挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

ブックマークする場合はログインしてください。
<R15> 15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕 が含まれています。

あの子は笑ってそう言った

作者:調彩雨
胸糞悪い系のお話です
ひとによってはとても不快に思われる可能性のある内容が含まれております
嫌な予感のする方は閲覧をお控え下さいませ

残酷描写あり
グロ注意
 

 
 苦しかった。
 すごく。すごくすごくすごくすごく。苦しくて、仕方なかった。

 怖かった。
 目の前は真っ暗で。とても不安で。
 怖くて怖くて、仕方がなかった。

 そんなときに、あの子が言ったんだ。

 ねえ、わたし、間違ったのかな。

 

 アルバイトから帰ると、祖母が居間で寝ていた。暑くもないのにエアコンが冷気を吐き、扇風機が暴風を起こし、誰も見ていないテレビが、しきりに騒音を垂れ流している。

 祖父は、まだ帰っていないみたいだ。
 日曜なのに、父と母の姿は見えない。

 居間の机の上には、なんだかわからない薬がぱんぱんに詰まった袋が置かれている。

 点滅する電話を確認すれば、海外旅行中だと言う母方の祖父母の楽しげな声が留守電に入れられていた。

 ため息を吐いてテレビを消し、エアコンと扇風機も止めてから、二階の自分の部屋に向かう。途中で、お風呂のボタンを押した。

 

 のろのろと階段を上がり、ナメクジのように部屋に荷物を置いたところで、階下から玄関の開く音がした。ただいまぁと、母の声が聞こえる。

 階段を降りて、帰宅した母と顔を会わせる。

「おかえりなさい」
「あら、帰ってたのね」
「うん。お母さん、今日はどうしたの?」

 スポーツバッグを手にした母に訊ねる。今日は、ジムの日でもスイミングの日でもなかったはずだ。
 にこにこと微笑んだ母が言う。

「田中さんから誘われて、ホットヨガの体験に行ってたのよ!すごく良かったわぁー」

 始めてみようかしら、と言う母にぞっとして、つい口が滑る。

「そう言って始めて、ジムもスイミングもろくに行ってないじゃない」
「やだ、ちゃんと行ってるわよ!ただ、疲れたときは休んでるだけだもの。ジムの先生も、無理なときは休んで良いって言ってるし」

 それはそうだ。向こうは月謝制なんだから、いくら休んでも文句などないだろう。

「いくつもやって疲れて行かないんじゃ意味ないよ。行ける数をちゃんと考えなよ」
「良いじゃない、趣味くらい」

 むっとした母にため息を吐きたい気持ちをぐっと堪える。

「…お祖母ちゃん寝てたけど、晩ご飯はどうするの?」
「疲れちゃったし、出前でも取りましょうよ」
「肉じゃが食べたいから、わたしが作るよ」

 先にお風呂入って来たら?と、母を目の前から追い遣った。丁度良く、電子音が湯張りの終了を告げる。

 

 居間へ戻ると祖母が目を覚ましていた。

「ご飯、今作るから待ってね」
「悪いねぇ」

 ちっとも悪びれては見えない態度でお祖母ちゃんが呟く。

「お祖父ちゃんは?」
義兄にいさんに誘われて、温泉に行ったわよぉ。一泊して来るってぇ」

 祖父の兄は大雑把なひとで、気紛れになにかすることも多い。

 薬の袋をちらりと見て、問い掛けた。

「また、病院行ったの?」
「腰がめちゃってねぇ」
「あとで揉んであげようか?」

 田舎出身の祖母は、ときおり方言を使って話す。
 腰が痛いと訴える祖母に申し出ると、首を振って微笑んだ。

「明日、カイロの先生に診て貰うことになってるのよぉ。友達から、すごく良い先生を教えて貰ってねぇ」

 行くなと言えたら、どれほど良いだろうか。

 着替えとタオルを抱えた母が扉から顔を出し、思い出したように言う。

「お父さん今日、友達とゴルフだそうよ。飲んで帰って来るだろうから、晩ご飯はいらないって」
「そう」

 誰にだかはわからないがうわ言のように返して、居間に面した台所に向かった。

 祖母がテレビを付け、面白くもなさそうに見始める。
 いつの間にか、またエアコンと扇風機が付けられていた。

 台所の至るところに、効くかもわからない健康食品や、なにに使うのかもわからない調味料が置いてある。

 誰も見ていないのを良いことに、またひとつため息を吐いた。

 

