60 花園の歌姫
通常運転で複数人がやらかすお話。
ナインが歌う、20分前。
ふかふかのソファが用意されたエーヴェの控え室に、ナイン達は訪れていた。
ちなみに、ナインとユウトの2人のみである。
「お久しぶり!」
「久しぶりだね~」
「ハイタッチ!」
「いえぁ~」
パァン! 小気味良い音が、控え室に響いた。
のんびりしつつも妙に良い発音で賛同したエーヴェも、嬉しそうにふにゃりと微笑む。
彼は大して疲れた様子ではないものの、足の付かないソファに深く腰掛けていた。
彼もまた芸能界を経験した人物であるためか、ポーカーフェイスが上手い。心なしかナインとハイタッチするための腕は高く上がらず、声も若干低い。
ナインも彼の状態を正しく判別したため、一見失礼なように見える態度を許していた。
「僕、エーヴェっていうんだぁ。ナインはナインのままなのかなぁ?」
「うん! エーヴェは人間の種族だから、その違いかな?」
「ナインは龍、だったよねぇ。かっこいいし、かわいいねぇ~」
「えへへ~」
ふわりふわりと、周囲に花びらが舞う。
それはもちろん錯覚だ。だがのんびりとした口調のエーヴェと、そもそもマイペース気質のナインが揃えば、いつもこうなるのだ。
この場にいる者達の中でそれを知っているのはユウトだけ。彼も実に20年ぶりの光景に懐かしさを覚えていた。しかしながら、今は時間が無い。休憩時間を全て、昔話に費やすわけにはいかないのだ。
ニコニコ笑顔を消すのに、躊躇いは無かった。
「やる曲が決まっているとはいえ、のんびりしすぎじゃないか?」
「はっ、そうだった! エーヴェ、今更だけど、あの曲で良いんだよね?」
「もちろんだよぉ。よかったぁ、ようやくあれに歌詞を付けることが出来るんだねぇ」
ふわり、嬉しそうに微笑むエーヴェは、ソファの背にもたれかかる。
彼に合わせたのか、ソファの布地は薄い紫色で、体格的にも軽そうな彼が沈み込むほど柔らかい。それに全体重を預ける様は、どこと無く不安になるもので。
「……体力、保つ?」
「保たせるよぉ?」
「……ん、わかった」
ふんわりと浮かべられる微笑み。しかし緩く弧を描いたその瞳には、確かな決意が燃える。
わざわざ下から目線で尋ねたナインは、いつになく心配そうだった。
前世における、名実共にパートナーだった子だ。先程ナイン達を魅せた演奏は明らかに常軌を逸していたため、この先も同じレベルの演奏を続ければ、と考えて。
たとえ才能があっても、それを活かすための身体があってこそ。
ここで倒れられては困る。
そう心配するナインに、エーヴェは間延びする口調のまま強気で答えた。
それは彼がいたって冷静である事を如実に表している。そしてナインと再び同じ舞台に立てる喜びに満ちており、止められるようなものじゃない。
ナインもまた、楽しみなのだ。
止めたくないし、止められたくない。
「大丈夫だよぉ。僕は伴奏だけをやるから、さっきより地味めになるしねぇ」
「そうなの?」
「ふふ、さすがにさっきみたいのは、まだ連続では出来ないよぉ?」
「まだって事は、いつかは連続でやるの? 楽しそう!」
「楽しいよぉ~♪」
再び話しに花が咲き始めたところで、再びユウトが止める。
そんな事を4、5回繰り返して、時間が来てしまった。
「まったく、本当に何もやらなかったな……」
「失礼な! ちゃんと発声練習はしたよ?」
「単なるトークを発声練習にされちゃ、他の歌手に申し訳が立たない」
「えへへ」
「褒めてない」
ユウトはいつもどおり、ナインを叱ったり、抑えたりしているが、その表情は心なしか緩んでいる。彼もまたこのやり取りに緊張感を持ち込んでいない1人なのだ。
久々に合わせるのだ。細かい練習をする暇など、彼等には無い。というよりもそんな暇があるなら昔話に裂くのが彼等なので、意味は無い。
「名も無き練習曲その4、それから例の曲」
「ん」
だから、それも含めて『いつもどおり』にやろう。
彼等はいつだってそうしてきたのだから。
「久しぶりだねぇ、ナイン」
「うん」
「ね、約束、覚えてるぅ?」
「……うん」
懐かしさに思いを馳せ、ナインは不適な笑みを浮かべる。
彼等のスタイルは、常識破りの―― ぶっつけ本番。
練習はいつだって本番中だったし、今だってそうしようとしている。各々の呼吸を合わせるのは、歌う、その、一瞬前。
「じゃあ、いつものようにねぇ?」
「そう、だね」
―― あの約束を、もう一度。
2人は、並んで本番に臨む。
それは長年連れ添った者でなければ出せない、見事なまでに噛み合った歯車のような空気を感じさせた。誰が見ても安心感が、そこにある。
ユウトはステージに上がった2人を、舞台袖から見つめる。
まだ始まっていないが、期待と不安が入り混じるざわめきが会場を包んでいた。2階席にいる彼等は、元より心配などしていないが。
それは彼等のスタイルを知っているユウトも同じ。
今回も、いつもどおりなのだろう。と、安心していた。
……そこへ。
「ふふふっ、やっぱり良いコンビね」
「ですねぇ~」
「っ、誰だ!」
唐突に、気配が現れる。
嗅覚に優れたユウトは、嗅いだことの無いニオイを感じ、すぐさま顔を上げた。
そこにいると確信し、しかしステージの邪魔にならないよう小声で叫ぶという器用な真似をして。そこにいた2つの人影に、目を見開いた。
