29、ジェイド
「ククリにガイじゃねえか。女囲い込んで、ナンパでも成功したか?」
ククリがなんとなく場をつなぎつつの、イマイチ盛り上がらない食事。もっとも、ガイがマルクを宥めようとそちらに気を割いているせいでもあるのだが。とにかくそんな食事も終盤に差し掛かった頃に、私の後ろからその声はかけられた。
「のうき……ジェイドか」
振り向いてその男を見るなり呟いた私に、脳筋は目を瞬かせる。
「ん? 知り合いだったか?」
「彼女はミコトちゃんだよ、ジェイド」
「ミコト、ミコト……?」
私を上から下まで眺めるジェイド。
「エルと一緒にいる狐しか知らねえが」
「それだな。……私の人型については周知されているんじゃなかったのか」
「そうなのか? 悪りぃな、街道の方に出てたからよ」
ジェイドは大あくびをしながらガシガシと頭を掻く。ククリは苦笑しながらナイトバードを撫でている。
「ジェイドも来たことだし、僕はそろそろ行こうかな」
「お、じゃあ俺らも行くぞマルク」
ククリとガイが、それぞれの相棒を連れて席を立つ。私を嫌がるマルクを気にしていたガイは、できれば早く私の側を離れたかったのかもしれない。
「じゃあね、ミコトちゃん。エルさんたちによろしく」
「今日は悪かったな。またな」
「別に」
二人と二匹が出て行くと、ジェイドがその席に座る。その魔力に、私は若干の違和感を覚えた。
「どうしたツヴァイテイル?」
ツヴァ……。そういえばこいつは、私を名前で呼んだことがなかったな。
「いや、なんでもない」
気のせいか? いや、やはりジェイドの魔力が乱れている、ような気がする。……試してみるか。
「……ジェイド」
「お? って、うおっ⁉︎」
手元にあったスプーンを逆手に掴んで、ジェイドのみぞおちのあたりを狙って突き入れる……ふりをしてみた。ちゃんと寸止めだ、念のため。
「……てめっ、なんのつもりだツヴァイテイル」
結果、ジェイドは私の手首を掴んでそれを止めたわけであるが、これは。
「反応が遅い。寸止めのつもりで減速しなかったら、そしてこれが刃物だったら、突き刺さっていたな?」
「なんのつもりだって聞いてんだろ」
「少し試しただけだ。お前、弱っているだろう」
「……なんのことだよ」
腕を引くと、ジェイドは特に抵抗もせずに手首を離した。スプーンをテーブルに置き、元どおりに座り直す。
「本来のお前なら、危なげなく止められた。違うか?」
ツヴァイテイルとしてだが、この男とは模擬試合をしたことがある。それ以外にも、多少じゃれたりしたことは何度かあるのだ。その時の反射神経は、今よりもずっと優れていたと思う。
「勤務後だから疲れてんだよ。メシ食ったら帰って寝るんだっての」
「ほう。それだけ弱った姿を晒しておいて、本当にそれだけか?」
随分と鈍かったし、魔力にも一目見て私が気付く程度には乱れが出ているぞ。
じっと見つめていると、ジェイドは観念したかのようにため息をついた。
「……他の連中には言うなよ?」
「ああ、言わない」
まあ、内容によっては秘密になんてしないが。
「ほとんど寝てねえんだ。森の主に会った日からな」
「……ん?」
私がグレンを半殺しにしてから、エルとジェイドに会ったあの夜。あの後寝て、それからもう一回寝たから、つまり、
「一日半……いや、お前は夜勤で門番をしていたんだったな。なら丸二日近くか……?」
「……まあ、そんなもんだな」
「何故? 騎士団にはそんなに余裕がないのか?」
仮にそうだとしても、そこまでやるのは逆効果な気がするが。
「いや、休日返上で勤務時間自体も長くなってはいるが、そこまで無茶な労働は強制されてないんだが……」
「なら、何故」
ジェイドはガシガシと髪をかき乱す。