「あなたバイトばっかりしてるけど、勉強は大丈夫なの?」

 わたしが作った肉じゃがをつつきながら、母が言う。

「通知表、見てるでしょ?うちの高校成績良くないと、バイトの許可出ないから」
「若いんだから、部活とかしないの?」

 今しか出来ないことは、やっておかないと後悔するわよぉ。
 祖母に言われて、箸を噛み折りそうになった。

「バイトだって、今しか出来ないから。ほら、どっかに就職しちゃったらさ、もう、別の仕事は経験出来ないでしょ?」

 貼り付けた笑みは、ちゃんと効果を出しているだろうか。

「それに、大学、行きたいからさ」
「大学なら、奨学金貰えば良いじゃない」
「ウチじゃ有利子奨学金しか受からないし、授業料免除だって受けられないから」

 きっと歪んでしまったであろう笑みで、言う。

 出来るだけ慎重に、でも、心の底から伝われと願って。

「ウチ、家も車もローン残ってるでしょ?これ以上借金とか、したくないよ」

 

 軽い口調に込めた真剣な主張を、母と祖母は笑い飛ばした。

「貸してくれるって言うんなら、借りれば良いじゃない。有利子って言ったって、普通に借りるよりずっと低い利子なんでしょ?」
「そんなに心配しなくても、借金で死んだりしないわよぉ」

 じゃがいもを口に詰め込んで、出掛けたため息を押し戻した。

「それよりお母さん、わたし、新聞代立て替えたんだけど」
「あら、そうなの?じゃ、お父さんにあとで貰ってちょうだい」
「新聞代は、お母さんでしょう?」

 生活費として、母は父から給料の半分弱ほどを受け取っているはずだ。

「でもあなたが頼んだら、お父さん出してくれるでしょう?」

 また、足りない、のか。

「お金足りないなら、パート増やしたら?」
「これ以上増やしたら、お母さん死んじゃうわよ」

 週三しか働かず、家事も半分を祖母に任せている分際で、なにを言っているのだろうか。
 手の掛かる赤子も幼児も要介護者も、ウチには居ないって言うのに。

 それで死ぬとしたら、学校に行きつつ掛け持ちでバイトをやっている高校生や、部活とバイトを掛け持っている高校生なんて、軒並み過労死だろう。塾にも行くなら余計だ。

「なら、夕刊取るの止めようよ。朝刊だけで十分でしょ」

 どうせ、母がいちばん熱心に見るのはチラシとテレビ欄だ。
 父は会社でも読めると言っていたし、本当は朝刊すら要らないと思う。

「足りなくってもお金は自然に湧いたりしないんだから、収入を増やすか消費を減らすかしないと」
「やすちゃんは難しいこと知ってるのねぇ」
「理系の子は、理屈っぽくて嫌だわ」

 どこが難しくて、どこが理屈っぽいのか。
 小学生だって、お小遣いのやりくりで学ぶ内容だろうに。

「なんでもかんでも買うのはやめようよって、言ってるだけだよ」
「なんでもかんでもは買ってないわよ」
「じゃあなんで足りないの」

 二世帯暮らしで母はパートとは言え、父は経営の安定した企業に勤めてまともな収入を得ている。祖父母の年金もきちんと交付されていて、子供もわたしひとりなのだから、普通にしていればそれなりに暮らせるはずだ。

 