「……千鶴先生、と、要、せん、せぃ……?」
「あら凄い。すぐ気付いちゃったわ」
「本当ですぅ」
「予想していたよりは見た目が変わっていないけれど、全身真っ白よ、真っ白! 綺麗だわ!」
「全身真っ白って、十分見た目が変わっていると思いますよぉ……?」
ひそひそと。
しかしユウトには十二分に聞こえる程度の声量。
その声には、聞き覚えがあった。
……ぞわり、と。背筋に冷たいものが走ったおかげで、一瞬で確信する。
かつてのユウトに、薬品を零したり包丁などをばら撒いたりしてしまった教師だ。それ以来危険物にトラウマが出て恐ろしい事は起きなくなったが、よく生き延びられたな、とユウトは場違いに感心した。
何せ包丁を含むあらゆる物に触れられなくなったのだ。スプーンはともかくフォークと箸も使えなくなっていたので、逆にユウトの方が心配になっていた。
まぁ、彼自身カナメが苦手になったので、あからさまに心配は出来なかったのだが。
とりあえず、誕生日には絆創膏、包帯、消毒液、湿布、包帯、軟膏、包帯が定番だった。
包帯が多い理由は、お察しである。
「せ、んせい達も、来てたんですね。この世界に」
若干身を後退させつつ、しかも言葉に詰まったところで、カナメはチヅルの後ろに隠れてしまう。
羽のおかげで、十分その姿は隠れた。
そもそもその身体は、人間と比べ明らかに小さく、手の平サイズがピッタリくる大きさなのだ。前世では泣いても喚いてもチヅルの小さな身体では隠れきらなかった。
そんな事を思い出しつつ、警戒心MAXで彼女達を睨みつける。
「あぅ。まだせんせぇが苦手ですかぁ……? そうですよねぇ。ごめんなさいぃ~!」
「ユウト君があんな恐ろしい顔で睨むのは、最早治せないわ……それは貴方の責任だもの……! けどね、カナメ、泣くのは後よ。私達はここに、用があって来たのだから!」
相も変わらずややオーバーな語り口調で、チヅルはステージを指差した。
そして久々に聞いたチヅルの口調にポカンとしながら、ユウトは何とか首を傾げる。
「用、ですか?」
「そうよ! 教師がやる事といったら、1つしかないでしょう?!」
「うっ、うぅっ。これでも、私も先生ですぅ! がんばりますよぉ~!」
「え、何を」
「行くわよカナメ! 私達は、今から黒子! さぁ、あの子達の手伝いを!」
「ラジャですぅ!」
「だから、何を……あ」
ぴゅーん、と。騒ぎながら、彼女達は飛び出してしまった。ユウトはそれを、ただただ見ていることしか出来なかったのだった。
だがしかし。
彼女達が関わるのであれば、十中八九更に騒がしい毎日が始まるのだろうな、と。
ただ、頭を抱えた。
一方ステージ上。
それはまるで、御伽噺に出てくるような光景だった。
ルナ・ノア自体御伽噺のような世界ではあるが、そんな世界でも幻想的と呼ぶに相応しい光景が広がっていたのである。
ナインの言った『名も無き練習曲その4』とは、文字通り練習用に作り出した曲。
即興で生み出されたそれは、記憶しているだけで100通りはある。
初期に作り出された『名も無き練習曲その4』は、10歳よりも更に幼い彼等が生み出したため、かわいらしいものだ。
『名も無き練習曲その1』だと幼すぎるが、それは4番目に作り出したにしては出来が良く、程好い難易度と程好い雰囲気が楽しめる。
そしてそれは、練習曲であるために熟練度がえげつない事になっていた。
彼等にとって程好い難易度がどの程度かを考えれば、その曲が一般人に対し、どれだけ難しいものか分かるだろう。
「――~~……♪」
案の定、会場は開始2秒で、2人の作り出す絶妙な空気に引き込まれた。
幼さの残る声音に対し、大人びた表情と歌詞、そしてメロディー。作った当初より若干アレンジが加えられたそれは、前世で散々紡がれた音楽なのだ。
エーヴェの伴奏だけを楽しみにしていた者、ナインの歌に惚れている者。
会場にいた十人十色の観客達は、1人残らず彼等に視線を奪われた。
歌姫であるナイン。ピアニストであるエーヴェ。
この2人の奏でる音楽は、それぞれで聴いても完成度が非常に高い。しかしながら、それを聴いた者達は彼等の一曲が半分も過ぎる前に理解する。
どれだけ完成度が高くとも、彼女達がどれだけ独立して動く事が出来ても。
普段の彼等でさえも、未完成だったのだ、と。
加えて。
ステージの上空から、キラキラと光の粒子が降り注ぎ始める。
当然エーヴェはそんな演出などが無い事を知っているし、ナインもイレギュラーだと瞬時に判断した。
それでも冷静に歌い続けるのは、これがそもそも予定されていないステージだったから。
光の粒子は時折花の形に姿を変え、ステージを光の花園へと変える。
(……あぁ、なるほど)
青いバラ。
スイートピー。
ラナンキュラス……。
花のラインナップを横目で確認して、確信する。
(先生達、だねぇ)
(だよね! 後でお話聞かないと)
一瞬だけ互いに目線を合わせ、微笑みあう。
それだけで、上空から嬉しそうな気配が感じ取れた。
それは、ナインが花園の歌姫と呼ばれるようになった、最初の国外公演だった。
花言葉一覧
青いバラ
└夢叶う 不可能 奇跡 神の祝福
スイートピー
└門出 応援 優しい思い出
ラナンキュラス
└貴方は魅力に満ちている 光輝を放つ
青いバラの花言葉って、ナイン達にピッタリ過ぎる花言葉だと思います。




