第1話
「ったく、なんなんだよ」
僕は思わず悪態をつく。今日もだ。今日も栞からドタキャンされた。
水野栞。僕の幼馴染で、1年前から付き合っている彼女でもある。幼稚園から一緒で家も近所。家族ぐるみの付き合いだ。
「ごめん、大事な用事が入ったから今日無理になった」
そのメッセージだけで既に駅に向かっている僕とのデートの約束は反故にされた。最近そんな事が多い。デートに行かなくなった。触れ合いがなくなった。家にも来なくなった。問い詰めてもはぐらかされる。
分かってる。嫌な予感はしている。信じたくないことだが、彼女の行動はその可能性が十分にありえると示している。だけど、信じたくない。10年以上も一緒にいる幼馴染の彼女だ。結婚まで考えている。
はぁ…。どうする?家に帰ってゲームするのもな。親に栞と遊んでくると言った手前帰りづらい。
そのまま電車に乗って、最近できたというネットカフェに向かう。ネカフェで漫画を読んでいるとそのまま寝てしまった。起きた時には18時を超えていた。マジで最悪だ。割高の延長料金を払わないといけない。
憂鬱な気分でネカフェをでる。駅までの近道で繁華街から一本裏の道を歩く。風俗店やラブホが立ち並ぶ通りを歩いていると、信じがたい光景が目に入った。
栞だ。栞が男と腕を組んで、ラブホから出てきていた。
嘘だ。いや、嘘な訳が無い。眼の前の現実を認めたくない。僕ともまだエッチさせてくれないのに。なんで。
思わず彼らの元に走る。
「栞!なにやってんだよ!」
栞と男がこちらに振り向く。男は見覚えがある。先輩でサッカー部のキャプテンかなんかをしている、結構な有名人だ。
栞はうわ…とでも言いたそうな、嫌な顔を浮かべそのまま男の背に隠れようとした。
「おい、栞!どういうことか説明しろよ!」
栞を問い詰めようと一歩近づくと男に顔面を殴られた。
「栞に近づくんじゃねぇよ」
尻もちをついたまま男を見上げる。情けない。涙が滲んでくる。
男は栞の肩を抱いた。
「こいつもう俺の女だから。二度と栞に近づいたり変なことすんなよ」
といって栞の顎を持ち上げキスをした。舌を絡ませながら僕を見下ろしてくる。
どうにもできない。喧嘩なんかしたことない。身体の大きさもぜんぜん違う。ただ涙だけが出てくる。僕は情けなさや悔しさ、苦しさや心の痛みに耐えられず逃げ出した。
記憶も定かではないが、そのまま家に帰り様子のおかしな僕を心配する母さんをごまかしながら夕飯を食べた後、無理やり眠りについた。
月曜日は学校に行く事ができなかった。
火曜日になってようやくベッドから抜け出し、通学の準備をする。
最近は少ないながらも栞と一緒に登校することもあったが、もちろん栞は家の外で待っていることはなかった。
憂鬱な気分のまま校門を抜けて教室に入る。教室の空気が明らかに変だ。誰もが僕に変な視線を向けている。カバンを机の横にかけ、椅子に座るとクラスのチャラ男が声をかけてきた。
「山田、お前水野のこと襲おうとしたらしいな」
ニヤニヤと笑いながら言ってきた。意味が分からない。思わず「はぁ?!」というとチャラ男が言う。
「水野が昨日言ってたんだよ。日曜日にお前に襲われそうになって立本先輩に助けてもらったって」
クラスの全員が聞こえるような大声でそんな事を言われる。身に覚えがなさすぎる。意味不明だしありえない。
「んなことやってない!僕と栞が付き合ってるって知ってるだろ!」
「うはは、お前ら明らかに釣り合ってなかったからな。幼馴染ってことで無理やり付き合ってもらってて、セックスさせてもらえないから襲おうとしたんじゃねぇの?」
あまりの屈辱と怒りで顔が熱くなっているのが分かる。いたたまれなくなって、カバンを持ちそのまま学校を飛び出した。
お母さんも僕の様子が普通でないことが分かったのだろう。二日続けて学校を休むことを了承してくれた。
次の日には登校しても誰も話しかけてくれなくなった。あまり友達のいない僕だが、話す友人はいたのに、誰も声をかけてくれない。皆、栞達がついた嘘を信じている。誰も僕のことを信じてくれない。
放課後まで授業を受けた後、家にも帰りたくなくて校舎の中を彷徨った。
人気のない階段を見つけて、そこに座り込む。
どうしてこんな事になったんだろう。僕が何か悪いことをしたか?昔から、小さい頃からずっと一緒だったのに。なんでこんなひどいことができるんだろう。
涙が出てきて止まらない。
ただひたすら涙がでて、袖で拭う。悔しい。酷い。情けない。そんな言葉が頭の中でぐるぐるしている時に、優しい声をかけられた。
「ねぇ、どうしたの?」
顔を上げるととんでもない美少女が目の前に現れた。この人の事は知っている。生徒会長もやっている超有名人、黒羽零さんだ。なんでこんな人が僕に話しかけてるんだろう。上手く言葉がでてこない。