「わたしの学費はお父さんの口座から出てるはずだし、お小遣いだって貰うのやめたよね?修学旅行の積み立てもわたしが自分で出した。携帯料金も自分の分は自分で払ってるし、わたしはお母さんのお金使い込んでないよ?お母さんは、なににそんなにお金掛けてるの?」
「食費が、」
「ご飯や日用品の買い物は、お祖母ちゃんもしてくれてるよね。それも、年金や、お父さんがお祖母ちゃんにって渡す分のお金から支払って。家族五人って言っても、五人全員分のお金が丸々お母さんのお財布から出てはいないでしょう」

 立板に水と言い募れば、母は怒って言い返した。

「余った分、自由に使ったって良いじゃない!」
「本当に余って余裕があるのなら、わたしだってこんなこと言わないよ。でも、実際新聞代払えないんでしょ?それは使い込み過ぎだって言ってるの」

 普通家計は、収支の差し引きがプラスになることを目指すものじゃないのか。なに悲しくて、ゼロ越してマイナスにする人間を許さなきゃいけないのだ。

 他人のお金に期待した収支計画なんて、そんなもの計画として異常だろう。

 言葉に詰まった母を見かねたか、祖母が目を細めて言った。

「まぁまぁやすちゃん、そうやって、お母さんに喰って掛かるのは良くないわよぉ」

 日課のように病院に通う金喰い虫が、どの口で言うのか。

「じゃあ、お祖母ちゃんがお金出せるの」

 どうして、現状に目を向けてくれないのか。

 なぜ、社会に出てもいないわたしがあくせく働いて、自分のための稼ぎを得なければならないのか。

 

「今ウチに、どれだけ借金あるかわかってる?ローンとか言葉変えても結局、借金抱えてることには変わりないんだよ?いつか、返さなきゃいけないの!貯えもないくせに趣味だ旅行だ病院だって、そんな余裕、ウチにはないってどうしてわからないの!?」

 無言でご飯を掻き込んで、立ち上がった。

「ごちそうさま。あとで洗うから、食べ終わったら流しに出しておいて」

 自分の食器だけ片付けて居間を出ると、外から車のエンジン音がした。

 真っ赤に酔った顔で、父が扉をくぐる。
 走り去る代行車が、その背後に見えた。

「…おかえりなさい」
「んんー?おお、ただいまー」
「お風呂、沸いてるけど?」
「少し、酔い醒まししてから入る」
「なら、わたしが先に入るね」

 返事は待たずに二階へ上がった。

 

『ネェ、殺シチャイナヨ』

 コロコロと笑い声を漏らしながら、あの子が囁いた。

『邪魔デショ?殺シチャエバ良インダヨ』

 身体を洗うわたしに、まとわり付いて誘う。

「…親の庇護下に居なきゃ、わたしなんて生きられないよ」

 無邪気な誘いを振り払うように、ざばっとお湯を被った。

『ホントニ?ホントカナァ?』

 無視して湯船に身を沈めるわたしに、あの子はいつまでも問い掛け続けていた。

 

 お年玉、と言うのが、わたしの自由になったことがなかった。  誕生日だクリスマスだ進学だ進級だと祝われて貰えるのは、量販店の服や靴や文房具で、よその家ならそんなもの特別な日じゃなくても買って貰えるものだって、いつしか気付いて行った。

 プレゼント以外の衣類は、顔も知らないような親戚のお下がりだった。中学の制服やジャージも、新品ではなかった。
 それでもカバンやランドセルは買って貰えたから、まだ恵まれているのだろうか。

 

 両親も両の祖父母も健在で仲が良く、父は普通の会社員。母はパート。
 誰もが想像する普通の家庭は、本当は普通には存在しない恵まれた階級なのだったか。

 それならわたしは、そんな素晴らしい家庭に生まれたことを、もっと感謝すべきなのだろうか。

 

 父母祖父母合わせて六人に対し、子孫であるわたしはひとり。

 反論も意見も“大人”が敵になれば多数決で敵わず、“子供だから”のひと言で丸め込まれる。
 わたしの言葉は、誰にも聞き入れられない。

 給金も年金も使い尽くして、借金までして、もし、お金の供給が止まったら、どうするつもりなんだろう。

 借金は、未来の収益の前借り、だったか?

