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転生したら暗君「劉禅」の教育係になったので、僕が天下を取らせます  作者: 久保カズヤ@試験に出る三国志
二章

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33/33

第32話:張飛は殿に立つ

第二章はこの32話で一区切りになります。

第三章は数日明けてから開始しますので今しばらくお待ちください。



 劉備軍は要害をことごとく落とし、ついには峡谷を抜けて"夷道《いどう》"を包囲した。


 しかし、それでも陸遜は出てこなかった。

 陸遜軍が最後の防衛線を敷いていたのは、なんとその夷道《いどう》よりも後方。


 勝っているはずなのに、と。

 劉備軍は腹立たしさが募る一方であった。


 陸遜は頑なに「戦《いくさ》」をしようとしない。

 そんな相手を一方的に殴っていると、自分は今、何をしているのか分からなくなってくるのだ。


 張飛が散々に孫権軍の兵をいたぶり、救援に出てきた敵の本軍を劉備の本軍が呑み込む。

 今回の戦略はそういうものであった。しかし陸遜は自軍の被害など露ほども気にしていない。


 最初は「敵の大将は器量不足である」と笑えていた。

 しかし出征してから一年、笑顔は消え、不気味とさえ思うようになっていた。


 夏が過ぎ、冬が過ぎ、再び夏が訪れる。


 劉備軍の足は完全に止まってしまった。

 夷道《いどう》を包囲し散々に攻め立てても、陸遜は動かない。


 要害をことごとく抑え、徹底した防衛を固め、容赦なく味方を切り捨ててまで守り続ける。

 孫家の将兵の結束。とくにそれは防衛戦において遺憾なく発揮され、劉備は打つ手を全て封じられたのだ。


 そしてこの長期の対陣によって劉備軍は士気が次第に衰え、病気に罹る者も増加。

 並の将であれば退却すべきと考えるが、劉備は当代きっての名将であり、今回はそれが災いした。


 病に罹る者が多くとも士気が衰えようとも、軍は戦える状態をなおも維持し続けたのである。

 加えて、あと一歩なのだ。勝利を目前に撤退を考えるのは、名将と言えども難しかった。


「……機は熟した」


 いつもと同じ夜だ。しかし、歴史の変わる夜である。

 陸遜は小綺麗に身支度を整え、煌びやかな黄色の鎧に身を包み、将兵の前に現れた。


 居並ぶ者達の目は血走っており、まるで子供を目の前で傷つけられている母熊のような殺気を放っている。


 ただでさえ血の気の多い孫家の将兵に敗北を強いさせて、反撃も許さず、我慢を続けさせた。

 これが出来たのも全て、敵があの「劉備」であったから。

 今の天下の頂に立つ将を倒すためであればこそ、孫家の兵もここまで耐えることが出来た。


「よく、耐え忍んでくれた。若輩の私の命に従ってくれた。だが、それもここまでだ」


 剣を抜き、空に掲げる。この剣は孫権より預かりし、岩をも断つ名剣であった。


「目指すは劉備の首ただひとつ。一言も出すことなかれ。闇夜と業火に乗じよ」


 総攻撃を命じる。

 足音だけが、夜に響いた。


◇


 城を包囲する張飛は、胸騒ぎがしてどうも眠れなかった。

 戦場での「悪い予感」は信じた方が良い。張飛はこうして生き残ってきたのである。


 しかし兵士は皆、疲労困憊の中にあった。肉体面でもそうだが、特に精神面だ。

 戦場という命を危機に晒す空間で寝食を過ごすことの精神的な疲労は、どれだけ調練を積んでも慣れない。


 今にも城から敵が飛び出してくるかもしれない。

 その警戒を半年以上続け、それでも動かない敵。


 その疲労は、張飛も例外ではなかった。

 夜襲を警戒こそすれど、まさか陸遜が動くとは思ってもいなかった。


「──敵襲に御座います!!」


 シャアシャアと矛を研いでいた静かな空間を、早馬の鼻息と兵士による報告がブチ壊す。

 すると張飛は研いでいた矛を手に取り、報告も聞かないまま外へと飛び出した。


 まだ勘は衰えちゃいない。不敵に口角を上げて、張飛は丘を登る。

 そこは城を包囲する自軍が見渡せる場所であり、全体の戦況を見るのに適した地点であった。


「……実に見事なり、陸遜」


 今まさに、城を包囲していた各部隊の陣営が次々と火に呑まれ、崩れていく様子が見て取れる。

 ある程度の夜襲であればこうはならない。総攻撃だ。


 つまりこの光景を、陸遜は最初から思い描いていたのである。


 すると張飛を追いかけてきた伝令兵や側近の部隊長らが遅れて駆けてきた。

 皆、顔色が青い。何が何だか分からない状況で、誰もが誰かに縋りつきたくて仕方ない顔をしている。


「ほ、報告!敵本軍が、総攻撃を開始!どこがどう攻められているのか、その被害も、詳細は一切不明!」


「伝令、負傷兵どもを集めよ、急げい!」


「はっ、はい!!」


「そして范彊《はんきょう》!張達《ちょうたつ》!!」


 張飛の最も側に侍る、歩兵指揮官の二人の将校。まだ若く、新兵のあどけなさが抜けていない。

 見込みがあると張飛が特に目をかけ、徹底的にしごきあげた二人でもあった。


「お前らはまだ動ける兵を全て指揮し、廖化《りょうか》の部隊に合流。廖化《りょうか》の指揮の下、陛下の本軍と合流し撤退せよ」


「なっ、それはっ」


 太く長い眉と"もみあげ"を持つ范彊《はんきょう》が真っ先に目を剥き、一歩前に進み出る。

 これは「大将である張飛を置いて逃げろ」という命令である。下士官の二人が聞けるはずの無い命令であった。


「恐れながら、范彊《はんきょう》が申し上げます。殿《しんがり》のお役目、どうか我らにお命じくだされ」


「ならん。これは厳命である」


「我らは張将軍にこの戦で何度も命を救われ申した。それなのに、それなのに我らは出征の前、敵の調略にかかりっ、将軍の御命を狙おうとした不届き者!どうかその罪をここで贖《あがな》いとうグボハァアアッ!!」


