70 つまりは氷の世界へ
リッカがやらかす話。
リッカは天才である。
それは、あるいはナインを凌駕するものかもしれない。
人を魅了し、伝播するナインの歌声とは違う。局所的で、決して褒められた才能ではない、とさえ言われたほどの、才能。
ナインと違っていたのは、その方向性。
「つまりは、はんにんはあなたなのね!」
これこそが、リッカの放った記念すべき最初の『推理』である。
それはたとえば、小説の最初のページを読まず、最後のオチだけを読んだような。
事件のあらましも、そもそもそこで事件が起きたのかすら分からないような状況で。ただ笑顔で、そう言い放ったのだ。
それから、世界が崩壊するまでの数年間、大した証拠も無く、冤罪すら生まずに次々と言い当てる様は。周囲にどれだけの恐怖を与えただろう。
彼女は齢4にして、周囲から嫌われた。
だからこそ彼女に空気を読むというプロセスが馴染む事は無かったし、読んだところで彼女の才能が無意味にしてしまうだろう。
そして彼女は、類稀な推理力でもって自身の通う学校を選んだ。
本能的に、衝動的に、理性を持って、選んだ。
その選択は、結果的に正解だった。何せ、彼女と同じく『天才』と呼ばれ、何より彼女は自分より目立つ『天才』だったのだから。
こうして、リッカの異常性は、天才の域に収まった。
周囲に天才が集まり、彼女さえも紛れるほどの天才が現れたから。
しかしながら、彼女が『天才』であり『異常』である事に変わりは無い。
何が言いたいのかと言えば。
「うんうん、つまり、薄瑠璃の月に犯人はいるわけね!」
「わぁい、相変わらず話が早すぎて逆に時間かかりそうになる奴ぅ」
まだ会議室に入っておらず、事の次第を話題にもしていない内に、何の脈絡も無くそんな事を言い出したリッカ。
それはたしかに、今現在起こっている問題についての結果論なのだろう。
彼女のそれは、そういうものなのだ。
しかしながら、先程も述べたとおり、それは小説の最後だけを読んだに過ぎない。その過程を知りたい場合、性急すぎるそれは不便とも言えた。
苦い顔をしながら、ナインは口を開く。
「えっと、リッカ。何でその薄瑠璃の月ってのが出てきたの?」
「ん? 犯人、捜してるんだよね?」
「うん」
「薄瑠璃の月にいるですよー?」
「……そっかぁ」
最終的に、ナインは微笑んだ。
ああ、話が通じないとは、かくもこのように厄介なものなのか。
何を隠そうナインが空気を読むようになったのは、リッカが自由奔放すぎる点にある。
もちろん、大人ばかりの外界で舐められないように身に付いたスキルとも言える。しかし、顔色を窺うようになったきっかけは、リッカがクラスで心のままにナインへ話しかけてきたからだ。質問してきたかと思えば、ナインの応えにかぶせて更なる質問を投げかけてくる。そして飽きればすぐ別の人に話しかけに行くのだ。それも、ナインを放って。
どんな子供でも、そんな子と1年も接すれば空気を読むことの大切さを察するのである。
ちなみに、薄瑠璃の月は年がら年中真冬の月。延々と作られる美しい氷や、綺麗な雪解け水、オーロラなどを観光資源にしている月だ。
その噂だけなら、ナインも聞いた事がある。
ピクリと耳が動いた事は、傍にいたユウトだけが知っていた。
「犯人がいる場所はまぁそことして、犯人がどんな奴だとか」
「んー、魔族! 超寒さに強いの! リッカはリッカとして驚いた!」
「……そっかぁ……」
ナインは投げやりに、そっと微笑んでおいた。
城の中で使用人に案内され、一行は広い会議室へと通される。
何人来るか分からないので、誰が何人来ても良いよう予め大人数が収容できる部屋をチョイスしたのだ。実際、ナインが途中で何人か拾ってきたので、そのチョイスは正解だった。
「お待ちしておりました、ナイン殿!」
「少々遅れてしまったでしょうか。申し訳ありません、オウレンディアス様」
「いえ、急な召集に応じていただき、誠にありがとうございます」
この場には、ナインが会った事の無い者もいた。彼等の服装は全てが豪奢であり、一目で上流階級であることが窺える。そのため、ナインも外向き用の仮面を急いで貼り付けたのだ。
何名か先程の殲滅戦で見かけた顔もあるが、彼等は冒険者代表というところだった。
お嬢様スイッチの入ったナインに続き、ユウト、ヤスシ、ヤスシに抱えられたリッカ、そしてやや空気と化していたリミ、クロウ、コノエも入る。
オウレンディアスはコノエが入ってきた事に目を見張った。
が、大して気にした風も無く、すぐ人数分の席を用意するよう指示を出す。
