↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
導きの火 ー千年を語り継ぐ八咫烏  作者: 忍びでござる
第六章 承久の乱 ー朝廷と武家ー
PR
38/43

第三話 「諫めの文」

承久3年5月中旬、評定の結論を受け、八咫彦が帝へ返す文を固める。文には「今は戦の時期ではない」「今戦えば世情が乱れる」の二つが書かれ、十文字 倭の検証の紙が添えられる。評定では文の字句を巡って五羽の烏が意見を出し、文は影の者(七)が商いの道で京まで運び、帝の政務の机に届ける。文を返した後も京では戦の準備が止まらず、烏たちは帝の返事を待つ。

登場人物 八咫彦(宗家)。十文字 倭(情報と分析)。鷲尾 為景(政務と均衡)。諏訪 之忠(実力行使と戦)。瀬戸 嘉衛(財と物流)。八重樫 詞房(外交と交渉)。影の者(七)(藍色)。影の者(伍)(緋色)。

【場面①】 承久3年5月中旬 八咫烏の社・評定の間


朝。評定の間の机の上に、八重樫 詞房が書いた文の下書きと

十文字 倭が清書した事実の紙が並べられていた。

朝の光が東の御簾から斜めに入り、紙の面を白く照らしている。

香炉の代わりに置かれた燈明の火は朝の内に消され

間の中には紙と墨の匂いだけが残っていた。

床の五色の符は、持ち主の帰りの順に揃えられ、北の壁の黒い羽の下で

前日と同じ位置に置かれていた。

五羽の烏がそろい、八咫彦が文の下書きを持ち上げた。


八咫彦:「読み上げます。『院の仰せ、承りました。

  されど、様々な検証の結果、今は戦の時期ではありません。

  東国の兵の数、上洛の速さ、民の向き、いずれも計れません。

  今戦えば、勝敗が決まらないどころか、敗戦が濃厚です。

  さすれば世情が乱れ、税と労役の道は絶え、村は兵の通る先で疲弊します。

  どうか、挙兵するのを少しの間待ってください。

  その間に、東国の実を計り、勝敗の見込みを帝へ奏上します』。

  ここまでです。以上で、間違いないか。」

十文字 倭:「事実の部分は、添えの紙と一致しています。

  数字と家名は、過去の記録のままで、書き足していません。」

八重樫 詞房:「東国の網を西へ広げるのに要する時間が必要です。

  ただし、それを文に書くと、我々の仕組みの一端が文に残ります。

  文は、帝の手を離れる可能性がある。

  書かないほうが良いと判断しました。」

諏訪 之忠:「『勝敗の見込みを奏上します』までで止める選択もあります。

  文の字数は少なくなり、読み手に残る言葉も短くなります。

  約束の形になりますが、守れる保証のない約束を

  文に残すべきではありません。」

八咫彦:「帝は、止める理由を知りたいだろう。

  時期を指定すればいいのだろうが、それは約束できない。」


八咫彦:「この文は、帝の判断を止めるための最後の文です。

  文書を清書させます。影の者(七)。」


間の外から影の者(七)が入り、頭を下げた。


【場面②】 同じ日の昼 八咫烏の社


影の者(七)は、詰所の机の上で、文を清書していた。

窓の外では、明け方から使った馬が庭の木に繋がれ、鼻息を落として立っていた。

薄い奉書紙に、細い筆で、一字ずつ書いていく。

隣の机には、畳んだ事実の紙と、桐の箱が置かれていた。

箱の紐は新しいものに替えられ、結び目に下げる小さな木札は

名の書かれていない白いままだ。

すき間から入る風が、机の上の紙の端を小さく持ち上げては

落ち着かせていた。十文字 倭は入口の柱の傍に立ち、書き上がりを見ていた。


影の者(七):「清書が終わりました。御確認ください。」


倭は文を取り、事実の紙と並べて読んだ。字の並びに、間違いはなかった。


十文字 倭:「文と添えの紙で、内容にずれはありません。箱に収めてください。」

影の者(七):「京へは、どの道で帰りますか。」

十文字 倭:「伊勢路を通る商いの道です。

  箱は商いの荷の定めの場所に預け、京の側で受け取ります。

  受け取った者は、箱の中身を知りません。

  政務の机に箱を届けるまで、誰も開けません。」

影の者(七):「承知しました。明け方に出ます。」


倭は箱の紐を結び直し、影の者(七)に手渡した。

紐の結び目は、一度解しても、もう一度同じ形に結べる。結び方を決めてある。