「きょ、兄弟ぃい!?」


 まだ話も途中だが土手っ腹を殴り飛ばされた范彊に、張達は慌てて駆け寄った。

 張飛は鬼の形相で拳を固く握りしめており、張達は思わずヒュっと口を噤んでしまう。


「その件、俺が知らんと思うておったか。お前らが思いとどまった訳も知っとるわ。殿下に手を握られちょっと褒められただけで嬉しくなって止めたのだろう。根性無しのアホたわけが」


「グッ、ふっ、されど、将軍、ここは我らに」


「黙れ。お前らは殿下に心動かされたのだ、ならば殿下に忠誠を尽くせ。再びこのような機会が訪れた時、今度はお前らが殿下の代わりに死ぬのだ。そして俺は、陛下のために死ぬ。はよう行けい、もう一発殴られたいか!?」


 張達は范彊の重い体を起こし、涙をこらえ、張飛の厳命に従った。

 逃げられる者は逃げろ。残されたのは負傷し、もはや逃げることも望みが薄かろう者達ばかり。


 集められた負傷兵たちの前に張飛が出ると、誰もが不安そうな顔を浮かべていた。

 退却するのであれば自分達が先に逃げるはずなのに。しかし戦える者達から逃げていくのだ。


 もしかして自分達は捨てられるのか。

 今にも絶望に押し潰されそうな空気が漂っている。


 だらしないやつらめ。

 張飛は舌打ちをし、空を呑むほどの息を吸った。


「今、我らは敵の包囲を受け、四面楚歌の有様だ!故にこの窮地に踏み止まり、味方を逃がす勇者が居らねばならん!」


 その銅鑼のような声は、一言一句、全ての兵士の耳に叩きこまれる。

 全てを言わずとも分かる。張飛は今、この場の兵士に「ここで死ね」と命じているのだ。


 それなのに何故であろうか。一人、また一人と、傷を抑えて立ち上がる兵士が増えていく。

 不思議であった。死ねと言われて、皆、何故か嬉しかったのだ。


「我らこそが勇者だ!喜べ!この張飛がっ、お前らと共に死んでやるぞ!!」


 混乱と絶望に呑まれていた空気は一変し、理性が吹き飛び、歓喜に狂う。

 犬死ではない。勇者として死に、伝説として語り継がれるのだ。


 立てるはずの無い負傷兵が次々と奮い立つ。

 剣を握り、死地を目前に、笑顔を見せる。


 これが一人で戦況を覆す乱世の英傑、張飛である。

 その英傑に「共に死んでくれ」と言われた。喜ばない男なんて一人も居なかった。


「この張飛、長坂橋《ちょうはんきょう》では単身で殿《しんがり》を務め、万を数える敵兵を食い止めた!それを再びお前らに見せてやるぞ、遅れずに着いて参れ!!」


 馬に跨り、矛を掲げ、張飛は駆けだす。

 兵士達はそんな張飛を夢中になって追いかけ始める。


 遅れれば伝説の光景を見逃す。

 伝説を見るまでは、絶対に死ねない。


 もはや陣形も何もない、ただのやけくその突貫に過ぎなかった。

 しかし張飛の嗅覚は正確に戦場の中核を捕らえる。


 陸遜の指揮する本陣だ。

 総攻撃の意気に逸り前へ出過ぎていた。張飛はそこを襲う。


 業火に照らされ、赤に塗れた大男は敵兵を撥ね飛ばし、踏み潰し、笑い、一切止まることなく突き抜ける。


 総大将による凄まじき単騎駆け。

 敗走していたはずの兵士達はその光景に陶酔し、狂乱しながら追いかけていく。


 形勢が変わる。

 それは洪水の流れを反転させるかのような神業であった。



「──我が名は張飛!死にたいヤツからかかってきやがれぇえ!!」



 陸遜は英傑の姿を目の当たりにし、足を止め、無我夢中で逃げ出していた。

 本気で死を感じたのだ。そして自分が今死ねば、全てが崩壊することを同時に理解した。


 周囲の部隊も陸遜の窮地に慌て、追撃を中断し、懸命に張飛へ追いすがる。

 そして張飛がこじ開けたその綻びは次第に狭まり、縫い繕われ、明け方には閉じ切った。



 時は、二二二年。

 豪傑「張飛」は壮絶な戦死を遂げる。


 張飛の伝説的な奮戦と、迅速な趙雲の救援により、劉備本軍は壊滅することなく退却。


 決戦は、陸遜軍の勝利に終わったのである。


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面白いと思っていただけましたら、レビュー、ブクマ、評価など、よろしくお願いします。

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張飛タン、逝ってもうたぁ 途中、急に漫画チックになったw
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