19 宣誓の刻
書いていたら思いの他長くなりました。
というわけで、2話に分けます!
こちらは1話目です。
輝く金髪のショートヘア。
透き通ったエメラルド色の瞳。
金糸や大きな宝石がふんだんに使われた軍服に似た服。
いつだったか少女マンガで見たような、現実では絶対にいないと思える美の化身。
そう思わせる青年が、応接間にいた。
「急に来訪したのはこちらです。こうして謁見できた事を光栄に思います……ナイン殿」
「こちらこそ。この地は未だ『国』として認められてはいませんから、陛下のような貴きお方をお迎え出来たこと、とても光栄ですわ」
ナインが微笑むと、オウレンディアスとその側近、ゼバンも笑みを返した。
しかし、その裏では驚愕に打ち震える。
龍である事は、ナインから漏れ出る力の波動で理解している。だが、その見た目はとてもじゃないが大人と言うには幼すぎる。
だが、緊張を全く感じさせない、堂々としたナインの様子には驚かされた。
まるで、目の前にいるのは友達だと言われているような。それでいて態度だけは貴族のそれなのだから、混乱するのも無理は無い。
だが、混乱はそう長く続かない。
意表を突かれはしたが、オウレンディアスは王族だ。驚いてばかりもいられないのである。
とはいえ、ナインが彼等の向かいに設置されたソファに座るまでは、呆然とナインを眺めていたが。
「先日、第四王子がお生まれになったとか。お祝い申し上げますわ」
「ははは。顔立ちが我が妻に似ておりまして。私に似ているのは、せいぜいが目元くらいなのですよ。まあ男児ならば、私に似ない方が良いかもしれませんが」
オウレンディアスは、言われてみれば中性的な顔立ちをしていた。言われてみれば、という程度で、女性的ではないのだが、本人はそれをかなり気にしていた。
彼の息子はほぼ全員、中性的なかわいらしさのある、かっこかわいい男性である。
オウレンディアスの雰囲気が暗くなってきた所で、ナインは話を切り出した。
「……それで、ご用向きは何なのでしょう? 夕刻には祭事がありますので、それまでに終わる用件なのでしょうか?」
「ええ。しかしあまり時間は無いようですし、早速。ゼバン」
「はい」
オウレンディアスの後ろに控えていたゼバンが、真剣な面持ちで前へと歩み出る。
彼は懐に手を差し入れ、巻物を1つ取り出した。明らかに胸ポケットにしまえる大きさではないが、それを言ったら何も無いところから大きな水瓶を取り出すナインも同じようなもの。
単に、異次元へ収納した物を取り出しただけである。
ゼバンは取り出した巻物を、そのままオウレンディアスに差し出した。
「陛下、ここに」
「うむ。……さて。この国の、今現在における最高責任者、ナイン殿。こちらを」
紐の封を解き、A4用紙ほどの紙部分を広げるオウレンディアス。艶のある木の棒に巻かれていた白い紙には、黒いインクで文字が綴られていた。
内容は……。
「……この土地を、国と認める……契約書ですか」
「ええ。我等エルディラには、龍の血が流れております。ですから、例の件には、我が国の全国民が憤慨いたしました。この『月』に通じる扉を持つ有数の一国家として、例の件へはそれなりの対応をいたします。まず、あの事件の発端となった宗教の弾圧などをし、人間を代表して、龍種に対する誠意を締めさせていただきたく。
また、この地が国となる事で、この地が戦火に巻き込まれる可能性を減退させる意図がある、とお聞きしまして。我が国の力でこの地を独立国家と認めれば、他国もそれを認めるしかありません」
真剣な面持ちから一転、にっこりと浮かべられた満面の笑顔。
ナインはその笑顔から、ただならぬ冷気を感じ取った。
それは、ナインではない誰かに向けられた、殺気に他ならなかった。
龍を嫌うハルバンナ教は、龍を心から信奉するエルディラ五国連邦にとって目障りでしかなかった。しかしこれまでは信徒の一部が嫌味を言ってくる程度で実害は無く、手が出せなかったのである。
それが今回、龍種そのものへ攻撃された事で、それらを攻撃する大義名分が生まれた。
事件から実に一ヶ月の間に、全体の9割ものハルバンナ教信徒が捕縛された。先日の作戦で、少なからぬ信徒を失っていたため数は少なかったが……。
一部の司教や教皇などは、既に処刑の日取りまで決まっていた。
エルディラ五国連邦。中でも最も大きい領土を擁する、オウレンディアスの国。クロスエルディラ王国は積極的に信徒を炙り出していた。
もちろん、中には冤罪人も何人かいたが、そこは鑑定を使える者が選別したので間違い無い。
更に、大多数の信徒が一種の洗脳を受けていた事もあり、彼等の抱えていた孤児と共に、オウレンディアスの国が保護した。
あらゆる点で世界最強の種族、龍。
力は弱いが仲間意識の強い種族、妖精。
エルディラとは、この2種族を足して割ったような、それも両種族の良い所を煮詰めたような種族。これはエルディラが奇跡の種族と呼ばれている事からも分かるように、正に奇跡的な進化だ。
混血による種族の変化には、退化もある。加えて人間という、全種族中際弱と呼ばれる生物の血も混じっていて最強なのだ。
あらゆる弱体要素を掻い潜った奇跡の種族、エルディラ。
その王が決めた事は、国民全員が守るべき絶対の命令。
