77 誰でも苦手なものってあるよね、って話
ヤスシ達がやらかした上で、新キャラが出てくる話。
初めに言っておこう。
龍という種族は、その身を構成するものが「炎」か「水」に連なるものでなければ、温度変化にとても強い。
大事な事なので、もう一度言おう。
龍は、温度変化に、とっっっても強い。
「ざ、ざぶいぃぃぃいいい……ッ!」
ナインはガタガタブルブルと震え、少しでも熱を逃がすまいと背を丸めてしゃがみこんでいた。
古代天使龍。光の鱗を纏い、あらゆる龍種の中でも特に属性による弱点が存在しない、ある意味で最強の龍。
幼体でも、その強みは変わらない。
要するにナインもまた、寒さにも暑さにも強いはずなのだ。
実際、震えているだけで鼻水やくしゃみは出ていない。なので、身体は寒さを感じていないはず。同じ種族のクロウも、普段どおりの薄手の服でも寒くないのだから。
「むしろ見ていて寒いから、見た目だけでもあったかそうなの着てくれって頼んだくらいだ」
「です。えへへ、あったかいです」
「お、分かるのか」
「自分が着ている物に関しては、何と無く性能が分かるといいますか。周囲に合わせて間隔が調整されるみたいなのです」
「へぇ」
もこもこしろくまポンチョと、それに揃えて仕立てられた見た目も機能も申し分無い様相。クロウは目の前で丸まる同じ装備の姉を心配そうに見下ろした。
ちなみに、クロウの横でユウトはふわふわのファー(自毛使用)と、狩人を思わせる服装を纏う。どちらも温かそうに見えるし、実際温かい。
要するに、ナインの着ているスカート仕様のそれも、温かいのだ。
それでも大げさなほどに震えるナイン。
それはひとえに、彼女の『寒さ』に対するトラウマ級の思い込みによる。
俯いているせいで見えないが、その表情は涙目だ。
「いやまぁ、前に1度風邪を引いた時、唯一ナインが活動休止を余儀なくされたからなぁ」
「詩兎家は風邪を引くと、必ずと言っていいほど喉がやられるからなのです……」
「僕も覚えがある。声を出そうとして、急に声が裏返るのが怖かった」
コノエも加えて各々がそれぞれ、前世におけるナインの様子や自身の事を語った。三者三様の顔色ではあるが、3人揃ってナインの背やら腕やらをさすっていた。
そう、ナインは以前風邪を引いた際、コノエが言ったように意図しない裏声と低い声が混ざり、それはもう散々な目に遭ったのだ。
それからは冷え込む度に妙に怯えるようになってしまった。安心安全を確保されている場所ではその限りではないが、ここはどう見ても外。
ここは薄瑠璃の月。
またの名をスノープリズム。
雪と氷に覆われた、比較的小さめの月。
白銀の景色が広がり、僅かに見える家々の周りには人が集まっている。
……冬は極寒では済まないが、一応今、この月は夏である。
先日、クロスエルディラを襲った犯人が、ここスノープリズムにいる。それは彼等が信頼する探偵の言と、風紀委員の持ち込んだ情報により確定した。
これにより、クロスエルディラ、アステラーザの両国から精鋭が派遣される事となる。
クロスエルディラからは隠密に優れた王直属の一個小隊と、内緒でコノエが。
アステラーザから選ばれたのが、ナイン、ユウト、クロウが。
選考基準は言わずもがな、ナインのお守りである。
そしてヤスシは紅の月の半分。リリィの統率するゼビアダールからの。リッカは驚いた事に、ジャックの統率するディエルダールからの親善大使だった。
それが無くともナイン達の昔馴染み枠というよく分からない理屈で、彼女達もここへ来ている。
「リッカが案外近くにいた事に気付けなかったとは。不覚」
「リッカもリッカとして早く会いに行きたかったけど、ジャックと遊ぶのが楽しかったの」
「ジャックの遊び相手?! 出来たの?!」
リッカの言葉に、ナインは勢い良く頭を上げる。
リッカは終始楽しそうに微笑んでおり、その顔に嘘は無い。というか、彼女の頭の辞書に嘘を吐くという行為が存在しない。
