エピローグ
エピローグ
かけるは、小鳥の囀る声で爽やかな朝を迎えた。かけるが起きた時にはまだ皆寝ていた。
美樹が一番寝相が悪く、掛けてあった毛布を蹴り飛ばし、頭の位置も皆と逆になってお、大の字になって、鼾をかいて、気持ちよさそうに寝ていた。朝方で多少肌寒い。かけるは美樹の毛布を掛けてあげた。
そして起き上がって、ふと自分の姿を見た。かけるの服が富士の樹海を探検した時に着ていた服に変わっていた。長いこと向こうの世界にいたので、富士の樹海に出発した時の服は捨てて、向こうの世界で服を買っていたのだ。それが、前の服に戻っていた。
「ワーオ!」かけるの目は大きく見開き驚きの声を上げた。さらに洞穴の外に出て、窪地から駆け上がって周囲を見渡した。
ゴルゲ国のコロラン樹海は道が整っているが、かけるが見た風景は鬱蒼とした樹木が拡がっている。
「富士の樹海だぁ!帰ってきたんだ!」とかけるは思わず叫んでいた。かけるの言葉に寝ていた六人が起き出して来た。
「本当に戻って来たの?」と加奈が言った。
「なんか、嘘みたいだな!本当に本当?」とホルヘが言った。
皆、急いで窪地を駆け上がり周囲の状況を見渡した。
鬱蒼とした木々の中に白い紐が結ばれている。
「おい、あの時の白い紐があるままだぜ。今度こそ、この富士の樹海を抜けられるのか?」とキムが言った。
「おかしいわね!私達、向こうの世界で相当の時間が経ったはずよ!それなのに、木々に結ばれている白い紐がそのまま残っている。しかも結ばれた時と同じ様な状態で……」とキャサリンが言った。
キャサリンに言われてみると確かにその通りだった。白い紐が残っているのもおかしいが、誰もここまで入って来なくても時が経てば、その白い紐が汚れたり自然に外れたりするものだ。
「もしかして、浦島太郎の逆でワープの様に時間を短縮したのかしら?向こうの世界で経った時間は、こちらの世界では全く時間が経っていないってこと?」と加奈が言った。
「とにかく、この富士の樹海を抜け出そう!」とかけるが言った。
「抜け出すって、また迷うんじゃねぇか?」と俊一が言った。
「俊一、透視出来ないのか?」とホルヘが訊いた。
そう言われて思い出した様に、皆自分の向こうの世界での能力を使ってみようとした。
俊一は目に力を入れたが「ダメだ!出来ない」と言った。
「私もダメ、何も聞き取れない!」と加奈が言った。
「僕も飛べない」とかけるは言った。
「私もダメだわ。向こうの世界での、データとしての情報も全て失われてる」とキャサリンが言った。
「ダメだ!俺も速く動けない」とホルヘが言った。
キムは木に抱きつき引っこ抜こうとしたがダメだった。
美樹は木に正拳突きをしたが、拳が痛くて飛び上がった。
皆の能力は全て失われていた。
「なくなっちゃったね!失うと分かっていても、ちょっぴり寂しいね」と加奈が両手を軽く上げて仕方ないといったポーズをした。
「失ったものを悔やむのは止めよう!僕達はこれからの自分を自分で創って行くんだから。さぁ、道に迷いながらも帰ろうか!」とかけるは皆の顔を見渡した。皆から笑顔が返ってきた。
皆、荷物をまとめて、不思議な冒険に連れて行かれた洞穴を後にした。帰り道は白い紐を辿って行くと、今度は迷うことなく樹海を抜けた。
あの時、樹海を抜けようとしていた時には、そこら中に白い紐があり迷ってしまった樹海であったが、今回は白い紐が来た道を指しており、沢山の白い紐に惑わされることも無かったのだ。
「あの時はコーネリアの仕業だったのかな?」とキムが言った。
「そうかも知れないね!僕達を冒険に招待してくれたのかもね」とかけるは言った。
あの時の沢山の白い紐が、誰の仕業であろうと今のかける達にとっては文句などなかった。むしろ、素敵な冒険に招待してくれた人に感謝したい気持ちであった。
樹海を出た所にキムが運転してきた車があった。
「そうよ!これがあればもっと楽に冒険できたのにぃ」と加奈が悔しそうに言った。加奈は重いのが嫌だったので多くの荷物をキムの車の中に入れっぱなしにしていたのだ。
