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27、お風呂(2)

 駐屯所に着くと、風呂に入るためにツヴァイテイルになるよう指示された。というのも、騎士団の人間用の風呂は男風呂しかないのだ。理由は単純、騎士は男しかいないから。ここで働く一部事務員は女だが、事務員がわざわざここで風呂に入ることはない。騎士は汗や返り血で汚れるからこそ、駐屯所には風呂があるのだ。というわけで、女の私は人型のままでは風呂に入れないのである。だからツヴァイテイルになって魔物用の風呂に入れと。


「……別に、私の主観的には変わらないのだがな。この姿で男風呂に入った方が手っ取り早い」


「それはない! それはダメだぞ、ミコト。治安を守るはずの騎士が犯罪者になりかねない」


「性犯罪のことを言っているのか? 返り討ちにしてくれるわ」


「やめてお願い。というか寒いだろ、俺も寒いから早くツヴァイテイルになってくれ」


 ああ、そうだったエルも濡れているんだった。早くしてやらないと、エルも風呂に入れない。私はすぐにツヴァイテイルになった。……いつもの感覚のまま、つまり、服を着たままで。


「…………」


「…………」


「…………」


「…………あー……」


 うん、前が見えない。エルの呆れたような声が聞こえる。濡れた重たい服が体に纏わりついてくるが、肉球のついた足ではうまく払うこともできずに無言でもがいていると、布の一部が持ち上げられて軽くなった。そちらを見ると、苦笑顏のエルが覗いている。


「……うっかりするとそうなるのか、初めて知った」


 私は知っていたよ、忘れていたけどな。


 そう、今日の私の服装は、ミコフクもどきではないのだ。目立たないように、今日も今日とてエルやアンジェの服を借りていたのだった。これらは私の魔力でできているわけではないから、変化を解いても当然消えることはない。九尾に戻ったならサイズ的に引きちぎってしまっていただろうが、人型よりも小さなツヴァイテイルになったため、濡れて重たい服の中に埋もれてしまったのだ。人型になっていた直後だから余計にそう感じるのだが、獣というのは本当に不器用だ。纏わりついてくる布から、上手く抜け出せない程度には。かといって人型に戻ったとしても、もはや事態は解決しない。元の体勢のまま再び人型になることはできないからだ。腕やら足やらが上手く服に収まるとは思えない。運が悪ければ、これまた服を引きちぎってしまうだろう。


「きゅー……」


 そこで、私は動くのをやめた。自力解決を完全に諦めたのである。エル、助けてー。


「あーあー」


 口調だけは呆れたように、けれど口もとをにやけさせながらエルが服を持ち上げて出口を作ってくれる。私は何とか這い出ると、感情のままに服を軽く足蹴にした。


「こらこら」


 ひょいっと持ち上げられて、私は足をばたつかせる。


「行くぞミコト」


 エルは片腕に私を抱え直すと、魔物用の風呂の扉を開け放った。今日も今日とて誰もいない。今は騎士に魔物のパートナー持ちが少ないから、騎士以外で魔物やら獣やらを飼っている人間に有料貸し出しもしているらしいのだが、出会ったことがないな。まあ、私もそんなにここに来ているわけではないが。


 そんなことを考えているうちに、エルがいつの間にか大きな桶に水を汲んでやる気満々だ。……いや、ちょっと待て。こいつは何を考えている。


 たし、とエルの手の上に肉球付きの前足を乗せて動きを止めた。ちなみにこの動作、爪には要注意だ。人間の皮膚は簡単に切れてしまうからな。


「ん、どうしたミコト?」


「きゅー‼︎」


 どうした、じゃないだろう!


 エルもかなり雨に打たれて濡れているのだ。なのに何で当然のように先に私を洗おうとしているのか。風呂の中は暖かいんだし、ここで待たせればいいだろうが。先に自分をなんとかしてこい!


