44 フラワーパニック!
いつものようにトラブル発生回。
それは、お茶会の次の日に起こった。
無事にお茶会が終わり、いよいよ世界会議が行われようという日。空は黒い雲に覆われ、絶好とは程遠い会議日和になってしまう。
「雨でも降るのかしら」
『本日の降水確率は0%です』
「ロキに間違いは無い。傘はいらないね! あれ? じゃあ、雷は?」
『雷注意報の予定は現在ありません』
「じゃ、安心だね」
「そういうものなのか?」
ナインとロキ間で交わされる会話の内容に、思わず突っ込みを入れてしまうユウト。
問う形にしてはいるが、それは「そういう事じゃないだろう」と言っているようなものだ。思わず溜め息を吐いてしまう。
「……ティーチ、あの雲を調べてくれ」
『はい。……分析完了しました。闇の魔力が粒上の結晶となり集まっているようです』
「闇の、魔力だって?」
変わらない無表情のまま告げられた、いかにも不穏な単語に顔を顰める。だが、いざ会議室へ辿り着くとリリィが堂々とした面持ちで座っていた。
彼女の瞳は空を見つめており、彼女の口元は緩んでいた。
ひとまず大丈夫なのだろう。と、ユウトは判断する。
現状最強であろう彼女が余裕の態度を崩さないのだ。大抵のアクシデントは、リリィという存在そのものにねじ伏せられるはずだ。
……そう考えないと、安心できなかった。
先日、ナインやジャックと共に、とんでもない規模の悪ふざけをやらかした事は横に置いておいた。
横に置けるほど、彼女が頼もしく見えてしまったから。
―― しかし。
会議が始まった瞬間、ユウトは油断した事を後悔した。
花が物理的に浮かぶ空間の中、それは薄ら笑いを浮かべ、天井をすり抜けてやってきたのだ……!
「呼ばれてなくともジャジャジャジャーン!」
魔法があるこの世界の事だ。天井をすり抜けるくらいは出来るのだろう。そう解釈した転生組や、長寿のためそういった魔法があると知っていた年長達はともかく。
この時代に、天井をすり抜ける魔法があるという事を、頭のお堅い若者達は知らなかった。
当然、月の数より多く集まった月の代表者達は、耳を揃えて『侵入者』に驚いた。
加えて、突如として聞こえてきたかわいらしい声は、更に会場を混乱の渦へと落とし込む。
「どぉもミナサン! 初めまして~! 今日は何か重大なイベントがあるって聞いて、つい来ちゃったわけですよぉ。というわけで、ミナサンどーも楽しんでね!」
シルエットは子供。声からして女性。
黒いベールで隠された顔は、口元がかろうじて見える程度に覆われている。
露出の度合いが高めの、漆黒のドレスを纏う少女だ。彼女はもこもこした雲のような物体に乗っており、誰よりも目線は高い。
漆黒を纏っているのに、その雰囲気は途轍もなく明るく、場にそぐわなかった。
「ところで。今回わたくしめったら勝手に催し物を思いついちゃったのだよね!」
「……催し物?」
「そうそう! 我等が愛しのラルメアちゃんにも朗報だよ! な、な、なんと! このイベントには、ラルメアちゃんにも参加してもらうのだー!」
(強制なのか……)
突如として始まったラルメアと少女の口論に、冷静さを取り戻した者は多い。
ここに集まっているのは、国の、ひいては月の代表者なのだ。
極々一部を除き、トラブルには慣れていたり、逆に楽しもうとする者がいたりと、中々にカオスな空間と化していた。
ユウト達などは、最初の方で既に冷静さを取り戻していた類である。
突発的なトラブルなど、日常茶飯事なので。
「な、何故私がそんなものに参加しなければならないのですか!」
「だぁからぁ。月の代表者による脱出レースだよ? 面白いと思わない? 1位でゴールした『チーム』には、ちょっとしたご褒美をプレゼント♪」
両手をひらひらさせながら、少女は途方も無く楽しそうに語る。
ラルメアはそのかわいらしい顔にシワを寄せ、明らかな怒気を発しているが、少女はそれをも楽しそうに受け止めていた。
「そーいうわけでぇ~、いってらっさーぃ」
彼女は白く細い人差し指を、1本だけ立てる。
その指を、腕ごと下へ振り下ろす。
途端、ナイン達のいる部屋全体に、黒く光る魔法陣が現れる。
「くすくす。じゃ~ね~」
少女のそんな声が聞こえ終わる前に、少女以外の者達の姿が、会議室から姿を消した……。
気が付くと、ナイン達は真っ暗な空間にいた。
