37 遠いある日のかぼちゃ達
前回あやふやだった事。
ほくほくの甘いかぼちゃ。
それも、この世界で特に甘いといわれるランタンかぼちゃを、贅沢に、ふんだんに、これでもかというくらい使用した、かぼちゃプリン。
かぼちゃのランタン、ではない。
モンスターではなく、ただぼんやり光るというだけの魔法植物である。
魔力と栄養を蓄えるほどに、甘みと輝きが増す野菜だ。
文字通り黄金色に輝くそれを、リリィはとても愛おしそうに頬張った。
「美味しいね、これ」
ジャックも、いつも浮かべている笑顔を取り払っている。
懐かしさに目を細め、一口一口、とても大事そうに口に運んで行った。
リリィに用意された客室は、赤がふんだんに使われていた。
床、壁、天井、調度品の全てに赤や紅が使われ、非常に統一感のある部屋となっている。当然、ナインが急遽用意させた部屋だ。
リリィはというと、防御力皆無の真っ赤な下着に、透ける素材のネグリジェを着ている。
これを知らない者が見たら、非常に挑戦的で、かつ情熱的と感じていたかもしれない。だが寿命が長く、性的欲求の欠片くらいしか持ち合わせていない男共は、そんな姿を気にしない。
部屋が暑いのかな? くらいの感想だ。
もちろん、リリィも彼等が自分に見向きもしないと分かっているからこそ、そこまで大胆な衣装を着ていたのだ。昔からの付き合いが無ければ、ここまで大胆にはならないのだろうが……。
「ふふ、かぼちゃのプリンか。懐かしい」
「彼等はただ単に、かぼちゃのスイーツを作っただけだろうけどね」
「ああ。皆が皆、作り方を知っているわけではないだろう。我等は幸運だな」
「ほんとにねー」
軽い調子で、会話は進んでいく。
最古の魔族、そして、それに次ぐ年齢であるジャック。2人は、口調こそ軽いが、その視線は途轍もなく遠い過去を見つめていた。
「……何の話です?」
しかし、彼等の会話に混ざれなかったシリルは、おずおずと切り出す。
視線は、ソファでくつろぐリリィ、宙をふわふわと浮いているジャックを、交互にさまよった。
「あ、そっか。シリルは彼の事を知らないよね!」
「そうだな。シリルが生まれたのは、世界分裂後だからな」
「んー、そんな前だっけ? よく覚えているよね、リリィクレイル」
あはは、と口では笑って見せるが、ジャックの目は変わらず、ぼうっとどこかを見つめていた。
いつになく哀愁の漂う主君を前に、シリルは思わず狼狽してしまう。いつもならシリルの反応を窺って、反応が良くても、悪くても、突っかかってくるのに。
調子が狂う……。
思わず歪んだ表情を隠す様子も無く、シリルはリリィへと目線を移した。
「よく耳にする、あやつ、って人の話ですよね」
「うむ。そうだ」
「ナイン達に聞かせるとか言って、魔王の話に摩り替えたあれですよね」
「むっ、心外だな。あの後、長くなるからまた今度と、約束はつけておいたのだぞ?」
声音は不機嫌そうにしつつも、リリィの表情から笑顔が消えない。
やはりいつもと何かが違う。
そんな事を肌で感じつつ、シリルは黙って話に耳を傾けた。
「どこまで話したか。ああ、あやつが魔王になった話だったな」
「ええ。……あの時代、魔王の世代交代は頻繁に行われていましたね」
「そうだな。まぁ、5つあった魔王の席の内、1席は常に埋まっているがな」
そう言って、リリィはジャックへと視線をやった。
ジャック=ハロウィン。
常に仕事をサボる事を考え、ただただ楽しい事を求めてやまない、少年の姿をした―― 魔王。
かつて、分裂する前の世界を大いなる力による恐怖で支配した、魔神王の力を受け継ぐ者。
ジャックは魔族だが、本来短命とされる種族である。本来ただのヒュミアほども生きられないほど短命のモンスターが、人型にまで進化した上で魔族と交わり、生まれたのがジャックだからだ。
しかし、混血として生まれたにも拘らず、モンスター特有の進化により、純血種の魔族となった変り種でもある。
とはいえ、その寿命はデフォルトで永遠の命を持つリリィとは違い、ひどく短命だ。ヒュミア以上、魔族未満という、非常に微妙なものだった。
それに永遠を授けたのが……リリィ曰く「あやつ」の存在である。
ジャック自身、実の両親とは別に、父と呼んでいる人物でもあった。
「魔王って事は、ジャックが、あー。うちの陛下が生まれた時、リリィ様の傍に2人の魔王が? へー、そんな事があったのかぁ」
「うむ。と言っても、魔王はその時……6人、だったのだが」
「……はい?」
今まで散々、魔王は5人しかいない、それがルールだと聞かされて着たシリルにとって、リリィの言葉は寝耳に水だった。
思いっきり眉を寄せ、嫌悪感たっぷりに引いてみせる。
「ふふ、単純な話よ。魔神王の力は、未だ残っていた。それだけの事だ。それが巡り巡って、あやつに引き継がれた。とはいえ、今現在あやつがいないのだから、5席である事に変わりは無いがな」
「そして僕が魔王を降りる事は無いので、常に4席しか無いわけですなー!」
いつものようなふざけた喋り方で、ジャックは立ち上がった。
ゆっくり味わっていたはずのプリンが、もう空になっている。意識を逸らす物が無くなったため、いつもの調子に戻った……と、いうわけではない。
ジャックは座っているリリィの隣に、寝そべった。柔らかな横長のソファなので、多少身体が曲がるのを気にしなければ、寝そべる事が出来なくもない。