 しかし通じない。鼻先で出入口を示したが、首を傾げられてしまった。……くそ、こうなれば。


 私はエルの腕から逃亡し、背中側に回って後ろ足だけで立ち上がると、しゃがんだエルの肩あたりに後ろから両前足を置いた。


「え、ちょ、何だよミコト。動けねーんだけど」


 嘘だ。動こうと思えば動ける。しかしそのためには私を無理やり退けないといけないから、エルは動けないと言っているのだ。私はため息をつきながら人型になった。


「エル、お前も冷えているだろうが。私は後でいいから、先に自分の方をなんとかしてこい。ほらこんなに濡れてる」


 後ろから髪の毛を梳いてやると、やはりかなりの水気を含んでいることがわかる。耳もよほど冷えたのか、赤くなってしまっている。


「……な、え、……ミコっ……」


 ……エルの様子がおかしい。私は後ろから話しかけているのだから首くらい振り向いても良さそうなものなのに、頑なに前だけを注視し続けている。エルの視線の先を注意深く見てみるが特に異常は見受けられず、私は首を傾げた。


「エルどうした?」


「い、いやどうしたっつーかその、ミコト今人型だよな?」


「まあな」


「ツヴァイテイルの時って服着てないよな。そ、そんで、さっき脱いだ服、そのまま脱衣所に置いてきたよな?」


「まあ、そうだな」


 服は後で回収して下洗いして絞って、洗濯はアンジェに頼めばやってくれるだろう。


「てことはお前、服が外に置きっぱってことは、お前。いっくらここが風呂だからってな、目の前に俺がいるんだからな⁉︎」


「分かっているが、何か問題があるのか? 狐が服を着ないのは普通だと思うが」


 というか、ツヴァイテイルの姿で服を着ないことに、どうして今更このタイミングでケチをつけられているのか。


「たとえ中身が狐だって女だろ、服は着てくれよ俺はどうしたらいいんだよ」


「ふむ? だがそもそも、服がないからな……」


 獣用の服なんて酔狂なものは少なくとも私は知らないし、需要もないだろう。


「いやここにないのは分かってるけど! 振り向けない俺の気持ちにもなってくれ」


「振り向けない?」


 確かにエルは、それはもう頑なに、正面の壁を凝視し続けている。私はまたも首を傾げた。


「なぜだ?」


「だってお前、今の自分の格好言ってみろよ」


「いつも通りの人型だが。人型になった場合の本来の姿、デフォルト状態というか、ありのままというか」


「だああああくそほらそうだろ、ありのままなんだろ!」


「? うむ」


 エルは何をこんなに慌てているのか。よくわからないので、振り向けないらしいエルの正面に回ることにする。


「うわちょっ、馬っ鹿お前なんで人型のまま目の前に……って……」


 エルの言葉が、尻窄みになって消えていく。


「……ミコト」


「なんだ」


「人型になるとデフォルトでその、お前がいつも着てる……今も着てる、ミコフク? とやらが付いてくるのか」


「ん? ああ、そうだが?」


「あ、うん、そっか」


 エルの顔が赤い。


「エル? 顔色が悪いというか……赤い? ようだが、大丈夫か。風邪を引いたんじゃ……」


「ああいや全然全く赤くない大丈夫楽勝」


「いや赤いって言ってるだろう、なんで否定する」


 エルは手で顔を覆い隠すようにして、自分の前髪をくしゃりと乱した。


「あーくそなんでもない、何でもないから気にしないでくれ」


「そうか? それよりエル、先に風呂に行ってこい。ここは暖かいし、汲んでもらった湯にでも浸かりながらツヴァイテイルの姿で待っているから。……人型はまずいんだろう」


「え、でも、うーん……」


「いいから行ってこい。急がなくていいから」


 渋るエルを押して、風呂場から追い出した。エルのことだから、どうせ急ぐんだろうな。


 ツヴァイテイルになってエルの汲んでいった湯に浸かった私のところにエルが戻ってきたのは、それから比較的すぐのことだった。ちゃんと暖まってくればいいのに。

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