番外編 休みません
「くしゅん、くしゅん。......失礼しました。」
資料を読んでいたソフィが、小さくくしゃみをした。
「アルノー、今朝からくしゃみをしているけど、体調が悪いのかい?」
エリオットが心配そうに声をかける。
「大丈夫です。」
ソフィはそんな心配は無用だというよう答えているものの、その頬はわずかに赤い。
「ベルナール、悪いけど、医務局から人を呼んできてくれないか、ゴホッゴホッ。」
「承知いしました。」
ベルナールが部屋を出ていくと、ソフィが抗議の声をあげた。
「そんな、大袈裟ですよ。先ほど、エリオット様だって咳をしていたではない ......くしゅん。」
「ほら、言っているそばから――。」
気づけば、二人で早退することになっていた。ベルナールが屋敷から迎えを出すように遣いを出すと、執事のロジェが外出していたようで、誰もいなかったらしい。
「アガタはどうしたんだ?」
「昨日、体調が悪そうでしたので、明日まで家族のもとで休むようにいってあります。」
「どうして、宰相邸なのに、そんなに人がいないんですか。」
ベルナールが不審そうにこちらを見た。
言われてみれば、貴族ともなれば、行き帰りの送迎は当たり前なのに、私たちは付き添いなく行き来している。私は弱小貴族出身だからか、疑問に思ったこともなかった。しかし、エリオット様は違う。たとえ屋敷が王宮前広場沿いにあったとしても、確かにおかしい。
「私たちは基本的に自宅には寝に帰るだけだ。過剰な人員配置は、セキュリティリスクをあげる上に、心的負荷が増える。」
体調不良とはいえ、エリオットは即座にもっともらしい回答を述べる。
「それでも、誰もいないなんて。」
「入り口には守衛がいるから問題ない。」
「そうでなく、誰が看病するんですか。」
「そのうち、ロジェが帰ってくるはずだ。」
「何も分かっていないことだけ、分かりました。後ほど、様子を見に伺いますね。」
そうして、私たちは揃って、誰もいない宰相邸へ向かった。
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屋敷に到着して、いつも通り各自の部屋に入り、部屋着に着替えた。小さい頃に母に看病された記憶を基に、リネン室でちょうどいい大きさのタオルを探す。すると、エリオットがやってきた。自宅に帰ってきて、気が抜けたのか、いつもよりも覇気がない。
「ソフィ、何をしているんだい?」
「タオルを探しています。」
「額にのせるためだね。確かに身体を冷やすと楽になる。私が探すから、君は部屋で横になっているといい。」
そういって、戸棚を漁っていた手を掴まれる。
「でも、エリオット様も熱いですよ。」
「さっきから言っているように、私は大丈夫だ。」
「でも――」
「私の頭痛の種を増やさないでおくれ。」
頭痛に言い争いはよくない。そう思ったソフィは、すでに見つかっていたタオルを手前の方に置き、部屋に戻ることにした。
部屋で、エリオットを待っていたが、待てど待てどやってこない。心配になって、リネン室に行くと、各種タオルが散乱しており、エリオットは白いシーツと格闘していた。
エリオットは高位貴族にしては自立している方だが、それでもやはり世話を焼いてもらう側の人間だ。シーツを一生懸命丸め、取り繕っているエリオットを見て、自分がエリオットよりは大分ましなことが分かった。
どうにか説得して、エリオットを自室のベッドに横たわらせて、枕元に水の入ったコップと洗面器、そして小さなベルを用意し、濡れたタオルを彼の額の上に置いた。
「それでは、私も自室で横になります。何かあったら、このベルを鳴らして呼んでくださいね。失礼します。」
そして、自分にも同じセットを準備すると、ベッドに横たわった。
すると急にけだるさが身体を覆った。ベルナールには申し訳ないが、早退させてもらってよかった。自然と瞼が重くなり、夢うつつをさまよっていると、ひんやりとした感触がした。
「ロジェ、帰ったんですか――。」