良くも悪くも正直者。それがリッカ。
リッカは自分を抱き上げているヤスシに擦り寄ると、随分気分よさげに目を閉じる。
「このような寒い場所で寝てはいけませんよ、リッカ。心配になるじゃないですか」
「んふふ~、リッカはリッカとして、ヤスシならリッカに何か起こってもすぐ気付いてくれると信じているのです」
「それは……光栄ですね」
そのまま即座に寝息を立て始めるリッカを抱えなおすヤスシ。彼の表情は緩んでおり、確かにリッカへ気を許している様が見て取れた。
2人の周囲だけ、常春を通り越して常夏並の温度となっている。
その熱量は、寒いのに思わず顔を仰いでしまうほどだ。
彼等の昔馴染達は、未だにこのべったり具合に慣れない。
この2人の関係を知ったのはつい3日前。慣れる方がおかしいとも言える期間である
小学1年生の頃からクラスメイトで、途中離脱してしまったナインでさえ意外に思うのだ。その上中学生まで一緒だったユウトは押して知るべし、である。
そもそもこの2人がくっ付いた事は、ほとんど誰も知らない。本人を除いて互いの親と教会の神父や披露宴会場を用意した担当者など、本当に少ない。
一応、中学時代で彼等が言い争っている所を見た者はいなかった。
とはいえ、それまでがそれまでである。
「やっぱり意外だ」
比較的頭が柔らかい方のナインが受け入れがたい時点で、それ以外の者が既に受け入れているなどという事は無い。
ユウトが訝しげに眉を寄せて頷けば、当の本人達を除いて全員が頷き返した。
何をしても慣れそうに無いので、とりあえずナインは話題を変える事にする。何より、そもそも今はこんなにゆったり離していてもいい場面ではない事を思い出したからだ。
「で、結局ここで何をすればいいんだっけ?」
「犯人探し。だが、確かにここにいるという情報だけで、見つけられるとは思わないが」
「だよねぇ。……リッカ達に聞かないと、かなぁ……」
「……だな」
「です……」
「だよねぇ……」
一度は逸らした目を、再度常夏へ向ける。一方は眠り、一方はじっとして動いていないのに、絵面がもううるさい。声をかけたくない。
うんざりしている空気が、周囲に充満する。
近くに事情を知らないクロスエルディラの騎士達もいるのだが、常夏と周囲の重い空気には気付いているために気まずそうである。
とはいえ時間はそれほど無い。
ナインがあまりに異質な空気に、あるはずもない寒さを忘れている今がチャンスなのだ。
誰が切り出すか? 全員が互いを見合わせる。
時間にすれば、それは5分に満たない。だがしかし、当事者達には数時間にも思えた。
そんな中。1人、彼等に近付く影があった。
『ちょいとお2人さん、お話いーかい?』
それは男の子だった。
白に限り無く近い青の髪は、つるっと丸く整えられている。
瞳は深い海色で、キラキラと雪解け水のように光を反射している。
その背は、ナイン達とあまり変わらない。
ただそれだけなら、好奇心に任せて彼等に話しかける子供と思っただろう。そう、それだけなら、適当に話して、適当なところで家に帰しただろう。
常夏の空気を作り上げ、表情には出さないが幸せそうにしていたヤスシは、目を丸くした。
それは突如として肩を叩かれたからでもあるし、直後に太陽顔負けの笑顔を見せられたからでもあった。
ただ、何より。
日本語で書かれたメモ帳に、釘付けとなった。
「……あ」
驚きすぎて、言葉にならずに声が出て行く。
おそらく、自分の字よりも、あるいは黒板に書かれた教師のものよりも、多く見ていたかもしれない癖字。
見難いわけではない。
ただ、世間一般で言う見やすい文字でもない。
知っている限り、後半は主に電子機器を使っていたように、ヤスシは記憶している。
だから、実に久々にそれを見て、あぁ、こんな字だったなぁ、と思った。
そこで、違和感。
何故そんな感想を抱いたのか?
簡単な話だ。
彼もまた、転生者という事なのだから。




