28、再会
今、この町の騎士は前代未聞に忙しい。
少し前までは医者も凄まじく忙しかったが、魔熱が病ではなく呪い、つまり自分たちの専門分野ではないということが発覚して、彼らは多少楽になった。もっとも全くの専門外というわけではないので、それでも動き回ってはいるようだが。というか、解呪を専門にしているものなどそもそもほとんどいないらしい。物好きな一部の研究者くらいだ。
まあとにかく、そんなわけで医者の負担が軽減された分、忙しくなったのは騎士達だ。彼らはもともと、森にオーガロード率いるオーガの群れがやってきたということでてんやわんやだった。……私の中ではグレンの件はとっくの昔にカタがついているのだが、騎士団にとっては違うらしい。九尾がオーガロードを追い払うところを直接見たわけでもないのだから、それはそうだろうな。
そんな外的脅威に加えて、魔熱が呪いだとすれば内にも騎士団が対処すべき敵がいるかもしれないのだ。まさに内憂外患である。外患の方は私がしっかり処理したが。
つまり、何が言いたいのかというと。とても忙しい騎士団に所属しているエルは、ツヴァイテイルの私を律儀に洗い上げるとすぐに行ってしまったのである。
そもそも、今日行った家の娘は例の女性医師が担当していた患者であり、治療のために私さえ行けばエルが必ずしも立ち会う必要はなかった。そこを、医師からの頼みとはいえ自分がミコトに仲介したのだからと、忙しさを押して一緒にいてくれたのだ。実際すごく助かった。エルが止めていなければ、娘の妹はあのまま私に殴りかかってきていたからだ。そうなれば、両親や医者の動きによっては死体がもう一つ増えていた可能性さえあった。もしそれは何とか耐えたとしても私の機嫌は最悪、嫌がらせに家の中で破壊活動くらいは行ったかもしれない。そう考えると、あの場にエルがいたことはとても大きい。
まあそういうわけで、忙しいエルは仕事に戻ってしまった。寂しくなんてないが、少しだけ暇だ。私は人型をとり、いつものミコフク姿でなんとなく座り込んでいる。手元には、エルが私を拭くのにわざわざ使ったタオル……例の娘の父親が私に寄越したそれを、何となく弄びながら。濡れた服はエルが回収していったのに、このタオルだけは何故か残していかれたのだ。私が、ついタオルを見つめていたからだろうか。私の毛皮は撥水性が高いから体を震わせただけでほとんどの水気は弾いてしまい、拭くのに使ったとは言ってもあまり濡れていなかったというのもあるかもしれない。よし、それがメインの理由に違いない、きっとそうだ。
さて、これからどうしようか。実はエルには雨具のローブを貸そうかと言われたが、断ってしまったのだ。あれは雨を完全に防げるわけでもないし、雨の中を帰るならツヴァイテイルの姿の方が都合がいい。寒くないし。まあ風呂に入れてもらった意味は薄まるが、人型で雨に打たれて冷えた体は暖まったし洗われるのは気持ちいいので無意味ではなかったぞ、決して。
ふむ……、仕方ない帰るか。そう思って袋にタオルを詰め込みながら立ち上がった時、私は誰かが後ろから歩いてくるのに気付いた。
「……ククリか」
目を細めると、その人物……ククリは、軽く走って駆け寄ってきた。相変わらず髪から目から肩の上で大人しくしている相棒魔物まで、夜の色をした男だ。ナイトバードはククリの頭よりは大きいのに、邪魔ではないのだろうか。
「ミコトちゃん。あの時以来だね」
あの時というのは、アンジェが倒れて途方に暮れた私がエドワードたちに泣きつきに来たときのことだ。思えば、人型を最初に見せたのはククリだったな。
「そうだな」
「ねえ、お昼まだだよね? 良かったら一緒にどう?」
「……私の方に断る理由はないが、忙しいんじゃないのか?」
訊くと、ククリは苦笑した。
「忙しいけどね、昼食くらい食べるよ。奢るし、行こう?」
「……ありがとう」
「うん。あ、僕の友人も一緒なんだけど、いいかな?」
「友人? 別に構わないが」
「ありがとう、じゃあ行こうか」
すぐに私を先導するように後ろを向いたククリの表情は、私の角度からは見えなかった。
ククリは、騎士達がいつも利用している食堂に入っていく。というか、魔物が入っていい店が多いわけではないので、立地的にも必然的にここになるのだという。
ククリの友人だというその人物は、すでに食堂に来ているらしい。彼も魔物の相棒を持つ騎士なのだとか。
「ん? 魔物を連れた騎士は少ないんだろう。もう全員会ったかと思っていたんだが、違ったのか」
エルに連れられて数回駐屯所に来ていた私は、ククリとナイトバードの他にも数組のペアに会っている。もっとも、片手で数えられるくらいしかいないのだが。