オウレンディアスが戦争すると言えば、それは戦争と読んで大量虐殺と言うが如き力の保持者。
オウレンディアス王との繋がりは、誰もが欲しがる国益だ。
かの国は、鉱山、海、山といった自然豊かな国である。加えて広い領土を利用した牧畜や農作などが盛んなのだ。食べ物は何でも素材そのものが美味しくなり、毎年腐るほどに余る作物は、貧しい他国へと届けられるから無駄が無い。
大国の領土に見合う人の数も擁しているため、その戦闘力は計り知れない。
豊かで、安全で、平和。
この好条件でありながら、他国から狙われないエルディラ五国連邦は、誰もが羨む国であると言えた。
加工物の生産は、数千年の歴史で一ミリたりとも進化していないが、それもお国柄である。
「……この地は、薬草、聖水などくらいしか輸出できませんが」
「それだけと仰いますが、このエリア3の薬草の価値を、ナイン殿は知らないようですね。これから相場が変わっていくのでしょうが、現時点での相場は、薬草1枚分に対し白金貨5枚はくだらない」
「……白金貨」
ナインは少し驚いてみせる。
が。
この世界のお金が、前世におけるどの程度の価値なのかを全く知らないナインは、イマイチ驚きに欠けてしまう。
金貨がとても価値が高い事は何と無く分かる。
白という単語が付いているなら、更にその上なのだろう。
そう察する事は出来ても、実感が無いので驚きと結びつかなかった。
そこに、ロキがふよふよと飛んで来た。
ずっとナインの隣にいたのだが、当然、この場ではナイン以外には見えない。
『ロキ』
『はい。ナイン』
ナインは暇に任せて色々な事を試していた。それは体術であり、小規模な魔法であり、ロキとのコミュニケーションである。
その時に気付いたのが、ロキとは念話で話せるという事であった。
厳密には、ロキがナインなどの思考を読んでいるだけなのだが。
『白金貨って、元の世界だとどのくらいの価値なのかな?』
『はい。白金貨は1枚につき百万円と同一の価値を持ちます。またこの世界の金銭の単位はクランドです。円と同じように使える世界共通通貨であり、今回の場合、5百万クランドとなります』
『ふむふむ……は?』
傍目には微笑んでいるように見えるナインだが、内心ではこの世界に来て最高の驚愕に呆然としていた。そこら辺に生えていた葉っぱが、たった一枚で5百万円である。
そこら辺の葉っぱをすり潰して、そこら辺にある果実と合わせて飲む。それだけで味も性能も最高品質のポーションとなってしまうのだ。
薬草は龍の里の至る所に生えていた物。雑草のように強く、どれだけ引っこ抜いても次から次へと伸びてくる。ナインが回復させた草は特に強く、抜いた次の日には一回り大きな薬草が生えているのだ。それらの薬草は干からびるのも早く、干からびるとお茶として煮出すのに使われる。
里の外に持ち出すなど、時間停止の収納鞄がなければ無理だ。
だからこそ、その場で加工したポーションの状態で取引されていた。
ナイン達龍の感覚からすればいくらでも作れる便利な薬だが、歩いて数日もかかる移動に、果実と薬草を混ぜただけのジュースが保つはずも無く。
人間達の間では、このポーションを幻としていた。
「その薬草から作り出されたポーションは、薄めても素晴らしい効力を発揮する物となる。それを私達エルディラの大国が、この地の……いえ、この国公認で販売する事で、この国の存在意義を各国に知らしめる事が出来るのです。
今後、あのような、利益度外視の奇襲作戦など、行えなくなるわけです。もっとも、そのような龍殲滅の思想を持つ輩など、我等が1人残らず滅しますが」
再び笑顔のブリザードが吹き荒れる。
「……なるほど。ですが、聞いた限りですと、そちらに見合う利益が見当たらないようですが?」
「利益ならありますとも。我等エルディラは、龍を信奉する一族。それが現実に出会い、対話できる。これ以上の悦びはありません」
「ふふ、お上手ですね」
「事実ですから」
お互いににっこりと微笑んで、ナインは今一度目の前の契約書を一瞥した。
ここに『悪意』があったなら。
王が龍を利用し、莫大な利益を得ようとしていたならば。
龍が王を利用し、他国への圧力を益々高めようとしていたならば。
契約内容にじっくりと、それでいて迅速に目を通す。そこには、平和を謳う少女と少年の絵が、透かしで描かれていた。
ロキ曰く。
『この契約術式は、一定以上の悪意を跳ね除ける効果があります。契約者の誰かが悪意、また不条理な打算を抱えていた場合、契約は成立しません』
との事。
信用、信頼、信奉。
それらが無ければ成立出来ない契約書は、実にナイン好みの代物だった。
「オウレンディアス陛下。最後の確認ですわ。……よろしいのですね?」
「ええ。我等エルディラ五国連邦は、この地を国と認め、我等の血族が絶えるまで貴国を支援、守護し続けることを誓いましょう」
「では……この後、お時間はありまして?」
「時間ですか。ええ、ありますとも」
ナインが何をしようとしているのか。それを悟ったからこそ、オウレンディアスは笑みを浮かべる。
それを悟るオウレンディアスの察しのよさに、ナインは笑みを深めた。
ナインは、ゼバンから手渡されたインク付きのペンを、手に取った。




