28 夏の終わり3
ナインちゃん……ではなく、ユウト君が活躍する話。
ユウトは屋根を伝って移動していた。
ユウトはナインと違い、元が狼だ。飛ぶには少々面倒な過程があった。
それに、その飛ぶというのも、感覚的には走っているのと変わらない。何故なら、足場となる魔力を固めて、そこを蹴って移動するというものだから。
もしかすると他に飛び方があるかもしれない。
だが、それを知ったとして、練習する暇など今は無い。
そういうわけで、ユウトは屋根の上を軽い足取りで駆けていた。
最初は誤って、蹴る度に破壊していた屋根達。今ではきちんと加減が出来、かつ覚えたての魔法も駆使して走っている。
その技術レベルは、世界基準を遥かに上回っていた。
当然、ユウトは何も知らないが。
「ナインの変装姿、か」
脳裏に思い浮かべるのは、髪を短く切り、所々跳ねさせ、白と水色のグラデーションを演出しているナインの姿。
そこにスイカの仮面をプラスし、イメージする。
そもそもスイカの仮面とは何なのか。
色々と疑問は浮かぶが、ともかくユウトは条件に合う人物を探す。
まずは、ナインが辿った道をそのまま辿る。彼女は空を飛んで移動していたため、地上からではやや難易度が高い捜索なのだが、ユウトには児戯に等しい。
狼だからなのか、嗅覚には優れているのだ。
時折胸いっぱいに空気を吸い込み、上空に残るナインの匂いを辿りつつ、ターゲットの捜索。
かつて勉強机を前に、予習復習レポート纏めに夕飯の献立を、ほぼ同時進行でやった時よりかはマシだった。定期試験間近だったために、最後の詰め込みが重なったあの時よりは。
頭と身体、どちらにも役割が分担できる分、楽である。
そんな事を思い返す余裕が生まれるほどに。
「……いた」
ユウトの瞳が、光る。
瞬間、彼の瞳に捉えられた少年の元へ、一瞬で舞い降りた。
……人のいない、路地裏。
不気味な月明かりに照らされて、少年は大量のかぼちゃのランタンに囲まれて、そこにいた。
「やぁ、面白そうな事をしているじゃないか!」
『ナイカ♪』
彼は仮面を外していた。
外して、頭の横に付けていた。
見れば見るほど、ナインそっくりな容姿だ。ユウトは刹那戸惑って、気を引き締める。
少年は、楽しそうにくるりとその場で一回転した。
「ね、ね。君、ここの人でしょ? 次の花火は、いつ上がる?」
「は? 花火?」
「せっかく暗くしたのに、全然花火が上がらなくって。待ちくたびれちゃったよー!」
盛大に口を尖らせ、少年はじたばたする。
少年は大きなかぼちゃに乗っていた。オレンジ色のかぼちゃには青白い蔓が絡み付いており、やはり目と口が彫られて、その奥に炎が灯っている。
足を組み、まるで王のような威圧を放つ少年。
態度の大きい彼の雰囲気は、とても不思議で、とても魅力的で。
本能的に、敵対心を削がれていく。
まるで、そう。
ナインのような、心地よい何かを感じさせた。
だが。
「あれは、ナインじゃ、ない」
声も、匂いも、ナインとは違う。
妙に疼く心を抑えて、ユウトは声を振り絞った。
「花火は、上げられない」
「えっ、何で?! もう暗いのにー!」
『ニー! ニー!!』
少年と同調するかのように、かぼちゃのランタン達が上下へ激しく揺れる。彫られた目や口の形は変わらないが、声が、怒っていた。
文句を言っているらしいと、ユウトにも伝わる。
「そもそも、花火は決められた時間に上げる事になっている。暗くなったからって、上がるものじゃない。天候によっても左右される、デリケートな夏の風物詩だ」
ランタン達を幾つか押しのけ、ユウトは少年へ近付く。
「最終日という事で、盛大に上げるつもりだったがな。こんなよく分からない現象が起きていたら、最悪、中止になるぞ!」
「えー! 〝せっかく暗くしたのに〟そんなつまんない事するの? ありえない! ずっとずっと、花火を上げていれば、凄く面白そうなのにー!」
少年は頬を大きく膨らませ、怒りを露にする。
と同時に、ユウトは確信した。
『せっかく暗くしたのに』と言った彼こそが、あの空を作り出した張本人なのだ。
つまり、彼は魔族であり、強い力の持ち主という事でもある。
「決ーめた。花火を上げるまで、君と遊んであげる」
少年はふてくされて、かぼちゃのランタンから飛び降りる。しかし何やら不穏な思い付きをしたのか、口の端が歪んだ。
ナインが何やら企んでいる時と似た、不穏な何かを感じ取るユウト。
「そうだ! 僕が勝ったら、明日も明後日も、ずっとずぅっと花火を上げてよね! あれ、面白いから!」
楽しそうにそう告げて、準備運動を始める少年。
加えて、その提案は、ユウトには受け入れ難いものがあった。
花火は夏の風物詩。あらゆる地域で若干時期は異なるものの、祭りなんかの特別な日に上げられる、儚い花なのだ。
毎日毎日上げられては、思い出でも何でも無い、日常となってしまう。
それは、日本人としての美学に反した。
お祭りは、たまにやるからこそ楽しいのだ。
「さて、何で遊ぼうかなぁ。普通に戦ってみる? 暇つぶしには最適だよねぇ」
強い種族とはいえ、ユウトはまだ幼体だ。彼が敵うかどうかを問われれば、十人中十人が「NO」と答える実力の差がある。
つまり、ここでの戦闘は無意味。
すぐにでも逃げ出したいが、それではこの非常事態は終息しない。
とはいえ戦うとなると、十中八九周囲に影響が及ぶ。
「追いかけっこは、こっちが苦手なんだよなー……」
ユウトの了承も得ずに、勝手に決めてばかりの少年。
しばらくぶつぶつと呟いていたが、カッと目を見開くと、満面の笑みを浮かべる。
ますます、ユウトは嫌な予感を覚えた。
「よし、決めたよ! かくれんぼにしよう!」
「……は?」
「100数えてね! その間に、俺が隠れるから! フィールドはこの結界内。要するに街全体だ。建物の中は厳禁! うん、これで良いと思う。魔法のカモフラージュ無しで、制限時間は3時間。
この間に俺が見つかったら、大人しく結界を解除してやる。でも見つけられなかったら、毎日花火を上げてもらうからな!」
伸ばした人差し指をユウトにつきつける少年は、とても活き活きとした様子だった。
「ほい、始め!」
『イチ! ニィ!』
「え、そっちが数えんの?!」
かぼちゃ達が、走り去る少年の姿をくらませる。
と同時に、数を数え始めた。
100数え終わるまで、ランタン達はユウトの前から退く事は無かった。
ちなみに。
ユウトは鼻がとても良いので、その後5分以内に少年を見つけてしまった。
あまりに速すぎて特筆すべき事がない。
とりあえず、少年の首根っこを引っ張ってきたユウトに、ナインがくっついて大騒ぎになった事だけ書いておく。
後に龍祭りの終わらない夜事件と呼ばれることとなる事件は、以上が全貌であった。
また。
龍祭りの最終日に行われる、大かくれんぼ大会も、この一件から始まったという。