 その、未来の収益を出さなきゃいけないのは、いったい誰だ。

 六人ものお荷物をたったひとりきりで支えなくちゃいけなくなるのは、いったい誰なんだよ。

 未来への不安は大きくなるばかりなのに、父母祖父母は誰ひとりだって、そんなわたしを思い遣りはしない。

『殺シチャイナヨ』

 あの子の囁きが、心に強く大きく響いた。

 

「バイト、増やそうかな…」
「またぁ?やり過ぎじゃない?」

 呟いた言葉を聞いた友人が、呆れた顔で振り向いた。
 眉を下げて、手を握る。

「だってさ、これっぽっちじゃ全然足りない。わたしの頭じゃまともな私立の特待なんて取れないし、せめて公立の…あー、県立の県民特待狙おうかな…」
「いや、あんたならそれなりの国立狙えるでしょ」
「だって、目ぇ離したらあのひとたちどんな借金こさえ出すかわかんないし…」

 顔を被ったわたしの肩を、別の友人が困ったような顔でなでた。

「ウチの親もさ、大学行くならあんたが奨学金貰いなさいよって言うんだよね。ウチがお金ないのはわかってんだけどさ、不景気だ就職難だと言われる中で、借金まで背負わされるとなると、ね…」

 かと言って高卒就職に踏み切る度胸はないしさ、と、友人たちまで情けない顔になる。

「高度経済成長だとか、GDP右肩上がりだとか、ベビーラッシュで人口増加だとか、もうそんな時代じゃないってのにね。これから馬鹿みたいに少人数の若者で、膨れ上がった爺婆支えてかなきゃいけないってのに、支えられる側があんな自己中のノーテンキじゃ、やってらんない」
「ほんと、いっそ消えてくれたらとか、思っちゃうよね」

 ひとりが笑って吐き出したのは、きっと聞き咎められれば烈火のごとき批難を浴びる言葉。
 それでも、吐き出さずにはいられなかった。

「老人だけ手厚く保護して、子供はのたれ死ねって言ってるよね、いまの大人って」
「他人を思い遣りなさいって、あんたらがいちばん他人のこと考えてないじゃんねー」
「借金作るだけ作って、ウチらに丸投げだもんねー」

 明るく笑い飛ばすのは、直視するには余りに恐ろしいから。

『消シチャイナヨ』

 どの子の耳にも、あの子は囁き掛けているのかもしれない。

 

「…?」

 自分の部屋に入って、違和感を覚えた。

 物の位置が、ずれてる?

「!」

 はっとして、鍵付きの引き出しに手を掛ける。
 鍵なんてお飾りで、薄いプラ板でも差し込んだら開いてしまうちゃちな錠。その、錠前が、開けられていた。

 そこに入れているのは友人との写真や手紙、お揃いの宝物、それからお金と、通帳に、印鑑だ。

「あり、えない…」

 ぐちゃりと掻き混ぜられたそこからは、通帳と印鑑が抜き去られていた。大した金額ではないものの、お金まで、なくなっている。

 空き巣では、ない。
 空き巣なら、隣に置かれたシルバーチェーンのネックレスにも手を出すだろうし、そもそも子供部屋より父の部屋を狙うだろう。引き出しに入っていた端金よりも、ネックレスに付いた小指の爪ほどのペリドットの方が高価だから。

『ダカラ、殺シトケバ良カッタノニ』

 あの子がコロコロと笑う声が、耳に突き刺さった。

「せめて、言い訳くらい、聞いてからにするよ」

 自分でも冷えきったと感じる声で、わたしはあの子に答えた。

 