「……自分から望んで働いてたんだよ。隊も時間も特別編成でゴタゴタしてたから、何食わぬ顔して連続勤務を誤魔化してな」
「……何故?」
「俺が一番頑丈だからな」
「ちょっとよくわからない」
「俺がこの町の騎士で一番頑丈なんだよ」
「それは知ってる」
戦って一番強いのはジェイドだろうというのは何度か聞いたし、こいつは身体能力特化型だから、頑丈だろうとは思う。
「圧倒的に人手が、特に戦える人間が足りてねえんだ。俺が一番頑丈なら、やれるだけやるべきだろ」
「……言いたいことは何となく分かったような気がするようなしないようなだが、納得も理解もできない。第一、そんな理由なら、どうして他の人間から隠そうとする?」
頑張っているのなら、褒められることじゃないのか。
「最低限の睡眠時間を取る程度の余裕は与えられて然るべきだから、他の連中に知られたらダメなんだよ」
「もっと分かりやすく質問に答えろ脳筋」
「脳筋……。えっと、だからつまりな、俺は好きで過剰勤務してるだけで、他の連中がそれをする必要はねえんだよ」
「ふむ」
「でも誰か一人がそれをやってたら、他の奴らは頑張ってないみたいな、火急の時だからみんながそれをやらなきゃいけないみたいな風潮が生まれかねないだろ」
「……」
「だから俺のしてることが他の連中に知られないに越したことはねえんだよ」
……この男は。
「なんだよその目は」
「いや、馬鹿だ馬鹿だ脳筋だとは思っていたが、本当に馬鹿なんだな」
「喧嘩売ってんのか」
「だが、少しだけ気に入った」
ジェイドは首をかしげた。
「は?」
「ふふ。なんでもない」
「なんだよ、よくわかんねえな」
わからないままでいいことなのは確実である。黙っておいた。
「無茶は死なない程度にしておけよ。その状態で魔物と戦闘なんてしても、実力の半分も出せないだろう」
「実力の半分でも、臨時雇われの町の男衆よりは強いぞ俺は」
「オーガロードや九尾が出たらどうするつもりだお前は」
まあ、グレンも私も、敵対されたらコンディションに関わらずジェイドにはどうしようもないわけではあるが。
何気なく呟いただけの言葉に、しかしジェイドは首を傾げた。
「キュービ?」
「え」
「キュービってなんだ?」
「……」
今までのエルたちとの会話を思い返す。……私のことを九尾と呼んだ人間は、そういえばいなかった。みな、森の主と呼んではいなかったか。
「……あー、森の主の種族名だ」
あーあ、余計なことを言ってしまった。
魔物はランクアップのたびに、自身の望みがある程度反映されて、環境により適用できるような形に姿が変わる。つまり、低ランクの時は同一の魔物だったとしても、ランクが高くなるほどに魔物はどんどん多様化していく。高ランクの魔物はその個体数の少なさと相まって、その種族がオリジナル、一体きりしか存在しないなどザラだ。
九尾は私一体しかいない。東方の古い言葉で九つの尻尾という意味があるらしい九尾という種族名は、私が自分で決めた。ちなみにランク7の時代にも尾は九本だったから、その頃から九尾のままである。森では結構名乗ってはいるが、よく考えたら魔物との交流が少ない人間がそれを知っているというのも変な話だ。
「その、なんだ。例の夜に、森の主が自分の種族を九尾と名乗っていたぞ」
「キュービか……。初めて聞いた。今は森の主で通してるから、一応エルかエドワードさんに報告しておくといいんじゃねえか?」
「……わかった」
しないがな。帰ったら、この会話は綺麗さっぱり忘れることにしよう。
お久しぶりです。長らくの更新停滞、申し訳ありませんでした。
一応完結までのプロットはできているので、ゆっくりとですが更新再開していきたいと思っております。勝手ですが、気長に付き合っていただけますと幸いです。