見渡す限り闇が続いている。ナインは自分以外にも誰かがいる事に気付いていたが。
人の呼吸音が聞こえたので。
「ユウト、いる?」
「ここにいる」
「わお、意外と近いね! うーん、ユウトは多分、暗視を使っているよね? 光を出しても大丈夫?」
スキル:暗視。光が一切無い空間内において、物を見る事の出来るスキルだ。その物体の色まで当てることは出来ないが、その形や距離なんかはハッキリわかるのだ。
ユウトはこのスキルを持っていたため、すぐにナインの傍へと来る事が出来たのである。
暗視ゴーグルと違い、急に光が当たってもスキルが切れるだけなのだが、ナインは一応断りを入れてからロキを呼び寄せた。
「お願いね、ロキ」
『はい。ナビスキル:ライトスプラウトを発動します』
ナインの声にロキが反応し、ナインの傍で光の粒子が弾けた。
光の粒子から、まるで植物が育つかのように光の線が伸びる。やがて光は柔らかな緑を帯び、先端に付いた光の粒だけが黄金色に輝いた。
「……何でお米?」
『お米ではなく、ライトスプラウトです』
「あ、そぉ」
見た目はお米。だが明かりとして申し分の無い光量を放つそれに、周囲から安堵の溜め息が漏れた。
「これでマトモに見えますね」
不安そうに呟くラルメア。
「ふむ、暗いままでも、我は良かったのだがな」
自信満々に言い放つリリィ。
「あーあ、こんな事ならランタン連れて来れば良かったー!」
駄々をこねるジャック。
「一匹だけなら連れてきたけど……そっちの方が明るいねー」
のんびりと話すシリル。
「ふえぇ……暗いの怖いのですぅう……」
まだ怖がっているクロウ。
そして、ナイン、ユウト、ロキ。+知らない2人。
立方体の形をした部屋に、この10名のみがいるようだ。ユウトはティーチとはぐれてしまったらしい。原因が先程の魔法陣である事は、疑う余地も無かった。
「ロキ、ティーチと連絡は取れるかな?」
『可能です。……繋がりました』
「早いね! さすがだね!」
『お褒めの言葉、ありがたく存じます』
恭しく一礼するロキに、その場にいるほとんどの者が視線を合わせる。ロキの傍に、ウィンドウが表示されたからだ。
そこには、同じようにライトスプラウトを発動させていたらしい、ティーチの姿があった。
「やっほー。ティーチ、そっちの様子はどうかな?」
『……ナイン様のお声が! ティーチ様、繋がったのですか!』
「ほぇ?」
ほんの少しだけ雑音の混じった、しかし聞き覚えのある女声が、ウィンドウの向こう側から聞こえる。
画面が揺れ、やがて映し出された視界に、その少女はいた。
『ああ、やはりナイン様でした! 良かった、ご無事だったのですね』
リミはあからさまにホッとした表情を浮かべた。その一方で、リミがここにいる事に驚愕したナインは、前のめりになって声を張り上げる。
「何でここにリミが?!」
『あ、その、ですね。空模様が不穏でしたので、急遽護衛が増やされる事になったのです。あ、各月の宮に伝達が来たので、私が勝手に来たわけではありませんよ?』
ナインは、クロウとユウトだけを連れてきた。クロウはともかく、ユウトは護衛兼執事である。こちらが歓迎する立場ではないので、人数を最小限に抑えたのだ。
クロウ? ナインが弟と離れたくなかったので、連れてきました。
「えっと、そっちは何人くらいいるの?」
『私とティーチ様を含め、10名です』
「という事は、アイツの言っていたチームというのは、各部屋に集められた10名前後のメンバーを指すのか。いささかパワーバランスに偏りがある気がしないでもないが……」
ユウトは部屋を見渡す。
リリィがいる時点で、既にパワーバランスも何もあったものではない。
一部一般市民――といっても王族だが――がいる事を除けば、最強種族の塊である。
『そ、そちらは本当に何が起こっても大丈夫そうですね。こちらは、その。戦力的な意味では、あまり頼りにならないかと』
リミは気まずそうに視線を逸らす。
ティーチが気を利かせたのか、カメラワークをリミ以外に移す。
見た目からして、学者っぽい人が大量に映っていた。
「あ、オウレンディアス様がいる」
『あぁ、はい。彼と私がいれば、トラブルのほとんどはまぁ大丈夫でしょう』
「でも、この場所って」
