お断りします
「絶対に嫌です。近寄らないでください。」
私を抱くと言った王様に対して、はき捨てるように言ってしまいました。
ええ、確かに私はもう清い体ではありませんし、今更清純ぶるつもりもございません。お願いされれば誰にだって抱かれるかもしれません。
でも、この王様にだけは抱かれたくないと本能的に思ってしまいました。
きっと王様はこういったことで拒否されたことはないのでしょう。唖然としていらっしゃいます。
とても美しい王様。光に反射してキラキラと輝く髪、見るものを捕えて離さない瞳、男性らしいしなやかな体つきを持つこの男性に対して、女性であれば本能的に疼いてしまうほどのものなのでしょう。
私だって、王様はとても魅力的なんだろうな、と思っています。
でも、飽く迄も推測にとどまってしまいます。
誤解なさらないでください。王様に対してだけではありません。すべてのモノに対して私は現実感というものを感じられないのです。
変態画家さんの絵に対してもそうでした。彼の絵を見る全ての人が心から感動するしているのはわかります。でも、私は凄いんだろうなとしか考えられないのです。
実感が持てない。変な言い方かもしれませんが、それも私の一種の「癖」なのです。
「…何が不満なのだ」
「その問い自体の意味がわかりません。いきなりそんなことを言って全ての人が『はいよろこんで』なんて言うと思っているんですか?」
少しイライラしてしまいました。お分かりだと思うのですが、感情がないわけではありませんので悪しからず。人よりも沸点は高いと思うのですが、このような人のことはどうやら苦手なようです。
王様も眉を顰め、私から一歩離れます。
「では、再び私の望みとしてお前に願えば叶えてくれるのか?」
「いいえ、全てのお願いを受け入れるはずないじゃないですか。さっきのはこの部屋に連れてきてもらったお礼です。私は慈善事業をしているわけではありません。自分にとって得るものがあれば別ですが、基本的に嫌なことはしない主義です。」
「得るもの、と言ったな。私はこの国の王だ。私の寵愛を得られれば大抵のことはそれこそ望み通りになるだろう。それは、お前にとって得るものではないのか?」
そういう考え方もあったのかと感心しました。皆さん意外とあくどいことを考えるんですね。
「私は何かが欲しいわけじゃありませんし、むしろそんな面倒な立場は願い下げです。私はただ生きていければそれだけで十分なんです。それに…」
その続きを言っていいのか躊躇って、言葉を止めてしまいました。
王様は私から言葉が出てくるにつれ不機嫌なオーラを増加させています。
「それに、なんだ?」
「それに、本能的に思うんです。あなたは私を縛り付けるつもりだって。」
王様はその言葉を聞くと微笑みました。魔王がいればこういう顔をしてるんじゃないかと思わせるほど、それはそれは冷酷に、美しく。
「勘の良い生き物だな、お前は。そうだな、俺はお前をここから一生出さないことだってできる。入口に鍵をかけベッドに縫い付け、お前が死ぬまで貪り続けることだって可能だ。
だが、そうだな。今は逃がしといてやろう。まずはお前自身が知らないお前を知るがいい。そして考えるんだな。お前にとってどうすることが最善であるのかを。」
そう言うと王様は私に背を向け、部屋から出て行きました。
私はというと、とても嫌な汗をかいております。怖い、というよりは、生きるために逃げなければという生存本能を刺激されるような感覚でした。
私は確かに場合によっては自分の体を対価として提供することによって、今までいろんな人の所で暮らしてきました。今回もそうすることによって上手く新たな生活の拠点を手に入れることができたのかもしれません。ここがどこであるかは別としてですが。
でも、誰でも良いというわけではないんです。
相手の方が約束を破ったら私はすぐさま別の人を探します。だからこそ、約束をする人はそれを理解してくれる人でなくてはいけません。その関係は、契約のようなものなのです。
その人との関係が良好であるのならば、一回くらい約束を破られたっていいじゃないかと思われるかもしれませんね。私だってそう思います。
でも、なぜかそうはできないのです。それも私の「クセ」なのでしょう。
きっと王様は約束を破っても私を逃がしてはくれません。そんな人と契約を結ぶことは私にとってとても恐ろしいことなのです。
一人の人に縛られてしまうのは、とても、怖いのです。
暫くすると、宰相さんがメイドさんらしき人を連れてきて戻ってきました。
「お話する前に、まずは着替えていただきます。その格好は、何というか…」
そういえば、変態画家さんの知り合いAさんに襲われた時の格好のままでした。
家の中でしたので、制服ではなく、太股がきわどいところまで露わになるホットパンツに胸元がぎりぎりのところまで開いているTシャツ姿です。これももちろん変態画家さんの趣味です。
確かに卑猥な格好だなーと思いましたので、素直に頷きました。
「では、外で待っています。終わったら声をかけてください。」
そう言って再び出ていきます。
するとメイドさんが近付いてきて、目をキラキラさせながら言います。
「さぁ、お着替え致しましょう!!」
なぜ、そんなに楽しそうなのでしょうか。
若干身の危険を覚えつつ、メイドさんの為すがままにされるのでした。