そういって、うっすら目を開けると、顔を赤くしたエリオットが、私をのぞきこんでいた。どうやら、彼が自分のタオルを絞りなおしてくれたらしい。絞り切れていないタオルから、しずくが垂れてきた。
上体を起こそうとしたら、肩を抱かれて、元の体勢に戻されてしまった。
「ソフィ、寝ていないとダメだよ。」
「それはエリオット様も同じです。」
「でも、私は君が心配で心配で。顔を見ていないと、不安で頭が痛むんだ。うっ。」
「ひとまず、ソファに掛けてください。頭痛は私のせいでなく、風邪のせいですよ。早くお戻りになって下さい。」
「いや、君の危機に助けにならない男にはなりたくないんだよ。」
むしろ助けたくなるような火照った顔で言われても、説得力がまるでない。そして、それ以上言い返す気力も残っていなかったのか、彼はふらつきながらソファに身体を沈めた。
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少し経った頃、玄関ベルが来訪を告げた。ロジェが鳴らすことはないので、きっとベルナールだろう。私は起き上がり、玄関まで向かおうとした。すると、同じように上体を起こしたエリオットと目が合う。
「ベルナールだろう。私が迎えるよ。」
「いえ、私が。」
押し問答をくり返していると、再びベルが鳴った。
それを合図に、それぞれが我先にと玄関へと向かった。しかし、熱でふらつくため、いつものような速度は出ず、壁や手すりを頼りの拙い足取りながら、全速力で向かう。
ゴールまであと一歩となったところで、屋敷の玄関ドアが開いた。そこには、ベルナールと医務局の職員がひとり。そして、ロジェもいた。
「旦那様、大丈夫でしょうか。」
ロジェがエリオットに駆け寄った。
「それよりも、ソフィを。」
エリオットがソフィへと手を伸ばす。
「やっぱり、こうなっていましたか。」
ベルナールが冷めた目でこちらを見ている。
「ベルナール、何を言っているんだ。君が呼んだから私たちは迎えに来ただけであって、それまではしっかりと休んでいたぞ。」
「そうですか。だったら、いいんですが。医務局の者を連れてきたので、もう一度診てもらって下さい。」
そうして、私はロジェに、エリオットはベルナールに連れられて、部屋に戻った。そして、ロジェが手際よく私の身の回りを整えていると、小さなベルが鳴った。とっさに、私は反応し、身体を起こした。
しかし、ロジェに止められて、彼が部屋へと出ていく。
扉越しににぎやかな声が聞こえてくる。その声は段々と大きくなっていく。
コンコン。
エリオットの部屋から誰かがノックをした。私がベッドに横たわったまま、答えるとロジェが入ってきた。
「ソフィ様、お休みのところ、大変申し訳ありませんが、坊ちゃまがどうしてもソフィ様の隣にいるとわがままを仰られておりまして.....。このまま騒ぎ続けるとお体に障りますので、申し訳ございませんが、ベッドの方をエリオット様の寝室の方に移動させてもよろしいでしょうか。」
熱のせいなのか、そうじゃないのか、よく分からない提案だったか、私は承諾した。そこで、ベルナールと医務局の人も部屋に入ってきて、重そうなベッドを運び始める。
「ソフィ、休んでいるところ、申し訳ないね。でも、君も熱がある中、無理をしてグランディエ様の看病をしていたみたいだから、お互い様だね。全く、こんなことなら、早く結婚してしまって下さいね。そうすれば、同じベッドで寝ても問題ないのですから。」
ベルナールは私たちが寝室を分けている理由を盛大に勘違いしながら、帰っていった。
ロジェも退出し、エリオットの部屋で二人っきりになった。なんだか変な感じがする。私たちは横になりながら、赤い顔でお互いを見つめあった。なんて滑稽な二人なんだろう。思わず笑いがこぼれた。
エリオットが手を伸ばしてきた。私もそれに応える。
私たちは手を握り合い、そして眠りについた。
予想以上にたくさんの人に読んでもらえたので、おまけを書いてみました。読んで頂き、ありがとうございました!




