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戦国武将がはんなり京都に転生とか、聞いてませんけど?  作者: 澄田こころ(伊勢村朱音)
終章

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夢まぼろし

 坊丸は明け方に目を覚まし、勢いよくしとねから身を起こす。隣で眠る弟が、寝返りをうった瞬間、坊丸の肩はびくりとあがった。


 弟を起こしては、かわいそうだ。寝間着のままそっと廊下に出て、兄の部屋へと向かった。


 あたりはまだ薄暗い冬の遅い朝。息を吸い込むと、鼻の奥がつんと痛む。冷えた床板を踏みしめ家人を起こさぬよう、静かにそっと歩いていた坊丸は、段々と速足となり、とうとう駆け出した。


 兄に言いたいことが、身の内から消えてしまわぬうちに。そうあせる坊丸の目にようやくのぼった最初の一条の日の光を受け、兄が庭先で木刀をかまえていた。


 背筋を伸ばし、幾度も振り下ろす。その剣先に少しのぶれもない。張り詰めた兄のはなつ気が、明けきらぬ夜の底を照らしているようだった。


 朝の鍛錬をする神々しいまでの兄の美しさに見ほれ、坊丸は頭に浮かんでいた言葉を忘れ、息をのむ。


 その息を詰める弟の気配を察した兄は、

「坊丸、早いな。どうしたのだ」

 かまえをとき、声をかけた。


 もう少し見ていたかった。兄は年が明ければ、元服する。そうなれば、もう一緒にはいられない。戦場いくさばを駆けまわる日々が兄に、訪れるのだ。


 坊丸は、この平穏な日々を惜しむ幼い思いを内に押し込め、兄の問いに答えた。


「おもしろい夢を見たのです。兄上に一番に教えたくて来たのに。もう忘れてしまった」


 寝乱れた髪をかきながら、目をふせる。兄の姿に見ほれ忘れてしまったとは、気恥ずかしくて言えない。


「それは惜しいことをした。暁の夢ははかないものだ」


 ただの夢だと馬鹿にしない。兄の優しさに、冷えた胸の内がじんわりぬくもってくる。

 せっかく惜しんでくれた兄のため、夢の断片だけでも伝えたい。坊丸は斜め上の虚空を睨み一心に夢の破片を探った。


「たしか、兄上が鼻の高い天狗のような顔になっていて、アルと呼ばれていたような」


 兄は弟の話に、片眉をあげ笑みを浮かべる。


「ある、とな? それはかわった名だな。でもたしかにおもしろい。わしが天狗とは」


「でしょう。それに見たこともない、おかしなかっこをしていたのです。あー、でももう思い出せない。さっきまで覚えていたのに」


 心の内に溶けていく夢を惜しむ弟に、兄は木刀を放ってよこした。


「おかしなかっこか、それはそなたの来世かもしれんな。しかし、忘れてもよいではないか。夢まぼろしのごとくなりというし」


「敦盛ですね」


 兄の好きな幸若舞の一節を思い出し、弟は謡いだした。


「人間五十年、下天のうちをくらぶれば、夢まぼろしのごとくなり」


 まだ声変わりする前の高い少年の声で朗々と響く、敦盛。坊丸もこの一節を気にいっていた。


 人の世に流れる五十年の歳月は、天上の世界の一日にしかあたらない。我々が生きるこの世なぞ、まるで夢やまぼろしのようなものだ。


「ほう、なかなかうまいではないか」


 兄に褒められたものだから、坊丸は得意になり続きを謡おうと、息を大きく吸ったその時。


「今は唄より剣術の稽古をしよう。お前が早起きをするとは珍しいゆえ」


 そう兄に言われ少しバツが悪い坊丸は、笑われぬ前に、寝間着のままはだしで庭先におりた。


 二人は向かい合い、木刀をかまえかけ声と共に振り下ろす。そのぴたりと息の合った声が、冬の朝の冷気をはらう。


 兄弟はお互いの剣先を見つめ、呼吸を合わせ一心不乱にうちこむ。この場には二人しかいない。静謐な場に濃密な時間が流れる。

 家人が起きだすまでのしばしの間、誰にも邪魔されず、この至福の時を堪能したのだった。



            了




 参考文献

『信長研究の最前線②』 渡邊大門編 洋泉社

『信長 戦いの若き日々』 泉秀樹著 PHP文庫

『織田信長四三三年目の真実』 明智憲三郎著 幻冬舎



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