王族とはいえ、国の大事に幼い息子を巻き込むのは、オウレンディアスらしくない行動だ。もっと年上の息子や娘もいるのに、何故末のコノエを連れているのか、と。
彼の親バカ振りを知っている者からすれば、非常に怪しかった。
とはいえ、オウレンディアスは知っている。
コノエは『勇者』であること。そして、ナインがコノエを連れて来た事には、必ず意味が存在するという事を。
「では、お呼びした方は揃ったようですので、会議を始めたいと思います」
「はいはい! あのね~」
「リッカ、ステイ」
「えー」
「彼女のことはお気になさらず」
何故か座っているヤスシの上に乗るリッカは、不満そうに頬を膨らませた。しかしヤスシに撫でられれば、すぐ黙ってうにうにと微笑む。
彼女の手綱を握れる人間がいたのか。と、前世においても誰もが驚くであろう事実に、お嬢様モードのナインが、一瞬表情を崩してしまう。
大はしゃぎしているわけでもないのに表情が崩れるのは、そうそう無い事だ。
それは確かに、彼女の予想外だったのだ。
妙な悔しさに歯噛みするが、決して表には出さなかったのは流石である。
「まず確認です。例のモンスターを町に入れたのは運び屋である。しかしその運び屋は既に逃走しており、追尾は不可能である。が、彼等にモンスターの輸送を依頼した者は――」
「魔族、ですね」
代表してオウレンディアス直属の召使であるゼバンが説明を開始。
真剣な表情で進められていくはずの言葉を先取ったのは、ヤスシだった。
リッカを撫でながらの言葉だったものだから、ゼバンの機嫌が急降下しているのだが、そんな事はお構い無しに、ヤスシは言葉を続ける。
「僕がこちらに来たのもその関係なのです。我等が女王リリィ様曰く、管理漏れの魔族が暴れる予兆があるらしく。その対策のためにも、僕がこちらに来たわけです」
「……ヤスシが?」
「ええ、僕が。選考基準は……まぁ、ナイン殿には分かるでしょう?」
「そうですね」
いつもどおりの柔らかな笑顔を浮かべるナイン。そして、外向き用の笑顔を貼り付けるヤスシ。
だがしかし、その中に確かな冷気を含ませているものだから、歌っている姿に心酔しているオウレンディアス他の者達には刺激が強すぎた。
ゼバンなどは気圧されて、次の言葉を告げずにいるほどである。
それに気付いたヤスシが、あえて鋭い視線を向けて、初めてゼバンは気を取り戻した。
「え、と。その魔族についてですが、ここ白の月から5つ隣にある薄瑠璃の月にいる、との事です。かの月は居住区以外が全てモンスターの生息地ですので、ある程度の実力者に調査を願わなければ、ままならないでしょう」
「……ランクは」
「平均してB以上が多く、温度変化に強い種が大半を占めます。厳しい環境による屈強な肉体が原因でしょう」
Bといえば。
ナイン達が龍の里に行くまでに無視をし続けたモンスターのランクではなかっただろうか。
ナインにとっては遅くて弱いタイプになる。が、この世界においてはかなり強く、油断をすればしに至らしめる事になるほどなのだ。
ナイン達が規格外というだけで。
そこまで思い至ったナインは、目を細め、顎に指を当てる。
「……」
ひどく思案し、ユウトを一瞥する。
途端。
ユウトは、冷めた目でナインを見下ろした。
……場の空気が、局所的に、一気に氷点下になってしまった。
「オウレンディアス殿、よろしいでしょうか」
そんな目のまま話しかけられたものだから、オウレンディアスも僅かに身じろぎしてしまう。
「何でしょう、ユウト殿」
「その調査、我等アステラーザの者を派遣してもよろしいか」
「それは……ありがたい申し出ですが、よろしいので?」
「ええ。我が国の者達は相当な手練。血の気の多い者も、頭の切れる者も揃っております。同盟国の者として手を貸せるのであれば、こちらとしても喜ばしい限りです」
ふわり、と微笑むユウト。
あくまでこれはクロスエルディラが解決すべき問題である。当初はそこに干渉する事はないとしてきたはずだが……。
色々と言っているが、要するにこうである。
『このまま放置すると、うちのナインが黙って薄瑠璃の月に行ってしまうので、同盟のよしみで連れ出してくれませんか?』
……。
オウレンディアスも、その影の言葉に気付いた。
気付いてしまえば、苦笑するしかない。
「こちらとしても非常にありがたい。是非よろしくお願いいたします」
としか、言えないのである。
それから、方々から数名の有志を募り、祭りの予定が全て終了次第向かう事が決定した。
自室に戻った後、ナインがベッドニマニマしながら転がっていたのは、完全な蛇足である。
来週以降出せるか不安です……。