こうして皆の長い冒険の旅が終わって其々(それぞれ)の家に帰った。やはり、富士の樹海に行って一夜を過ごしてコロラン樹海から、向こうの世界で長いこと暮らしていたのだが、時間は戻っていて、富士の樹海で一夜を明かした日付になっていた。
其々の家に帰った七人は今回の冒険のことは、七人だけの秘密にしようと誓った。誰に言っても信じてくれないだろうし、七人の秘密は七人だけで共有していたいと考えたからだ。七人は、また何事もない様に日常の生活に戻った。
ある日、学校であのいじめっこの佐伯和雄が、仲間二人を連れて、クラスにいたかけるの所にやってきた。
「おい、かける!焼きソバパン買って来い!」と命令して、かけるの机を軽く蹴った。
「あの野郎、懲りもせず!」と美樹が助けに行こうとするのを、キャサリンが止めた。
「嫌だ!」とかけるははっきりと言った。
「何だと、俺の耳が悪くなったのかな?もう一度言ってみろ!」と和雄は凄んでみせた。
「何度でもはっきりと言ってやる!嫌だ!お前の言うことなんてきかない!」とかけるの言葉には強い意志がこめられていた。
「貴様、随分偉そうなこと言うじゃねえか!てめぇは言われたことを、素直に聞いてりゃいいんだよ!」と和雄はかけるの胸倉を掴み上げ凄んだ。そこで、クラスの中の生徒達の目を感じた和雄は言った。
「ちょっと屋上まで来いや!思い知らせてやる!」と言って、かけるを席から引っ張り出した。和雄の仲間はにやけて笑っていた。
かけるは屋上に、黙って和雄達の後を付いて行った。
屋上に出たかけるを和雄はいきなりぶん殴った。
かけるは思念を集中させた。かけるが向こうの世界で念力を使う時のポーズだ。だが何も起こらなかった。つい癖になっていたのだ。
和雄はかけるを好き放題に殴ったり蹴ったりした。
屋上の物陰で見ていた美樹が出て行こうとするのを、ホルヘが止めた。
かけるもパンチを和雄に繰り出したが、かけるのパンチにはスピードもなく腰も入っていないために、和雄に簡単に手で払われた。そしてまた殴られた。
何度殴られても蹴られても、かけるは立ち上がって和雄に向かって行った。やがて顔はぼこぼこになり、目の上は腫れ上がって幽霊の様な顔になり、制服は埃だらけになっても、かけるの目は決して負けていなかった。
かけるは和雄の手を掴んで噛み付いた。
思わず和雄は悲鳴を上げた。
「放しやがれ!この野郎!」と言って、それまで黙って見ていた和雄の仲間がかけるを殴った。かけるはそれでもスッポンの様に和雄の手に噛み付いて離さなかった。
「うぅぅ」
和雄の仲間達が、何度もかけるを殴ったり蹴ったりして、かけるは噛んでいた和雄の手を放して蹲った。
「もう行こうぜ!こんな奴、気味悪いぜ!」と和雄が行って行こうとしたが、かけるは蹲りながら、和雄の足に抱きつき離さなかった。
和雄と仲間は、何度か蹲っているかけるに蹴りを入れて、かけるを離すと、かけるから逃げる様に走って去って行った。
和雄達が行ってしまってから美樹達がかけるの周りにやってきた。美樹だけではなく、加奈やキャサリンやキムやホルヘや俊一まで冒険した仲間が一緒だった。
かけるの顔は腫れ上がり、目の上や唇、そして鼻から血が出ていた。青いブレザーは埃だらけで白くなっていた。ブレザーやズボンに足跡がつけられ、上履きは脱げて転がっており、見るも無残な酷い状態だった。かけるは蹲ったまま腹を押さえて動けなかった。
美樹はかけるの頭を抱えて、自分の膝を枕に寝かせた。その周りを皆が囲んだ。
「ホルヘ、何で止めたのよ!あたしならあんな奴ら倒せるのに!」と美樹が言った。
かけるはかすれがすれの声で言った。
「……みっ美樹、いいんだ!僕は自分の未来は自分で創るって決めたんだ!もう逃げない!いじめられても逃げないんだ!それは僕がやらないといけないことだ。僕の人生だからね!」とかけるは途切れ途切れに息を吐き出す様に言って軽く咳き込み唾を吐いた。血が雑じっていた。そこで、皆に心配掛けないように笑おうとして、引きつった痛そうな顔をした。
