6 地味な女タクティクス陰険編2
私に馬乗りになって調子にのっているこいつこそ、脅威なるタクティクスの持ち主、カノン=アース。
心を無に帰し冷静に事項を進めることのみが、目的を遂行する唯一の手段と思っていた私にとって、これほどの痛手はない。
奴の能力は異常だ。
例えば授業中席を立ちトイレに行った者の実際の所用まで分かると奴は言う。奴に裏工作など通用しない。
奴の地味な意地悪など幾らでも耐えられるが、私は次の心配ばかりが脳裏をよぎる。
そう。
仮にもし伊藤さんが、私の信号に気づいてここまで来てくれても、果たしてアースの目を盗み、ひのきの棒を購入できるだろうか。
塔1階のあたりが騒がしくなった。
来訪者でも来たのだろうか。
続いて私の部屋がノックされた。戸越しに男の声が聞こえてくる。
「カノン様、まだ夜明け前ですが、火急のご連絡のため失礼します」
「大丈夫だ。起きている」
「丁度今、来訪者がお見えになりました」
「こんな時間に誰だ?」
「一人はアルディギルドで最強と言われているシーフ」
彼か。
「妙なお人で、自分のことを一ゴールドの価値もない男と言っています」
間違いない。カイルだ。
来てくれたのか。
こんな私のために……
「そしてもう一人は、ですね――」
私はごくりと息を飲み込んだ。
「ここはこんな辺境な谷なのに、登山靴でもなくジブネス用の革靴にビッシとしたスーツを着こなしたシャープな男性です」
まさしくあの人か。
「どうしますか? 通されますか?」
もちろんと言いたいところだが、私に腰をかけている奴からすさまじい重圧を感じる。
アースは冷たく私に告げた。
「お客さんだね。でもどうしてカイルと伊藤が来たのかな? あの貧乏武器屋とチャラいシーフのWクズが。もちろん追い返すんでしょ?」
……アースめ……。
奴の視線がもどかしい。
どうやってこのピンチを切り抜ければいいのだ。いっそのこと、一思いに……。
いけない! 熱くなっては駄目だ。かつて両親を殺した悪魔を前にして私は熱くなり、自我を忘れ、そしてすべてを失った。こういう時だからこそ心を殺し冷静にならなくてはならない。私に頼れる確かなスキル――それは、悪。
これを使う時が、今、来たのだ。
私は冷酷な目でアースを睨みつけると、苦く笑ってみせた。
「……なっ、何よ?」
「……浅はかなガキだ。このまま追い返して、果たしてハディス様が喜ぶのか?」
「え?」
「さすが地味な女だ。想像力が足りな過ぎて可哀想になってしまうわ」
「え!? ムカつく! 何よ! あんたも私をバカにする気なの!」
「バカになどしていない。あまりの無能を憐れんでいるだけだ。もう一度問う。簡単に返していいのかな? まぁ、私はどっちでもいいが、お前が追い返せとうるさいからそうしたとハディス様に報告するが、本当に良いな」
アースは何やらぶつぶつ言いながら考え出した。
私は一言付け加えてやった。
「一つ教えてやろう。このカノン、伊藤には3度苦湯を飲まされる。一度目はカイルとパーティを組んだ時、2度目は獄中で、そして三度目は、ニートと戦った時だ。
どうして悉く伊藤に痛い目に合わされたか分かるか?」
「……理由? そりゃ、伊藤は性根が悪く根性がねじけているからよ」
「ふっ。やはりお前は無能だったか……」
「キィー! 何よ! ハッキリ言いなさいよ」
「今こそ復讐の時だろうが! お前には無いのか? 怒りとか悔しさとか、そういった感情が。あ、無能だから無いか」
「は!? あるに決まっているじゃない。でも私やあんたじゃ、伊藤には勝てない。どのカノンだって勝てないわ。あいつは5万手先まで読むのよ!」
「だからどうした? 仮に奴が5万手読めるなら、こちらは6万手で挑めばいい」
「そんなの無理でしょうが!」
「無理? あぁ、お前には無理だ。地味で無能だからな」
「何よ! じゃぁあんたは伊藤に勝てるというの!?」
「私を誰と思っている? お前、私の正体を知っているんだろ?」
「……いいわ。分かった。あんたと伊藤、どっちが死ぬか、見届けてあげる。もし変なことをしたらどうなるかわかっているよな!」
アースの強烈な監視のもと――条件はかなり厳しいが、私は伊藤さんとの接触に成功した。