十文字 倭:「今更言うことではありませんが、途中で箱を開けないこと。」

影の者(七):「承知しております。帝へ、確かにお届けします。」


影の者(七)は箱を背負い、詰所を出て行った。

倭は机に残り、報告の紙に京までの道のりの日数を書き込んだ。

伊勢路を商いの道で二日。京に入ってから、政務の机へ箱を届ける。

文が帝の目に触れるのは、遅くとも三日後だった。


【場面③】 三日後 京・大宮通の裏の小路


京の北面の詰所の外は、人で埋まっていた。

承久3年5月半ばを過ぎ、北面・西面の武士の人数は日ごとに増え

詰所の前の庭には、鞍を置いた馬が立ち並んでいた。

武士たちは、上皇の書を懐に入れ、通りを歩く者同士で互いの顔と名を確かめ合っていた。

日が傾くと、庭の馬の足元に土煙が立ち、詰所の声は通りまで漏れていた。

その中を、影の者(七)が、商の下男の身なりで荷車を引いて通った。

荷車には、京の問屋の荷物が積まれ、その一角に桐の箱が包まれていた。

影の者(七)は、大宮通の裏の小路で荷車を止め、汗で張った袖を一度緩めてから、包みを解いた。

桐の箱を懐に入れ、歩いて院の御所の裏手へ回った。

帝が政務を執る間の戸は、昼の内に一度、開け放たれていた。

影の者(七)は、政務の間に人のいない時間帯を狙って間に入り

政務の机の上の白い布の上に、桐の箱を置いた。

箱の位置は、机の東側、帝の文が重ねられた隅の先だった。

置いた後、影の者(七)は一度だけ頭を下げ、人の流れに紛れて御所を出た。

裏手の小路には、昼過ぎの光が石の面に落ち、通りかかる人が誰も

影の者(七)の顔を見ていなかった。

その袖の中では、藍色の符が、体と一緒に動いていた。

政務の間には、誰の目も残らなかった。

箱が置かれたことに気付く者は、その日、誰もいなかった。


【場面④】 翌日 八咫烏の社・評定の間


評定の間には、五羽がそろっていた。

朝の空気は乾き、昨夜までの湿りが床の木から消えていた。

机の上には、文の下書きの写しが一枚、伏せて置かれていた。

写しの紙の端は、幾度も開じた跡で柔らかくなっていた。

間の外の廊下では、影の者(伍)が東海道から戻る次の報告を待ち、東の空を向いて立っていた。


八咫彦:「文は、昨日の昼、帝の政務の机に届きました。

  報告は、今朝、ここへ届いています。次は、帝の返事を待ちます。」

鷲尾 為景:「帝が文を読めば、返事は十日以内に来ます。

  読まずに置けば、返事は来ません。

  返事が来ないこと自体が、返事になります。」

諏訪 之忠:「返事が来ない場合も、東国の準備は進みます。

  我々は、帝の返事の有無に拘わらず、東国の報告を集め続けるべきです。」

八咫彦:「その通り。東国の内偵を続けます。

  影の者(伍)には、東海道の橋と宿の様子を

  一段深く見るよう命じています。兵の動きは、橋と宿に先に出ます。」

十文字 倭:「帝の返事の期日は、十日として、記録に残します。

  十日を過ぎても返事がなければ、文は読まれなかったか

  読まれても動かなかったと考えます。」

八重樫 詞房:「どちらであっても、我々の動きは変わりません。

  動かず、見続ける、です。ただ、京の書が武士の家々に回される速度は

  文を返す前より上がっています。

  帝の周りには、兵を挙げろと言う声が多くなっている。

  文が帝の判断を止められるかは、まだ分かりません。」

八咫彦:「止められなかった場合も、考えます。

  次の評定で、その話をします。」


評定はそれで終わった。五羽は順に間を出ていった。

倭は最後に残り、伏せて置かれた文の写しを持ち上げ、もう一度読んだ。

文の字は少なく、数字の部分は添えの紙に任せてあった。

倭は写しを机に置き、間を出た。廊下の外では

影の者(伍)が西の空を向いて立ち、東海道から戻る次の報告を待っていた。

山の向こうの空には、雲が高く積もり、季節の変わり目の風が、社の杉の梢を鳴らしていた。





参考資料

・『吾妻鏡』承久三年五月条(幕府側の記録。十三世紀後半に成立)。

・『承久記』(乱の経過を記す軍記。室町時代に成立)。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。