6話、デザートフィッシュ(1)
前回までのあらすじ!
「地球から転移したわたし[リリ]と砂漠で腹ペコな鬼族の少女[ラーナ]」
「二人は、革鎧を食べてお腹いっぱい!!」
「さぁ旅の始まりよ!!」
「次の話は『デザートフィッシュ』砂漠の魚って意味よ! やっとモンスターが出てきたわね!」
「さぁ本編が始まるわ! 『異世界キャンプ』楽しんでみてください」
「おっはよーー!!」
ラーナが眠るリリの頬をつんつんとつつく、しかしうーんと唸るのみで、目覚める気配はない。
「リリ? まだ寝てるの? あーさーだーよー!」
朝から元気な挨拶をしている可愛らしい鬼っ子。
ハイ・オークでありながら、らしくない小さなサイズ感、天涯孤独になってしまった悲運の少女、この子がこのお話のメインヒロイン!
「うーん……あと、ちょっとー、あと5分……」
真逆に怠惰に惰眠を貪る羽根妖精。
せっかく転生したというに、寝姿にセクシーさも可愛さもない、彼女が残念ながらこのお話の主人公である。
理不尽に転生させられた女の子(26)はラーナの指を払いのけまだ寝ようとする。
「んー、女の子はやめてくださいよぉ、わたしそんな歳じゃぁ……」
その姿を見てラーナはクスッと笑うと、少し離れた所でストレッチを始めた。
寝坊助な妖精は転生前の仕事から解放され、ここぞとばかりに寝る気なのだろう。
転生しようとも、種族が変わろうとも、生活習慣は変わらないのが傍目にも良くわかる。
「リリー! 言った通りちょっと待ったよー」
朝のストレッチと一通りの訓練を終えたラーナは、改めてリリを起こそうと声を張り上げたが、反応は変わらない。
「……もう、ちょっとぉー、ムニャムニャ」
若干目を開けたが、やはり起きる気配のないリリはバタリと横になった。
「リリが起きないと出発できないよー」
「うーん、日差しがきつい、起きたく……ない……」
明らかに起きる気のないリリを見て、ハァーっとため息をついたラーナは「まぁいっか」と呟き出発の準備を進める。
と言ってもここは街から離れた荒原の砂漠なので、焚火や痕跡を消す必要も無い、散らばった物を鞄に仕舞い、全身マントを被れば準備は終わりだ。
(リリもボクがついつい話し過ぎたから、疲れてるのかなぁ?)
実際はそんな殊勝な意味などないのだが、軽く思い悩んだラーナは、リリをそっと抱えテクテクと歩き始めた。
「街、街ねぇ……近場だと《カルラ・オアシス》かなぁ、次こそ大丈夫だといいんだけど」
ラーナを受け入れる街など殆どない事は分かっているが、リリだけでも入れる可能性は十分にある。
両手で掬う様にリリを抱えるラーナは歩き続けた、何もない砂漠で何を目印にしているのかわから無いが、真っすぐと迷いなく街へと向かっていた。
(あんなに真面目に過去の話しを聞いてくれた人は今までいなかったなぁ)
ふと昨夜の会話が頭をよぎる、話す機会など元々少ないが、人族だと偽わったことがバレなければパーティーも組めたし、数年も過ごしていれば話しを聞いてくれる人はいた。
その誰もが『可哀そう』『運が悪かった』と言って慰めてくる。
(ボクは運のせいでパパとママを失った訳じゃないのに……)
ラーナにはそれがたまらなく嫌だった。
どんな理不尽な目に合おうとも精一杯生きてきたし、師匠の厳しい訓練も、両親の残した日記も、自分が生きていくためにくれた、かけがえのない贈り物だ。
「あったかかったなぁ」
ラーナは自分の頬を触り、リリの抱きついた感触を思い出す。
そして≪カルラ・オアシス≫へ向かう道すがら、まだまだ起きないリリの寝顔を覗き込む。
「それどころか、ボクとまともに会話してくれるなんて……」
* * *
【ハイ・オークの少女、スヴェトラーナ=ヴォルコヴァ】
[リリが頑張って出してくれた水でしょ? きっと大丈夫だよ!]
リリの感じた第一印象は裏表がない女の子、あっけらかんとしていて、ケタケタと明るく笑う天真爛漫な少女である。
嘘を付いている訳ではないが、そう見えるように本人も心がけて話していた。
[パパー、今日はどこに冒険に行くのー? お肉屋さん?]