「あんた、馬鹿よ!大馬鹿者よ!」と美樹はかけるの頭を抱き締めた。美樹の顔は涙で一杯だった。
「かける、お前は凄い奴だな!最高にカッコよかったよ!俺もお前に習って自分の人生は自分で創るよ!」とキムが言った。
皆キムと同じ気持ちだった。殴られても蹴られても負けずに、自分の人生から逃げることなく、戦ったかけるを見て感動していたのだ。
かけるはその後、いじめられることがなくなった。
変わったのはかけるだけではない。
美樹は空手大会で念願の優勝を果たした。
ホルヘは水泳からダイビングに転向した。
キムはレーサーの道を歩むことにした、ボディービルよりも本当に好きなことを見つけたのだ。
ホルヘもキムも向こうの世界での経験がやりたい事だと気付いたのだ。
キャサリンは、とっつきにくいと思われていた性格を一変して自分から女の子達のグループに入って、他の女の子達と女の子らしく話す様になった。
加奈は自分のお嬢様の仮面を脱ぎ、ありのままの自分を曝け出して生きる様になった。それで皆の人気が下がるどころか、その方が人間らしく映り、また加奈の人気は高まった。
俊一は覗きなどを止めて、彼女にもてる自分を演出することで彼女が出来る様になった。その彼女は俊一がデブでも何でも、そのままの俊一を好きでいてくれたのだ。
かけるはいじめられなくなっただけでなく、自分に自信が出てきて活発に行動するようになり、生徒会長に立候補した。いじめられて卑屈になっていた時には、考えもしなかったことだ。
そして生徒会会長の選挙戦を戦い終えた時、かけるは生徒会長に当選した。それも二位とは、大差をつけての当選となった。
自信に満ち溢れたかけるは、いじめられっこの時は、誰もついてくるどころか助けてくれなかったし、かけるがいじめられていても見て見ぬ振りしていたが、かけるが自信にあふれた姿に変わってから、誰もがかけるに魅力を感じて信頼する様になったのだ。
かけるの生徒会長戦をサポートしたのは美樹だった。かけるは生徒会長に当選した日、夜遅くまでいろんな雑務があって、終わってから美樹と一緒に帰った。夜もちょっぴり遅く暗くなっていた。
「美樹、いろいろありがとう。君のおかげで当選できたよ」
「まぁね!恩に感じているなら何か頂戴!」
「何がいい?何でもおごるよ!美樹には本当に感謝しているんだから」
「それだったらねぇ!……キッキ……、やっぱり言うの止めた」
「何だよ!そこまで言ったんだから言えよ!」
「やっぱり止めた。だって恥かしいもん」
「なんだよ!言えよ!言わないとくすぐっちゃうぞ」と言ってかけるは美樹を擽った。
美樹は「止めて!」と言って逃げていたが、かけるに掴まり笑いながらもだえた。
そして二人の距離がいつになく近くなり、かけると美樹の顔が近付いていた。二人とも息が触れ合う程、間近に相手の顔を感じ、意識して赤くなってしまい慌てて離れた。
「みっ美樹、さっきの欲しいものってなんだい?」
「もっもういいわよ!そんなこと」
「それじゃぁ、僕が欲しいもの言ってもいいかなぁ?」と言って、かけるは美樹の方を向いた。かけるに対して、俯き加減の横顔を見せている美樹は、頬が紅く目が潤んでいた。かけるの心は早鐘の様にときめいた。
「何よ!生徒会長当選のお祝いに何でも……」と美樹がかけるの方を向いて、かけるの問いに応えようとした美樹の唇に、暖かくて柔らかくて濡れたものが触れた。美樹の唇を、かけるの唇が優しく塞いでいた。美樹は驚いて暫く目をぱちくりさせていたが、やがてうっとりと溶ける様に瞳を閉じた。長い様で数秒のことだったのかも知れない。
「ありがとう!僕の欲しいものはもう貰ったよ!」とかけるは言って駆け出した。
「もう、ずるい、絶対許さないんだからぁ!」と美樹はかけるの後を走って追った。
二人は笑いながら夜の街を駈けて行った。