「あ、あの…」
よく分からない言葉を言ってしまう。
「大丈夫?落ち着いて。ゆっくりでいいからね」
黒羽さんは優しく微笑みながらそう言ってくれた。泣いている僕を心配してくれているんだろう。涙が収まってきて、呼吸が落ち着いてくるとまた声をかけてくれた。
「山田勇気くん、だよね。なにがあったの?なんで泣いているの?」
僕の名前を知ってくれているんだ。それだけでうれしくなってしまう。
僕はぽつりぽつりと何があったのかを話し始めた。
「なるほどね、そんなことがあったんだ。つらかったね。」
一通りなにがあったのかを話すと彼女はそう言ってくれた。学校で一人ぼっちだと思っていたのに、彼女は信じてくれた。哀しい顔で、僕の痛みを分かってくれた。
「とりあえず今日はもう帰りましょう」
そう言うと彼女は僕の手をとって立ち上がらせた。白魚のような手で、ひんやりしていて今にも壊れそうだ。お母さんと栞以外の女子に触れられたことなんて無かったから、ドキドキしてしまう。
そのまま一緒に靴を履き替えて、校門を出て駅へと向かう。彼女は気を使ってくれているのか、栞達の話ではなく、勉強や体育祭の話などをしてくれる。何かあったら話聞くから、と連絡先の交換までしてくれた。日曜日から辛いことばっかりだったけど、ようやく心が落ち着いた。嫌なことばっかりじゃないんだと思えた。
翌日も誰も僕には話しかけてこない。昼休みになった。前までは栞とご飯を食べることもあったけど、当然今は1人だ。居心地の悪い中弁当を食べていると、別のクラスのはずの黒羽さんが教室に入ってきた。まっすぐに僕の方に近づいてくる。
「お弁当一緒に食べない?」
優しい笑顔でそう言ってきた。そのまま前の空いた椅子にすわって僕の机に弁当を並べると、雑談を始めた。
明らかに教室がざわついている。信じられない。この状況で悪い噂が流れている僕に話しかけるなんて。すごい、と思う。僕なんかじゃ絶対ムリだ。恐らく殆どの人が無理なんじゃないかと思う。彼女を見ていると周りの空気なんてちっとも気にしていないのが分かる。
「ねぇ、昨日話してた幼馴染の彼女ってどの子なの?」
声を抑えて彼女はそう聞いてきた。もう彼女ではないけど、目線で幼馴染の方を指してみた。
「ふーん、なるほど…」と言いながら彼女と僕の方を見比べている。栞は少し焦ったような、不機嫌なような何とも言えない顔でこちらを見ていた。
「今日の放課後あいてる?」
適当に雑談をしていると黒羽さんが聞いてきた。
「うん、空いてるよ」
「じゃあ、放課後、校門の前で待ち合わせで」
そう言うと、弁当を食べ終わった彼女は自分の教室に戻っていった。途端に心細くなったが、放課後にまた黒羽さんと会える、と思うと頑張れる気がした。
放課後になり彼女と合流する。
「勇気くんが、栞さんと立本先輩が出てきたところを見たっていうラブホを見てみたいんだけど」
いきなりの名前呼びにびっくりする。それにラブホに行きたいって…。え、なんで急に…?
「えっと、なんで…?」
「なんでって、今流れてる噂は冤罪なんでしょう?それを晴らしたいとは思わないの?」
あ、ああ、なるほど。話の流れなんかも無く、合流してすぐに言われたから動揺してしまった。冤罪を晴らすのに協力してくれようとしているのか。そのラブホを見るのが、どうやったら冤罪を晴らすことに繋がるのかよく分からないけど、了承する。
「あ、えっと、うん、ありがとう。それなら案内するね」
適当に雑談しながらそのまま駅に向かい、電車を乗り継いで現場のラブホテルに着いた。
「ここだよ」
黒羽さんは通りをざっと観察している。
「ここで水野さん達を見かける前は何してたの?」
「新しくできたっていうネットカフェに行ってたよ」
なんというネットカフェかを聞かれたので、答える。会員カードを見せてくれないかと言われたので、財布から会員カードを取り出した。レシートはある?と聞かれたが生憎捨ててしまっていた。
黒羽さんはスマホをしばらくいじったあとに、顔を上げた。
彼女は周囲を見渡しながら何かを考えている。30秒ほど何かを考えた後、彼女は僕の手を引いて歩き出した。いかがわしい風俗店の方に向かっている。何を考えているかよく分からないが彼女の手に引かれるがままついていく。
彼女は風俗の客引きのおじさんに話しかけた。
「あの、すみません。4日前の日曜日なんですけど、この人があそこのラブホテルの前で殴られてるのを見ませんでしたか?」
彼女は手で僕を指す。おじさんが僕の顔に注目する。
「あ?えっとお前が殴られたの?それ日曜の何時くらい?」
おじさんが僕に確かめる。
