7 スタイリッシュ武器屋と究極生命体――地味
伊藤さんを砦2階にある応接間に通すように兵士に告げて戸を閉めると、謁見用に着ている正装用の軍服に着替え、腰にはサーベルを装備した。
私の中で緊張が走る。
地味を極めたアースにとって追跡行為は眠っていてもできてしまう。それは場合によっては追跡スキルで史上最強とうたわれるストーカータクティクスを凌駕するところもあるくらいだ。
例えばトイレなどに行くために視覚から外れた者の行動まで逐一分かるのである。
それだけではない。
地味タクティクスを奥義にまで昇華させたアースには、地味に仲間たちと連絡を取り合うことが自在にできてしまう。それはまさに地味な女子が、授業中、先生の目を盗みノートの端に暗号を書きクラスの同士と連絡するように、ピンチになったら仲間に状況を知らせて呼ぶことが容易にできてしまうのだ。
まだある。
例えば人気ドラマの地味にすごいのような校閲能力だって持っている。私の仕草や発言からおかしいところを見つける能力にも長けている。
更にある。
戦闘術としての活用も可能だ。地味な攻撃といったら丑の刻に藁人形を叩くあれを連想できるが、ああいった呪術系にも長けているのだ。それこそ地味女子の最強の奥義。
もっとある。
地味という生き方故、派手な行動は完全に封印している。それはまさに働かずして勝つプロのニートに酷似している。心眼を極める剣豪のように、普段は行動に一部規制を入れ、己のタクティクスを昇華させている。ストーカータクティクスとニートタクティクスの長所を兼ね備えた脅威なるタクティクス――それが地味タクティクスなのだ。
アースの視線を感じるたびに、私の頬を嫌な汗が伝う。
脳髄の向こうから腕組みをしたままカノン・アースがにやにやしながら私に話しかけてきた。
「ギャラリーは多い方がいいと思ってね」
アースの後ろには目つきの悪いカノンと、高飛車な目つきのカノンがいる。やはりだ。もう呼んだのか。
私利私欲を地で貫き通す傲慢強欲タクティクスあなたの物はすべて私の物よ編のゴールデルと、攻撃性の高い嗜虐残虐タクティクス私がイライラすんのはすべてあんたのせいよ編のフレイヤだ。悪女カノンを形成する二大悪のおでましか。
「アース。面白いショーって何よ?」
「あの伊藤がこれからぎゃふんと言わされて泣くんだってさ」そう言って私に目配せをした。
「マジ? でもどうやって? まさか無個性のアクアにそんな芸当ができるの?」
不思議そうに首を傾げはするものの、二人ともニヤニヤ笑っている。あの表情は私が失敗するのを楽しみにしているといったところか。
目つきの異なるギラツいた目で笑う。
監視の目は全部で6つ。
これで私の逃げ場はまたひとつ失ったということになるのか。
*
応接間に入った。
部屋の状況は傍に控えている兵士から教えてもらった。
ソファーにはスーツ姿の男性が足を組んでいるらしい。その横にいるのがシーフのカイル。どういう訳か、珍念さんのように丸坊主にしているとのこと。
カイルはニッコリ笑って話しかけてきた。
「やぁ、カノン。いや、カノン将軍。君の噂は聞いているよ。正義の為に軍を立ち上げるんなんて、マジでスゲーと思うよ。色々あったけど、俺もさ、昔のままの小悪党じゃないんだ。俺はまだまだちっぽけだけど、あのギルドで初心者指導員としてまじめに頑張っている。そんな俺を思い出してくれて、こうやって声までかけてくれて嬉しいぜ」
カイルはそういって握手を求めてきた。目こそ見えないが、何となく分かる。爽やかな笑顔で手を伸ばしているのだろう。あの時のギスギスした欲望に満ちた含み笑いとは異なり、何とも心地のよい空気を醸し出している。そんな180度変わったカイルに、思わず微笑み返したくなる。こんなに気持ちいい爽やかな男になっているなんて、当時のプライドの塊だったカイルからは想像もできない。
だが私は監視されている。
下手な事は言えない。
「そう」とだけ短く返して、握手は無視をした。
カイルは少しだけ沈黙をしたが、首の後ろで両腕を組んで笑いながら昔話なんてのを話し出した。
昔話などしている余裕はない。早く伊藤さんからひのきの棒を売ってもらいたい。私は知っている。伊藤さんはお客になった人は絶対に守る。それが彼のポリシー。腹黒くて嫌らしいことは重々承知しているが、私が次へ進むには伊藤さんからアドバイスを貰うしかない。この時の私はそれだけを考えていた。
だからカイルの昔話が煩わしく感じる。
彼に悪気はないのだろう。
この場を和やかにしたい、そんな彼の気持ちすら伝わる。
だけど私は「この戦は負ける訳にはいかない。だから最高の武器商人から武具を調達する必要がある。あなたの提案を聞きたい」と商談へと話題をふった。
「提案も何も、知っているだろ? 伊藤さんはひのきの棒しか売らないってことを」
知っている。
だけどそれは口が裂けても言えない。
ハディス以下、全カノンは伊藤さんを宿敵と思っている。
監視している三人のカノンなんて、伊藤さんが不幸になることを望んでいる。そういう目で私を見ている。
伊藤さんは涼しい顔で、ソファーに腰を掛けているだけだ。
コーヒーカップを手に取ると、涼しい顔で少し口をつけた。
ゴールデルが話しかけてきた。