「ねぇ、お母さん、わたしの通帳知らない?」

 母が帰宅するなり挨拶もせずに問い掛けた。
 びくりとハンドバッグを抱き締めた母から、そのバッグを奪い取る。

「ちょ、離しっ」
「うるさい。黙れ」

 案の定、母のバッグにはわたしの通帳と印鑑が入っており、その残高はゼロになっていた。

「…なにに使ったの?」
「これは、あの、」
「ねぇ、なにに使ったの?」

 母の胸ぐらを掴んで、壁に押し付けた。

 投げ捨てた母のバッグから、ヨガスタジオの会員証とブランドの財布が転がり落ちた。

 ああ、わたしの進学よりも母にはこちらが大切なのか。

 個体窒素でもまだ温かいんじゃないかと思うほどに冷たい瞳で、転がったそれらを見下ろした。

「わたし、お母さんを贅沢させるためにバイトしてたんじゃないんだけど」
「あ、あとでちゃんと返すつもりだったのよ!?」
「どうやって?ねぇ、いくらあったか見たよね?お母さんのカスみたいな稼ぎで、どうやって返すつもりだったの?」

 わたしの方が、母より背が高い。
 ぐっと胸元を締め上げれば、母の顔は苦し気に歪んだ。

 

「やすちゃん!?なにしてるのっ!?」

 物音に気付いたらしい祖母が、やって来て声を上げた。
 母を投げ捨て、そのバッグをもう一度荒らす。

 何度も残高がマイナスになった通帳。消費者金融のカードまで出て来た。
 勝手に、借金までこしらえていたのか。

『ネェネェ、殺シチャイナヨー』

 あの子がパタパタと手を振り回して、わたしを誘う。

「死ねば良いのに」

 吐き捨てて、踵を返した。

 

 家捜しして、父にも、祖父母にまで借金があることを知る。
 母方の祖父母は、大丈夫だろうか。

『アノ、バケモノノ、親ダヨ?』

 あの子に言われて、顔を上げる。

「バケモノ?」
『バケモノデショ?』

 キャッキャと手足を振り回して、あの子は言った。

『自分ノ子供ノコトナンテ、ナァンニモ、守ロウトシナイ。ゼンブ自分ノコトダケ。アナタヲ、喰ッテ喰ッテ喰イ荒ラシテ、骨マデシャブリ尽クソウトシテル。ソウイウノ、モンスター、ッテ言ウンデショ?』

 ああ、確かにソレは、バケモノだ…。

『殺シチャイナヨ。バケモノハ、退治シナキャ』

 あの子がわたしをそっと抱き締めて、囁く。

『消シチャエバ、アイツラハ二度ト、借金ヲ増ヤセナイヨ』

 その言葉はどろりと甘い蜂蜜のように、わたしの頭をとろけさせた。

 それでも。

「こんだけ、借りるなら、なにか案とか、あるのかもよ?」

 わたしは一瞬、切り離すのをためらった。

『ソウカナー?ドウカナー?』

 あの子は無駄だとでも言いたげに、首を傾げて笑っていた。

 

 父はまだ帰らないので、母と祖父母を前に並べて問う。

 この借金は、どうして出来たのか。どうやって、返すつもりなのか。

 母はともかく祖父母には、稼ぐアテもないのだ。

「ユキヤスに頼もうと思ってたのよぉ」
「いざとなったら、兄さんに頼もうと…」

 祖父母の口から出たのは、父と、祖父の兄の名だった。
 つまり、

「つまり、返すアテがあって借りたわけじゃないんだね?」

 静かに問い返せば、戻って来たのは沈黙だった。

「お父さんも借金してたよ?お父さんも、おじさんも返せなかったら、どうするつもりだったの?お母さんも、黙ってないでなにか言って」

 怒鳴らず、責める。もしこのひとたちが反省して生き方を変えるなら、バケモノでなくなってくれるなら、わたしだってヒトゴロシになんてなりたくない。

「こんなに借金作って、どうにもならなくなったら、どうするつもりだったの?」

 

 返って来た返答は、耳を疑うものだった。

「借金が返せなくなっても、ほら、なんか救済する制度があったでしょう?なんだったかしら、ほら」
「自己破産制度、だ。申請すれば、借金の返済義務がなくなる」
「返済義務がなくなるのは、財産全部返済に充てて足りなかった分だけだよ」

 そんな、高校生でも知っているような内容を、知らないとでも言うつもりか。

「家も、車も、最低限以外の換金出来るもの全部差し押さえられて、それでも返しきれないものだけ返済義務がなくなるんだよ。一文無し同然になって、どうやって生きて行くの?」