そんな彼女の人生は4歳まで順調そのもの、貴族候補のハイ・オークとして生を受け、充実した生活に、これでもかと愛してくれる両親、優しいご近所さん達。
しかし幸せはあっというまに奪われ、周りの環境が幼い少女を天涯孤独へと追いやる。
[おいっあそこ、烙印持ちのガキだぜ]
[座るなスヴェトラーナ、お前が止まっていいのは、心の臓が止まる時のみじゃ]
差別的な周囲の同族、師からの拷問にも近い戦闘訓練、ラーナは身も心も、文字通り血反吐を吐きながら18年もの時を生き抜いた。
最初は世界に一人きりになったかのような孤独感と焦燥感を感じていた。
しかし彼女は諦めからなのか、それとも生まれついた資質からなのか「これが普通なのだ」と割り切る事が出来ていた。
[ボクはママの足跡を追ってるの]
これは半分本当で半分は嘘。
優しくなかった一族を捨て、儚い期待を胸に旅に出たのは事実だが、一番の理由は逃げたかったのだ、何もかもから。
しかし彼女の想像よりも世界も優しくはなかった。他種族からは差別と侮蔑、もしくは恐怖に怯えた態度をもって接される、結局は逃げた先も同じような境遇だった。
地獄が本当にあるのかは知らないが、あるとするならこの世界が地獄なのではないか、と呪った夜もある。
[自由に生きてて何が悪いんだぁー!]
本当にリリの印象通りの人物で、心に傷はなかったのだろうか?
そんな訳はない、いるとしたらその人は聖人君子である。
死ぬ間際になってようやく漏れ出た本音、出てきたのは積み重なった理不尽への嫌悪感。
しかし死ぬ間際ですら、ラーナは孤独であることの辛さや哀しみを、これっぽっちも『自覚』はしていなかったのだ。
[ところでえーっと、あなたのお名前は?]
金髪と綺麗なドレスがキラキラと輝く妖精に、そう呼びかけられた瞬間までは……。
[ボク……ハイ・オークなんだ、だから……]
だからこそ無自覚に、過去の話しをしたのだろう。
自分の歩んできた道が一般的には『壮絶』の一言に尽きることは知っている、両親を戦争で亡くし、生まれ故郷の集落は鬼族の政治によって跡形もない。
その後も今に至るまで、同族に異端者と罵りを受けていたのだから。
そんな事実を話せば、綺麗な妖精さんは引くに違いないと思っていた。
* * *
「誰かとお出かけするなんて、いつ以来かな?」
ラーナの思い出は苦しいものだけではない。
(集落の外にパパやママと散歩に行ったのが最後かなぁ、あんまり覚えてないけど……)
久々に思い出した両親の面影、幸せだった日々。
「実際はモンスター狩りだったけど、あの時は楽しかったなぁ」
(あんなに強くて格好良かったパパとママが、人族の戦士なんかに負けるなんて、ボクが強くなった今でも信じられないなぁ)
「暁の乙女、か……」
ラーナは噂をかき集め、師にさり気なく情報を聞き出し、両親が≪暁の乙女≫と呼ばれる聖騎士団に殺されたのだということは掴んでいた。
(ルベルンダから一番遠い《ドーンゲート神都国》かぁ……)
「ハイ・オークの軍を打倒できるほどの騎士団、しかも女性のみなんて……」
鬼族の国《ルベルンダ氏族同盟》と主に戦っていたのは、隣接していた《ドラーテム王国》とそこに近い≪フローレン王国≫。
遠くにあり危機に面していない《ドーンゲート神都国》が参加する理由も動機も、まだわかってはいない。
「なんでそんな遠くから、わざわざ聖騎士が出てきたんだろ」
大陸で最も栄え、距離も信仰する神も近い《ドラコニス王国》ですら、正規軍を送ってくるなどということはなかった。
そこに現れたのが宗教観から全く違う《ドーンゲート神都国》なのだから、疑問を覚えるものは少なくない、ラーナの疑問は当たり前の帰結であった。
(なにか裏がありそうではあるけど……)
幼少に叩き込まれた、歴史と政治背景を思いだし少しだけ疑問を覚えたラーナ。
「師匠は、これ以上詳しく教えてくれなかったしなぁ」
結局は何度も同じ結論が出る、考えた所で自分が何かができるわけでもない、そんなことはラーナも分かっている。
(ボクは復讐なんて、お腹の足しにもならないことをする気は無い……無いんだけど)
しかし、今回だけは心の中に少しだけ、ほんの少しだけだがドロリとした感情が芽生えた、自分の変化を自覚したからこそ、ラーナは天に向け呟いた。
「ボクはあれから本当に強くなったのかな? ママ、パパ」
そして、自分の手の中で寝息を立てる弱々しい生き物に目を向けると声をかける。
「リリ? 起きてる?」
起きていないことを、改めて確認した上で「ありがとう」と小さく語りかけ、また道なき砂漠をしっかりとした足取りで歩き続けた。
「ヤッホー、ラーナだよー!」
「ヤッホー、リリよ!」
「リリありがとう」
「なんのこと?」
「ンフフッ、ナーイショ!」
「ラーナって秘密が多いわよね?」
「その方が大人の女って感じがするでしょ?」
「ラーナには向いてない!!」
「えー!? そんなことないよー」
(ラーナ、そういうところよ……)
「「次回『デザートフィッシュ』その2」」
「異世界って理不尽だわー」
現在は、1日1話投稿です!
13:30、もしくは21:30にアップする予定ですが
前後する可能性があるのでご了承ください。




