10話、姫騎士とメイド(1)
この日、カルラ・オアシスには似つかわしくない、上品な出で立ちの馬車が冒険者ギルドの前に止まった。
真っ黒なフロックコートを羽織った御者の女性、短く切り揃えられた髪に整えられた服装は清潔感を覚える。
その女性は馬車の扉を丁寧に開き頭を下げる。
「着きました、クラウディアお嬢様」
中から出てきたのは、長く黒っぽい銀髪に鮮やかな碧眼の女性。
長めのスカートにヒールの高いロングブーツ、腕には魔法石付きのブレスレット、腰のレイピア、装飾を施した軽鎧は魔鋼で作られている。
「長いことご苦労だったわね、ディアナ」
馬車を降りて御者のディアナへと声をかける。
たったそれだけの振る舞いでも、彼女の品の良さが見て取れる。
「ありがとうございます、それよりもお嬢様のお召し物が汚れてしまいます」
ディアナが砂塵除けのマントを掛けると、クラウディアが馬車の中へ声をかける。
「クリスタ、エマ、二人も行くわよ?」
クラウディアに呼ばれ、二人の女性が降りてきた。
一人は黒い長袖の服に足首まであるロングスカート、手には真っ白な手袋をしたメイド。
ゴシック調のブーツの先には硬そうな金属を付け、革でできたコルセットにはナイフが四振りも備え付けられている。
「はぁ、クリスタまで行く必要は無いと思うのですが……」
気だるそうに呟く、メイド姿をしたクリスタという少女。
揃えただけのショートボブ、目を隠す前髪はどちらかと言えばメイドらしくはなく、まるで彼女の表情を読ませない様にされているようにも見えた。
「ク、クリスタッ! お嬢様には敬意を持って喋りなさい! まったく、何度言ったら分かるのよ、あんたってば?」
戦士姿をしたエマと呼ばれる女性は、慌ててクリスタに注意をした。
決して軽装とは言えないメイルにブロンズの髪、背も高く斧と盾を担いでいる。
彼女は、護衛なのだろう。
「エマが真面目過ぎるんです」
「あんたそれでも、お嬢様の専属メイド?」
「……はい、まぁ」
言い争いとも言えないような二人の口論を、ディアナが止める。
「あなたたち、お嬢様の前で言い争いは止めなさい!」
「ディアナさん……すみません」
「……はい」
言い争いが終わるのを確認したクラウディアは、まとまりのない従者三人を引き連れ、冒険者ギルドに入っていく。
「ねぇちゃん達、俺らと一緒に飲もうぜ?」
「空も女も日照り続きだ、楽しませてやるぜー」
クラウディアからしたら、下品な笑い声が響いている。
それは高価な服装に身を包み、女性四人で歩いていることに対する、カルラ・オアシスの手荒い洗礼とも言えた。
「ちょっと、酌でもしてくれよ!」
一人の男が先頭を歩くクラウディアに手を伸ばす。
その刹那。
「……!!」
チャキ! シュバ! ッザ!
「クラウディア様に触れるには、汚い手ですね」
コルセットからナイフを抜いたクリスタが、無駄のない動きで男の背後に立っていた。
男は首元の冷たく鋭い感触を感じ、動きを止める。
「っ! おまえ……」
周囲の冒険者たちも、動くことすら出来ずに静まり返った。
「クリスタ、おやめなさい!」
「……かしこまりました、クラウディア様」
クリスタは首筋に突き付けたナイフを下げると、軽く一礼した。
それを見たクラウディアは、呆然としている男わまるで路傍の石でも見るかのように、蔑んで見ると「次は止めませんわよ」そう言い残し、立ち去っていく。
残されたギャラリーは、一瞬の出来事とメイドの言葉にどよめきだした。
「クラウディアって……あのリューネブルク家の?」
「間違いねぇ……リューネブルク家の娘だ」
「目立つ銀髪に高価そうな装備、しかもメイドまで連れていやがる、間違いないだろ?」
「いま噂の白銀の姫騎士が、何でこんなところに?」
コソコソと話す冒険者達、気にも留めないクラウディア一行。
ギルドのカウンターまで詰め寄ると、クラウディアよりも先にアンが口を開いた。
「先に言っておくが、ここじゃ特別扱いは無しだ、たとえそれがお貴族様のお嬢様だろうとな」
いつもと変わらず、ぶっきらぼうな言い方だ。
「まったく、野次馬根性だけは高い者共ですわ」
「あぁ確かにそうだな」
クラウディアも、威圧的なアンに対して堂々と話している。
「お嬢様には悪いが、暴れるなら外に行ってもらうよ?」
「ご安心を私が命じない限り、勝手な行動はいたしませんわ」
「じゃ、そのメイドにおとなしくしていろって、命令しといてくれるか?」
アンの言葉にクラウディアが左手を上げると、クリスタはクラウディアの後ろに控えた。
「これで、よろしくて?」
「あぁ、助かるよ」
「貴女が噂に名高い荒くれ者達の女主人、アン・オーティス様で御座いますね?」
「アタシは、そんなに有名になったつもりはないんだけどな」
二人の会話に、ギルド内の空気がピリついていく。
「さっさと本題に移ろうか? 元とはいえ、お貴族様が何の用だい?」
「ディアナ、説明を」
クラウディアがクエストボードに近づき、コンコンとボードを叩くと、御者のディアナが喋りだす。
「では僭越ながら、クラウディア様に代わり、私が失礼します」
軽く一礼をし、更に言葉を続ける。
「ここは冒険者ギルドでお間違えありませんよね?」
「あぁそうだな」
「であれば、クエストを受けに来たに決まっているかと、違いますか?」
ディアナの言葉はかなり上から目線だ。
エマとクリスタは、クラウディアの後ろで沈黙を保ち、身じろぎ一つしていない。
「そういう分かりきったことを聞いているんじゃないんだ、アタシはな!」
「では、質問など必要ないのでは?」
アンはため息をつき、そしてギラリと睨みながら質問を続けた。
「あのなぁ、リューネブルク領にも王都にだって冒険者ギルドはあるだろう? ならだ、わざわざ辺境のカルラ・オアシスに来る必要なんてないだろうが!」
アンの言葉は先程より少しだけ怒気が込められている。
一般人ならビビッて動けなくなりそうな程の圧だが、ディアナは堂々と質問をし返した。
「それが貴女に関係あるのですか?」
「関係、大有りだね」
「それはどういう関係なのですか?」
「あんた等はいるだけでトラブルメーカーになりそうだからね、その理由ってやつ次第じゃ、このギルドの出入り禁止にする必要がある」
「なっ……!? 一介の受付嬢である貴女にその権限があると?」
今までの街では、逆らうものがいなかったのだろう、しかしアンには通用しなかった。
軽く口角を上げて、自信満々にアンが答える。
「ないと思うか?」
二人の視線がバチバチと交わる。
ディアナには、アンの言葉が嘘か真かの判別が出来ず、押し黙るしかなかった。
「くっ!!」
周りが固唾を飲んで見守る中、ギルドの入口で一際うるさい一団が入ってきた。