先程現れた、黒い少女の用意した脱出ゲーム。この場所の内容によっては、リミ達でも何とか出来ないという事もありえるのだ。
何にせよ情報が必要だと、ナインがロキに、この場所の事を尋ねようとした、その時。
ラルメアが、おずおずと手を挙げた。
「その。この場所は見た事があります。会場の地下にある、闇のダンジョン……その最下層だったかと」
「『……ダンジョン?!』」
ラルメアの言葉に、画面のこちら側と向こう側。どちらからも驚愕の声が上がる。
しかし、その単語に含まれた感情は、大まかに分けて2種類あった。
1つは絶望。
もう1つは期待。
空気が真っ二つに分かたれた。
「目指すはダンジョン制覇……燃えるね! 超燃えるシチュだよね!!」
「それで燃えるのはナインくらいだ」
「こんな燃えるシチュエーションはダンジョン以外ありませんわー!!」
「……まだいたか」
ユウトは呆れたように、自分達以外にいた、名前の知らない2人へと目を向ける。
見た目相応にはしゃぐナインと同じように、目をキラキラと輝かせ、そわそわと落ち着かずにいる人物が1人、いた。
何を隠そう、先日ナインに話しかけてきた、黄緑の月の代表者である。
彼女の名は― イドゥベリル=グーリスリーズ ―。ヒュミア国家の頂点に君臨する王族の1人だ。
国教はかの悪名高きハルバンナ教。……の中でも、穏健派で知られるルビルリ派と呼ばれる宗派。それは強硬派にして、ナイン達のいた森を焼き払おうとしたキュリエーテ派へ常に反抗していた宗派だ。龍を邪と捉える点は変わらないが、あくまでモンスターと区別するだけである。
つまりは、神聖視していないというだけである。
「ああ、何と運命的なのでしょう! まさか、黄緑の月の外でも、ダンジョンに潜れるとは!」
「殿下?! エディ殿下、早速ドレスを脱がないでください!」
イドゥベリル。愛称であるエディの名を呼ばれる彼女は、先日の冷たい態度を一変させて、探検服に身を包んでいた。
薄茶色の布地、金属質のヘルメット、厚底のスニーカー風ブーツと、王族らしからぬ探検モードまっしぐらな格好だった。
ナインは、そんな彼女に、一言呟いた。
「ダンジョンは」
「ロマン」
真剣な表情で吐かれたナインの言葉に、何の躊躇いも無く合わせられた言葉。
ナインとエディは、硬い握手を交わした……。
「って、何でだよ?!」
「ダンジョンだよ? ダンジョンはロマンだよ? それを理解できる人に、悪い人はいない!」
「同感ですわ! これでもダンジョンの多い黄緑の月では、国民から『探検姫』と呼ばれ親しまれているのです。ダンジョンにおいて、わたくし以上にダンジョンに詳しい王族は、魔王を除いていませんわ!」
「ふぁ、すごいよユウト! この人、めちゃくちゃ良い人だよ!」
姫、という単語に付いてはならない敬称である事は、彼女の付き人らしい騎士っぽい人の態度でわかる。彼は顔を手で覆い隠し、俯いていたからだ。
しかし目をキラキラと輝かせたナインと、そのナインに尊敬の眼差しを浴びせかけられたエディは、もう止められない。
ユウトも、エディの付き人も、落ち着かせるのを諦めてしまったのだ。
「あなた、ナインさんだったかしら」
「うん」
「あなたはたしか、龍でしたわね。しかしダンジョン好きという事は、絶対に良い龍ですわ」
どういう理論だ、とツッコミを入れる者は、いなかった。この1分足らずで、彼女の性格が何と無く察せてしまっていたので。
「ダンジョンを甘く見てはいけません。見た限り、初心者でしょう? 初心者のあなたには、わたくし自ら基本を教えて差し上げますわ」
「~~~ッ! 聞いた? ねぇ聞いたユウト! 教えてくれるって!」
「「「……」」」
世界会議という、ルナ・ノアにおいて最も重要であろう会議。そこへ乱入した侵入者による騒動。転移させられた未知のダンジョンを脱出しなければならないという状況。
決して、断じて、明らかに、楽観してはならない事だ。
しかし、ナイン達のはしゃぎようは、事の重大さを最大限に軽くしてしまっていた。
「レッツ、制覇!」
「「おー!」」
ナインにつられたクロウも加わった事で、雰囲気はこの上なく明るくなってしまった……。
「……リミ、お互いがんばろう」
『心中お察しします、ね』
悟りを開いたような、安らかな様子のユウトだったが……画面の向こう側にいるリミには、どうしようもなかった。