「魔王の力ってさ、それぞれ特色があるでしょ。僕みたいな『夢想』とか、深緑の月にいる『破壊』みたいな。あれと同じで、お父さんにも通り名みたいのがあったね」
「ああ……『絆』の事か。あの呼び方は好かぬな。やはり親に与えられた名の方が馴染む」
「他称もいいと思うけど? こう、みんなに認められた、って感じがしてさー! あ、僕の名前はお父さんがくれたから、気に入っているよ! 実の両親は、僕にイニシャルしか残してくれなかったしね」
ニコニコと微笑むジャックは、甘えるような目でリリィを見つめる。
すると、仕方無いと、諦めたようにリリィは微笑み、ジャックの頭を撫でた。
期待通りに撫でられた事で、ジャックは嬉しそうに目を瞑った。
「お父さんがね、作ってくれるお菓子。かぼちゃのプリンが多かった。大事な友達に教わった、貴重なレシピだって。忘れたくないから、他より多く作るって」
「不思議なものだ。随分昔に食べただけで、味を忘れたかと思ったが。とても似ている。滑らかな舌触り、甘さの加減、後掛け用のシロップを用意するところまで、あやつと同じだ」
「……? それって……」
おかしいのではないか、と、シリルは言おうとして、やめた。
考えてみれば、特におかしい事は無いのだ。
何故なら、リリィ達の言う、転生者で魔王の「あやつ」も。
ナインを筆頭とするユウトやクロウも。
同じ……「転生者」なのだから。
実のところ、ジャックは「お父さん」とナイン達を結び付けられていない。
しかし、リリィは違う。掴んだとある可能性に、確証を持っていた。
それが、リリィに笑みをもたらしていたのだ。
彼女の笑みが、シリルの抱いた疑問に対する、何よりの答えとなっていた。
「……シリル」
「はい」
「そなたは、何故ルナ・ノアが分裂したのか、知っているか?」
「えっと、たしか。今では黒の月と呼ばれる場所から、モンスターが溢れて、そのモンスターから逃げるために、世界を誰かが分割して……って、あれ?」
何かに気付き、シリルは恐る恐る、リリィを窺い見た。
リリィは幼い顔つきに似合わない、物悲しそうな表情でシリルを見つめる。
「我は、その一部始終を見ていた。今も時たま、黒の月へ赴くのは……あやつに会うためだ」
「ええっ! 黒の月に?! というか、そもそもその……その人って生きている、の、ですか?」
「当然! お父さんが死ぬわけ無いよ! というか、死んだら普通に6人目の魔王がどこかで生まれるし、そうなったらこの世界が大変な事になっちゃう!」
「……ッ?! ど、どういう……!」
「ジャック、そう怯えさせるな」
「でも、本当の事じゃん? お父さんがかろうじて、黒の月からモンスターが溢れださないように、当時から今の今まで封印しているんだからさ!」
ジャックの口から出た発現に、シリルは目を見開いた。
黒の月からモンスターが溢れ出す氾濫期があるのは、シリルも知っている。その度に勇者が現れ、鎮めている事も。
だが、何故モンスターが溢れるのか。そもそも、黒の月がどのような世界なのか。シリルは知らない。
そして、何故氾濫期という物があるのか。
そもそも、何故そのような世界とルナ・ノアが繋がっているのか。
もっとも、そこまで知っているのはリリィとジャックくらいしかいないのだが。
「……本当は、な。黒の月を完全に切り離し、ルナ・ノアを永遠に分割させる事も出来た。だが、それをしなかったのは、ひとえに、我のわがままだ」
「あ、ずるい! 僕のわがままもあるよ! むしろ僕のわがままだよ!」
「あぁ、そうだな。少し黙っていてくれ、ジャック」
「むぅ……」
頬を膨らませて、視線だけで抗議するジャック。しかしリリィが頭を撫でてやれば、すぐにふにゃん、と顔が緩む。
見た目はどちらも幼いものの、リリィとジャックが親子のように見えた。
場が少し和んだところで、再びリリィは話し始める。
しかし。
「黒の月が生まれた経緯は、まぁ、長くなるからやめるか。とはいえあと話せる事と言えば、あやつ。……トウリがどのようなお菓子や料理を作ってくれたのか、くらいか?」
「え」
結構聞きたかった部分が省略されてしまい、話題は別のものへ。
それも、重要と思われる「あやつ」の名前が出てきたのだが、そこは一切スルーである。
「あっ、それなら僕も言えるよ! えっとねー、オムライスでしょー、かぼちゃプリンでしょー」
「ありきたりすぎる! ロースとビーフは外せぬだろうが!」
「えっ、ええー……」
突っ込む余裕も無く、2人は言葉の合戦へと移行してしまった。
先刻までの大人しさが嘘のように、ジャックは目をキラキラと輝かせる。
それから夜遅くまで、ビーフシチューがどうの。サシミがどうのと口喧嘩は続く。
……本来睡眠欲の無い種族であるが故に、それは次の日の朝まで続いた。
ちなみに、2人の口喧嘩はちょっと意外な人物が止めた。
「おはようございます、なのです! って、ケンカはダメなのですー!」
「「むっ……」」
腕をパタパタと振るクロウの姿はかわいらしくて、乗り出していた身が下がったのだ。
そんな事があってから、リリィ、ジャック、クロウの3人は仲良くなっていく。
後に、魔族と龍の尊厳を保つ会……『魔龍連合』と呼ばれる組織の原型だ。
とはいえ、今はまだ、そんなものを作るとは、夢にも思っていない3人だった。
次回予告……のようなもの。
「何か、違う」