「彼は、ミコトちゃんが町に来る前にちょっと怪我をして療養中だったんだよ。今日から復帰したんだ。会ったことがないのも当然かもね。ガイ!」
最後の呼びかけは、私ではなく店内の男に向けられていた。犬を足元に侍らせた男がこちらを向き、笑顔を浮かべる。
「ククリか、ナイトバードも一緒だな。遅かったな」
「ごめんね」
「構わないさ」
「ありがとう。それで、彼女がミコトちゃんだよ」
ククリの目線を追って、男は私を見た。
「初めまして、あんたが噂のツヴァイテイルか。本当に人間みたいなんだな」
その男と私は初対面のはずである。この男の言葉からもそれは窺える。しかしこの顔、短いダークグレーの髪に、どこかで見覚えがあるような……? 道ですれ違いでもしたのだろうか。
「噂の、とは?」
「エドワード様がすでに報告をあげてるからな。ツヴァイテイルが人型を取れるって」
「なるほど」
まあ、オーガロードの件と魔熱の件を報告すると言っていたしな。私の人型の話を抜きにして一連の流れを話すのは不可能だろう。
「あ、悪い、自己紹介がまだだったか。俺はガイ。しばらく休職してたんだが、今日から現場復帰だ。よろしくな」
「ツヴァイテイルの、ミコトだ。よろしく」
「おう。まあ座れよ」
「ああ、ありがとう」
そう返事をして、一歩近付いた時だった。それまでのんびりと寝転んでいた犬が、水をかけられたかのように飛び起きたのだ。
「がうっ……! ガヴゥ……」
「おわっ⁉︎ ど、どうしたマルク、落ち着けよ!」
犬は姿勢を低くして、及び腰で尻尾を丸めながら、威嚇をしている。その視線の先を辿ると、明らかに……
「なんだ、私が何かしたか?」
そう、私である。
「がうがうっ!」
「おいマルク、やめろ!」
慌てたガイが、犬の口を押さえて吠えるのをやめさせる。主人に逆らう気はないようで犬は吠えるのをやめたが、その目は恐怖を宿した目で私をじっと見ている。
「……ガイ、その犬、私に怯えてないか?」
「どうしたんだろうな、普段は温厚過ぎるほど温厚な性格なんだが。悪かったな、急に。こいつは俺の相棒で、牙犬のマルクだ」
……ん、人間と犬の主従? なんだ、何かが引っかかっている。覚えがあるような、ないような。
「……別に、多少吠えられても気にしないが」
言いつつ、同じテーブルの中で犬から一番離れた席に座った。そうは言っても、距離はたかが知れているが。
「ああそうか、ミコトの嬢ちゃん、あんたの本性は狐だったな。だからびっくりしたのか、マルク」
ガイが思い付いたように言う。
「どういうことだ?」
「いやな、俺、休職してたっつったろ? 実は森でドジ踏んで大怪我したからなんだよ。そん時に、森の主の狐に助けられたんだが……まあ、その時の対応が気紛れでな。こりゃあ殺されるかと本気で覚悟を決めたもんだ。そのせいで、マルクは狐が怖いのかもしれん」
「……そ、そそ、そうか」
繋がった。それはもう完璧に繋がった。こいつら、私が町に来る気になるきっかけを作った、あの主従か!
どおりで見覚えがあるわけだ。そしてこの犬、私のにおいを覚えているな。魔力を隠して実力は誤魔化せても、においまで変わるわけではない。つまりおそらくこの犬には、私があの時の九尾だとバレている。……口も利けない、念話も使えないような雑魚で本当に良かった。
「マルクは狐がダメなのか。ごめんね、気が回らなくて」
穏やかな口調で割り込んできた声に、若干存在を忘れかけていたククリを見ると、いつも通りの柔らかな表情を浮かべている。しかしそれに、私の本能は警鐘を鳴らした。
ククリは穏やかな性格をしている。ナイトバードを相手にしている時の緩んだ表情をよく見ているというのもあって、信用していいと思っていた。だが、こいつは意外と洞察力が高く、賢い側面も持っている。
もしもだが。ククリが、私自身が九尾ではないかという疑念を持っていたとしたら。そうだ、私は風呂のそばにいたのだ。自分が風呂に入るのでもナイトバードを洗いたいのでもないのならば、何故ククリはあの場に来た? あの場所は騎士団の敷地の外れにあるし、食堂に行く途中で通りがかったとは考えにくい。ククリも忙しいはずなのだから、まさか散歩していたということもないだろう。では、エルに私の居場所を聞いて、わざわざ来たのだとしたら。それが、ガイとマルクに引き合わせるためだとしたら。私が近付いた時のマルクの反応と、ガイがあの時の人間だと気付いた時の、私の反応。疑念を深めるには十分だったのではないだろうか。
これは……厄介なことになったかもしれない。ただの私の考え過ぎだといいのだが。
そろそろ長くなってきて、前の話との矛盾がありそうで心配です。何かしでかしていましたら、優しく教えていただけると嬉しいです。