 怒鳴る気力すらなくして、ただ問い詰める。

「生活を質素にする?それとも、お祖父ちゃんお祖母ちゃんが働く?お母さんが正社員で働く?」

 裏切られた気持ちだった。
 それで初めて、自分が多少なりとも目の前の大人たちを信じていたことに気付いた。

「借金まみれじゃこれ以上お金も借りられないよね。ねぇ、わたしを大学に行かせてくれる気はあったの?」

 滑稽だ。

 見苦しい中年女に目を向けて、尋ねた。

「わたし、大学に行きたいからバイトしてお金貯めてるって、言ってあったよね?そのお金勝手に全部下らないことに使い込んで、借金までして、預金はなくて。どこから、わたしの学費を出せば良いの?」

 中年女からまともな答えなんて、帰っては来なかった。

 

《もう耐えられない》

 友人に、悲鳴を投げ掛けた。

《あたしも》

 そこには、仲間がいた。

《消しちゃおうか》
《そうだね。みんな誘ってさ》
《あたし、ネットでも呼び掛けてみるよ》

 広がる仲間。たくさんの賛同。

《コドモが多数決で負けるなら、多数派になれば良いんだよね?》
『ソウダヨ。ソレデ、良インダヨ』

 あの子がコロコロと、嬉しそうに笑っていた。

 

 電話が鳴った。

 母方の祖父母が、旅行のお土産を渡しに来ると言う。
 なんて、タイミングが良いんだろう。

「お母さん?お祖母ちゃんたちが来るって。良かったね」

 お風呂にいる母に声を掛けるが、返事がない。

 お風呂場に行くと、溜まりきった水が溢れていた。
 浴槽に沈んだ母に、注意する。

「駄目だよお母さん、ちゃんと水止めなきゃ」

 答えない母に替わって、流れる水を止めてやった。
 ゆっくり暖まってねと母に声を掛けて、浴室を後にした。

「お祖父ちゃんとお祖母ちゃんも、寝ちゃったのかな?」

 

 祖父母の寝室に行くと、二人とも布団に横たわっていた。ひゅーひゅーと、少し苦し気な呼吸を漏らしている。

「お祖母ちゃん?大丈夫?すぐ、どこも痛くなくなるよ。腰が痛いって言ってたもんね。良かったね?」

 乱してしまったらしい布団を掛け直して、言ってあげた。
 少し暑いだろうか?布団はぐっしょりと濡れている。

 玄関から、チャイムの音が聞こえた。

「あ、お祖母ちゃんたちかな?」

 

 わたしが淹れたお茶が美味し過ぎたらしく、母方の祖父母は泡を吹いて倒れてしまった。そんなに喜んで貰えるなら、淹れた甲斐もあると言うものだ。

 隣のご夫婦はこの頃仲が悪くて、このくらいの時間になると口喧嘩が絶えないのだが、今日は静かみたいだ。
 まだ小学生の弟くんが可哀想だったし、静かなのは良いことだと思う。

 向かいのおじちゃんがテレビを見る騒音も、今日はしない。
 ギャンブル好きの父親が酔っ払って騒ぐのに迷惑しているって、娘さんが言っていたけれど、もしかして解決したのだろうか。

 なんだか今日はどの家も、すごく静かだ。

「お父さん、早く帰って来ないかな…」

 呟いたとき計ったように、家の前でエンジン音がした。
 玄関に鍵が差し込まれる音に、ぴょんっと立ち上がる。

「お父さん、おかえりなさーい」

 片手に包丁を隠し持って、わたしは父に駆け寄った。

『ソレデ、良インダヨ』

 あの子は笑って、そう言った。

 
 
拙いお話をお読み頂きありがとうございました

評価や感想は作者の原動力となります。
読了後の評価にご協力をお願いします。 ⇒評価システムについて

文法・文章評価


物語(ストーリー)評価
※評価するにはログインしてください。
感想を書く場合はログインしてください。
お薦めレビューを書く場合はログインしてください。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