた。
(あれから追っかけてきてない、もう逃げきれた?)
リリは少し胸を撫でおろしたが、直ぐに気を持ち直す。
それは思っていたよりも進んでいない可能性があるからだ。
紐の食い込む痛み、いつ追いつかれるかわからない恐怖で、時間の感覚が当てにならない。
「ハァ……ハァ……」
ただでさえ普段は持たない重いものを持っている。
だからこそ、常に魔力を全力で出して飛んでいたリリには、もう魔力と体力、どちらが先に限界が来てもおかしくない状況だった。
その時。
「リリー!!」
(……ラーナの、声がした気がする)
フラフラと飛ぶリリには、もう目の前の地面しか見えていなかった。
「リリー!!」
(やっぱり、聞こえる)
リリの身体が急に軽くなり、締め付けていた紐の痛みも感じなくなった。
「大丈夫だった? 怪我してない?」
ラーナがリリを掬い上げ、心配そうな顔で聞く。
その声と手のひらの温かさに、リリは安堵から涙が零れそうになった。
しかし必死に抑え、答えた。
「えぇ大丈夫だったわ」
「本当に? ムリしてない?」
「怪我もないし大丈夫、ちょっとだけ体が痛いけど……」
ラーナはリリの身体から紐を外し、静かに聞いた。
「日記、わざわざ持ってきてくれたの?」
「だって、ラーナの大切な日記じゃない!」
「……ありがとう、リリ」
今度はラーナが涙をこらえている。
「当たり前のことをしただけよ、それよりも早く逃げないと」
「もしかしてロック鳥が近くにいるの?」
「ロック鳥? あぁあのでっかい鳥ね」
「来てますの?」
ラーナから少し遅れて駆け付けたクラウディアが、声をかける。
後ろにはイヴァ、アン、クリスタも来ていた。
(まさかクラウディアが来るとは思わなかった、そんなに仲良くなったっけ? でも)
「クラウディア……ありがとう」
「貴女のために来たわけじゃ無いんですからね」
(っお! ツンデレお嬢様、テンプレじゃない!)
疲労困憊だったリリだが、思わずクスクスと笑みが零れる。
「っな、何を笑っているのですの?」
「リリはいつもわからんところで笑うのぉ」
イヴァが不思議そうにそう言うと
「リリだからしょうがないよ」
ラーナは少しだけ呆れたように続けた。
「いやっ、なんでもないわ、フフッ……ロック鳥なら雛鳥の餌を取りに行っているわ、今なら見つからないと思うわよ? サンドワーム捕まえに行ったみたいだし」
(っあ、モンスターの声が聞こえたことは言わないほうが良かったかも)
リリは口に出してから少しだけ後悔した。
しかしラーナ達は気づいてはいないようなので、リリはホッと心を撫で下ろした。
「それは残念ですわね、ロック鳥を討伐すればいい箔がつくと思ってましたのに」
「わたしは、会わないほうがいいと思うんだけど、クラウディアは無謀ね」
「なに無礼なことを言ってますの? それと、ナチュラルに呼び捨てにしないでもらえます?」
「近くで見たことが無いから、そんなことが言えるのよ!」
リリとクラウディアが言い争い、それをアンが止めた。
「まぁまぁ二人とも落ち着きな」
「「だって!!」」
二人はヒートアップしたまま振り向き反論しようとするが、アンに一蹴された。
「だってじゃない、ここは危険なんだ! リリ嬢ちゃんも疲れ切っているようだし、お互いにその辺にしときな!」
「「はい」」
二人が黙ると少し空気が張り詰めた、危険なところにいると思い出したからだ。
「ところでさ、アン重たくないの? 流石にその格好で登るのは大変じゃなーい?」
重い空気に耐えられなくなったリリが、アンのフルメイル姿をからかう。
「助けに来てもらっといてひどい言いぐさだな」
「だってぇ、見るからに重そうじゃーん」
「ロック鳥相手ならこれでも甘いぐらいだろ? まぁ正直に言えば辛いわな、ハッハッハ」
アンはリリの意図を察したのか豪快に笑う。
もちろん警戒は解かなかったが、五人の周りが少しだけ和やかな雰囲気になった。
リリ達はクラウディアの付与魔法と召喚魔法を使い、一気に崖を下りだした。
滑空するかのように滑る落ちる一行は、降りるのに行きの半分の時間すらかけていない。
「っお! 地面が見えてきたな、本当に白銀の姫騎士様々だな」
アンは惜しみない称賛をクラウディアに送ると、それにイヴァが反応した。
「妾もいろいろとやったんじゃが」
(確かにイヴァは所々で役に立っているんだけど、なんか微妙なのよねー、インパクトがないというかなんというか……)
「イヴァは便利だと思うよ、地味だけど」
リリが思っても言わなかったことを、ラーナは屈託なく言った。
その言葉に、クリスタとイヴァを除く三人は思わず笑ってしまう。
「イヴァの魔法は地味だわな」
「その通りですわね、わたくしの魔法とは随分と違って、魔法らしくないですものね」
「わたしは感謝しているわよ、倉庫としてね。プフッ」
三人の反応に、イヴァはむくれながらも。拗ねた声色で言い返した。
「お主らそんな態度でいいのかや? ここで荷物を全部出してやろうかや?」
「イヴァ! 全部出して!」
急にラーナがイヴァに指示を出す。
「本当に良いのかや? 冗談じゃったのじゃが……」
冗談に真剣に答えられて、今度はオロオロとするイヴァ。
「違う! 武器だけ! 急いで!」
ラーナの叱咤に、更にオロオロするイヴァ。
役に立たないイヴァを無視して、クリスタはラーナに話しかける。
「ラーナ、ロック鳥ですか?」
「うん、クリスタは準備万端?」
「えぇ、では先鋒は私たちですね」
(呼び捨て! クリスタとラーナの距離が近づいているじゃない、人見知りそうな二人がいつの間に仲良くなったの?)
リリは成り行きが気になったが一旦置いておいて、いま必要な疑問を投げかける。
「逃げないの?」
「もしもあいつが狙ってきたら、逃げるのは無理だろうね」
「じゃあ戦うの?」
「来なかったら、無視しようとは思うけどね」
それを聞いたリリは安心した。
同時にラーナの成長に安堵した。
そして空を見上げると、遠目にも大きな鳥が飛んでいるのが見える。
(やっぱりでかぁー)
ロック鳥を見ていると、目があったような気がして思わず目をそらした。
(っ!! あの距離で目が合うの? もしかしなくてもこれって見張られているんじゃない?)
それでもリリはまだ襲っては来ないと確信していた、足元にサンドワームを持っていたからである。
「多分、すぐには来ないわよ? 来るとしても餌を巣においてきてから来るんじゃない?」
「わかった、クラウディアとアンも間に合いそう?」
「イヴァ次第だな」
「大技を出すのは厳しいですが、まだ魔力は残ってますわ」
「わかった」
ラーナは戦いになると、判断が早い。
クラウディアもすぐさま後ろにいるクリスタに声をかけた。
「クリスタ、ホーリーバジルを貰えるかしら?」
「はい、クラウディア様」
クリスタが腰のポーチからハーブを渡すと、クラウディアは数枚摘み取り齧りだした。
イヴァはまだオロオロしているので、アンがなだめて深呼吸をさせている。