「えっと…19時前くらいです」
「ちょっと待ってな」
というとおじさんは風俗店に入っていった。何をしにいったのかはよく分からない。しばらく待っているとおじさんが茶髪のチャラそうな20代前半くらいの男を連れてでてきた。
チャラそうな男性は僕の顔を見て笑う。
「あ、お前なの?この前なんか殴られて泣きながら走り去っていってた奴!」
僕はチャラ男にあの日にあった出来事を説明した。
「マジかよ、リアルNTRじゃん。お前、ドンマイだったな。元気出せよ」
と言ってくれた。
僕らの会話が落ち着くまでしばらく待っていてくれたんだろう。黒羽さんがチャラ男に、僕が栞達に学校で冤罪をかけられてイジメられていることを説明してくれた。もしかしたら警察が証言を求めにくるかもしれないので、予め名刺をくれと言っていたが、名刺がないそうで連絡先を僕と交換してもらった。
警察…?そんな大事になるのかな…?少し僕は怖くなってきた。
チャラ男さんは去り際に僕に、
「めちゃめちゃいい女じゃん、前の奴は忘れて頑張れよ」
と肩を叩き励ましてくれた。見た目だけでチャラそうなんて決めつけるのも良くないな、なんて思った。
「勇気くん、ご両親にも相談したほうがいいよ」
駅に向かっている途中で黒羽さんに言われた。どうしよう。心配をかけたくないという気持ちもあるけど、黒羽さんがここまで言ってくれている。今日は両親が家に揃ってるというと、
「じゃあ私も行くわ、勇気くんだけだとちょっと不安だしね」
と笑いながら言ってくれた。彼女がついていてくれるなら僕も勇気がでる。そのままお母さんに友達も連れて帰ると連絡をして2人で僕の家に向かった。
家に着くと黒羽さんはすぐにお母さんに大事な話がある。彼が何かをしたわけではないので安心してほしい。彼のお父さんが帰ってきたらまとめてお話します。と言うとリビングでスマホを何やら弄り始めた。僕の部屋に案内しようかと思ったけど、着替えてリビングのソファで隣に座る。
お父さんが帰ってきたので話し合いになった。僕は幼馴染の浮気の件、噂の件、黒羽さんと出会ってからあったことを話した。そして黒羽さんは潔白だったと証言を伝えてくれた。お父さん達は僕に同情してくれて、幼馴染と先輩に怒り、黒羽さんに感謝を伝えた。
そこからしばらくはお父さんとお母さんがこの件にどう対処するかを、スマホで色々と調べ物をしながら考えていた。警察に被害届を提出する、という話になっていく。警察か…。そんな大事にするほどのことなのかな。栞は警察に捕まったりするんだろうか。
「えっと、警察って…。栞はこれからどうなるの…?」
思わず口からそんなセリフが飛び出した。栞は僕を裏切ったのに。それでも心配してしまう。
黒羽さんもお父さんもお母さんもなんとも言えない顔で僕を見ている。
「勇気。やったことにはね、責任を取ってもらわないといけないのよ」
お母さんはそう言った。
しばらくすると黒羽さんの両親が迎えに来た。黒羽さんはスマホから顔を上げると、僕達に「迎えが来たみたいなのでそろそろ失礼します」とぺこりと頭を下げた。
お父さんとお母さんと僕で、黒羽さんのご両親に感謝の意を伝えた。黒羽さんがいなかったらこれからどういう高校生活になっていたか分からない。僕も精一杯感謝の気持ちを伝えた。
翌日、学校を休んで警察に被害届を提出し、放課後に担任と学年主任、僕とお母さんで話し合いが行われた。学校側に、何があったのかと、被害届を提出している旨を伝えるとすぐに学校側は動き出した。
そこから2週間ほど経った後、栞と立本先輩は退学処分が下った。噂は完全に払拭され、僕の高校生活は正常に戻った。状況は逐一黒羽さんにメッセージで伝えていた。
学校側と話し合ったあと、栞とは一度だけ会った。僕が登校している途中に私服で家から走ってきた。泣きながら僕にしがみついて被害届を取り下げてくれと頼み込んできたが、追いかけてきた栞の両親に連れ戻された。
お父さん達は、多分栞は引っ越すんじゃないかと言っている。クラスのチャラ男からは誠心誠意謝られたので許した。
彼らが退学してからしばらくして、黒羽さんに、明日の放課後に校舎の裏に来て欲しいとメッセージを送った。
黒羽さんが僕のことを好きかどうかはわからない。でも嫌ってはいないはずだ。
彼女は成績も学年1位で運動もできる。容姿はそれこそ芸能人よりも優れてる。釣り合ってないのは分かってる。
でも彼女が側にいてくれている間、僕は多くのことを学ばせてもらった。
冤罪も晴らしてもらった。彼女とはこれからも仲良くしたい。
彼女になってもらえるかは分からないけど、この想いを伝えたい。
素敵な告白のセリフを考えながら僕は校舎の裏へ向かった。




