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日本仙妖譚 ― 現世と幽世のはざまで、かぐや姫と桃太郎の時代に仙人を目指す ―  作者: 紅連山


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第17話 残燼の海島、収束された防衛線

【残燼の海島】


 潮風がぴたりと止み、大洋の轟きすら息を潜めていた。天空は鉛色の曇天、湿った空気に微かな灰の匂いが混じる。


 正雪は、焦土と化した大地の上に立ち尽くし、信じられないというように周囲を見回した。


 ここは、日賀島。


 数日前まで、朔夜と朔月と共に長角魚鱗獣の捕獲作戦を練った、活気溢れる修練の地。


 それが今、黒く焼け落ちた梁と、粉砕された瓦礫の山へと変貌していた。折れた精鉄の剣、散乱した矢羽、砕け散った霊器……生々しい戦いの痕跡が、正雪の胸を貫く。


 「朔夜……朔月……!」


 正雪の悲痛な呼び声は虚空に吸い込まれる。返事はない。草木一本、生き物の霊気すら、この島から消え失せていた。胸が強く締め付けられ、焦燥と不安が喉を焼き、呼吸すらも痛みを伴う。


 正雪は即座に霊力を練り上げ、両指で空中に繊細な伝言術の符を描いた。符は淡く発光し、「ぽう」と音を立てて小さな火玉となり、急速に空へと舞い上がっていく。


 数息後――。


 「ヒュル」と空気を裂く音と共に、火玉が急降下して戻ってきた。受け取った瞬間、それは小さく弾け、光の文字が正雪の視界に浮かび上がる。


 「戻レ。宗門ヘ。――朔夜」


 正雪はその文字を視線で握り締め、強く歯を噛み締めた。


 (……生きてる。彼らが無事なら、それでいい。必ず、この借り、この痛みを背負い、強くなる!)


 彼は振り返らず、燃えた島に別れを告げるように、決然と歩き始めた。足元から、風が灰をさらりと巻き上げ、彼の背中を見送った。



【霧獣法流の防衛線】


 半月の旅路を経て、霧獣法流の本拠地に戻った正雪は、再会した朔夜と朔月の姿を見て、全身の霊力が抜けそうになるほどの安堵を覚えた。


 「……本当に無事で良かった……!」


 しかし、朔月は腕を組み、その表情は険しいままだった。


 「安心するのは早い、正雪。日賀島だけじゃない。我ら霧獣法流の外側の拠点、その半分近くが黒衣の集団に襲撃された。」


 朔夜が静かに付け加える。


 「本当の目的は不明だが、奴らは霊獣や霊宝を狙っていた形跡がある。おそらく、一ヶ月前に揚羽紗綾を狙った黒衣の者たちと、何らかの関係があるだろうと、宗門がみている。」


 朔夜は深く息を吐き、静かに頷いた。


 「今は宗門の防衛網を再編し、三日で相互救援が可能な範囲に縮小した。結界と法陣を固めている。……これは、戦の時代の到来だ。」


 正雪は静かに拳を握り締めた。己の無力さに対する悔しさが苦い薬のように胃の奥に沈む。


 「だが、防御だけでは終わらない。」


 朔夜の声は静謐だが、確固たる芯を持っていた。


 「三ヶ月後――熊野三峯が主催の宗門試合が開催される。熊野全域の宗門が集う大舞台だ。我ら霧獣法流が存在感と威信を示すための、重要な試合の場となる。」


 朔月が問いかける。

 「その代表を決めるため、宗門内部での選抜試合が七日後に実施される。正雪も参加するか。」

 

 「もちらんだ。」



【精魂丹薬と六羽蝶衣】


 正雪が自分の部屋に戻ると、三重海での収穫物を整理した。


 「梨花、魚と阿古屋貝の様子は?」


 貝の妖である梨花は明るい顔で答える。


 「順調だよ。潮鳴法螺があるから、壺の中に波と潮の流れを完全に再現できてる。皆元気すぎて……クルルはまた餌をねだってるよ。」


 奥からけたたましい鳥の声。


 「クルルゥゥーー!!(腹減ったーー!!餌の霊魚はまだかーー!!)」


 正雪は額を押さえ、苦笑を漏らす。


 「……底なしの胃袋を持つ霊鳥め。」


 蛙の翠夏が、横でふわりと笑う。


 「ところで、試合……出る気だろ?」


 「当然だ。今回の宗門試合の優勝賞品は――精魂丹薬だ。」


 この名を聞いた瞬間、部屋の霊気が微かに震えた。梨花が息を呑む。精魂丹薬。それは魂を鍛え、修為の階を一気に押し上げるという、伝説に謳われる至高の丹薬である。


 (今こそ、この宗門の威信を立て、俺自身の力を高めるために、必要な力だ。)


 「それに――」


 正雪は自らの手首に浮かぶ、薄い光の紋様を見た。


 六羽蝶衣――師である道斎が遺した霊衣だ。大アワビの攻撃から守ってくれた際、繭の状態から解け、正雪の体に薄膜を覆うように、その姿が変わった。


 だが、まだその力を完全に制御することはできない。もし試合という極限の状況で扱えるようになれば、宗門の戦局を一変させる切り札となり得る。


 「大アワビの卵は?」


 「……クルルに任せた。」


 部屋の隅、霊鳥クルルがまるで母親のように巨大な深海アワビの卵を温めているのを見て、皆は沈黙した。


 「本能というのは……偉大な力を持つものだな。」



【潮鎮術の奥義】


 正雪は、伝説の海女・汐里が遺した貝殻に刻まれた奥義書――《潮鎮術》を開いた。そこには六つの術式が記されている。


 波、潮、海底、嵐、海霊――海そのものを完全に制御し、己の力とする術だ。


 正雪が最初に挑むのは、最も基本にして奥深き第一術――《弄海印》。


 彼は食事を削り、睡眠を捨てた。霊力が枯渇し、視界が滲んでもなお、霊力を再構築しては印を結び、潮の流れの幻と、己の霊魂の海原と向き合った。七日目の夜明け前、彼の修行は極限に達した。


 静かに両手を構え、最後の霊力を掌に集中させたその瞬間――


 青白い、繊細な水紋の印が、正雪の掌に鮮やかに浮かび上がった。


 「……間に合った。」


 正雪の霊気は、潮鎮術によって磨かれ、以前より遥かに精妙なものへと進化を遂げた。



【選抜、決戦の火蓋】


 選抜試合当日。霧獣法流の広大な闘技場アリーナは、集まった弟子たちの熱気と、立ち昇る霊気の波動で、沸騰しているかのような熱を帯びていた。


 正雪は深く息を吸い込む。


 (勝つ。必ず。この戦が、宗門の未来、そして俺自身の未来を決める。)


 「弐階組――第一試合!」


 審判の声が、雷鳴のように響き渡る。


 「正雪――対――朔月!」


 どよめきが闘技場を走る。予期せぬ、いきなりの親友同士の激突。


 桃色の道衣が風に揺れ、朔月が挑戦的な笑みを浮かべる。


 「最初から、あんたと戦うことになるなんてね。――遠慮なくいくよ、正雪。」


 正雪は腰の霊刀を引き抜き、低く、力強く構えた。


 「……望むところだ、朔月。」


 闘技場の空気が研ぎ澄まされ、風が止まったかのように静寂に包まれる。


 審判の手が、高々と掲げられる。


 「試合――開始!」


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