「アクア。何をグズグズしているの? コーヒー代貰いなさいよ。あと、茶菓子代もよ。ここはへき地なんだから100倍の相場でいいわ。コーヒー一杯10000ゴールドふっかけなさい」
フレイヤは、
「ケチくさいことを言うな。それよか、アクア、コーヒーを飲んでいる隙に背後にまわり、思いっきり膝蹴りを入れろ! 躓いたとか言えばお人よしの伊藤のことだ。納得する。そうやってジワジワHPを削って、最後はコーヒーに青酸カリを入れて毒殺しろ! 完璧なタクティクスだろ?」
傲慢強欲タクティクスと嗜虐残虐タクティクスか。
なんとも幼稚な戦術だ。
その程度のタクティクスでは伊藤さんにダメージを与えることなんて到底できないだろう。
だけど私もどうやって伊藤さんにひのきの棒代の5ゴールドを渡すか、作戦に悩んでいた。
奴らの目を盗んでこっそり、コーヒーカップに入れようか。
だけどそんなお金、果たして伊藤さんは受け取ってくれるだろうか。
この人は心無いお金は受け取らない主義。
「用がないのでしたらそろそろ帰ろうと思います」
半分くらいコーヒーを飲んだ伊藤さんは、そう言って立ち上がった。
まさかの言葉だった。
その言葉に私は完全に固まってしまった。
このまま帰られてしまっては元も子もない。
それどころか、一旦商談に失敗しているのだから、今後、伊藤さんからひのきの棒を購入することは困難になる。
私は焦っていた。
「待って!」
思わずそう叫んでしまった。
とにかく5ゴールドを取り出して、伊藤さんに渡そうとした。
強烈な視線が私の背中を突き刺す。
ゴールデル、フレイヤ、アース。
思わず5ゴールドを床に落としてしまった。
お金を渡すには、このタイミングしかない。
これは排水の陣だ。だけどここで手を打たなければ、完全に活路を失ってしまう。
私は「拾え。恵んでやる」と言うしかなかった。
言わずとしれたことだが、カイルは烈火のごとく怒鳴ってきた。
「カ、カノン! どうしたんだよ! なんでそんな真似をするんだよ! そんな低次元、とっくに卒業したと思っていたのに……。俺、悲しいよ」
違うんだ……
カイル。
これには訳が。
だけどそんな自分勝手な都合、理解してもらえる訳などない。
この人を除いては。
同時に私は窓に視線を送った。
伊藤さんは私に視線を合わせてきた。
まだ外は暗い。
黒色に染まった窓には、私が映っている。
そこに全カノンの性格を描いた。
1秒以内の間に、9つの目つきを作り出した。
ほんの一瞬。
だけど奴らを巻くには、精いっぱいな時間。
伊藤さんは小さく言った。
「これは地味な意地悪ですか?」
地味な意地悪ではないわ。
これは合図のつもり……
さすがの伊藤さんも分かってくれなかった。
でも。
それは仕方ないわ。
だって伊藤さんにしてみたら、私なんてただの数ある商売相手の一人。
特別な信頼関係を築いてきた訳ではない。
ただこちらが勝手に盲信して、そして期待しただけ。
ありがとう。
伊藤さん。
こんなところまで来てくれて。
3人のカノンはニヤニヤ笑いながら雑談をしている。
「地味なアースより、もっと地味なことしているよ?」
「マジで超地味だね。地味を極めた私でもコーヒーに画鋲くらい入れるのにね」
「ところで伊藤、拾うかな?」
「拾うんじゃない? 伊藤は負け組で意地汚いからね。だってその昔カイルが拾えって言った時も拾っていたし」
「そうだね。伊藤は意地汚いから拾うよ。地味だけどこういうのって好きよ。見ものだね」
違うわ。
あの時だってそう。
伊藤さんは道具を大切にする人だから拾ったのよ。
あのまま誰も拾わなかったら、あの5ゴールドは誰の手にも渡らず、ひっそりとその使命を閉じていた。それが許せなかったから、伊藤さんは迷うことなく拾った。
伊藤さんは5ゴールドを拾った。
そして私に手渡そうとする。
「やはり地味な意地悪のようでしたね」
カイルも「ガッカリだよ!」と言っている。
……違うわ。
だけど今の私では、伊藤さんからひのきの棒を買うことは許されないのかもしれない。伊藤さんは認めた者にしか売らない。
私自身、彼に認めて貰えるようなレベルに達していないのは分かっている。
私は5ゴールドを受け取ると、「ごめんなさい」と小さく漏らした。私はそのままうつむいてしまった。それでもやさしそうに見つめている伊藤さんに視線を合わせることなんてできない。目こそ見えないけど、空気で感じるから。
ゴールデルは、
「何謝っているの? 折角お金を拾おうと姿勢を落としたのに、なんでそこで蹴りを入れないの?」
フレイヤは、
「いや、待て、ゴールデル。伊藤は金を拾う習性があるようだ。これは面白い。その習性は使えるぞ。もう一回金を落として拾わせてその隙に膝蹴りを入れろ!」
とか言っている。
だけど伊藤さんは妙な一言を付け加えてきた。
「今の言葉は減点ですね。これは地味な意地悪なんでしょう?」
減点?
それは何を意味しているのか分からない。
だけど――地味な意地悪。
それはまさに、現在進行形で私が強いられているこの現状――
もしかして伊藤さんはそのことを見破ってくれたの?
私は顔を上げた。
伊藤さんは何も言わない。
ただ短く付け加えただけ。
「なるほど、そうですか……。
これは地味の意地悪ですか」
三人のカノンは気づいていないようだけど、伊藤さんは言葉を変えてきた。
さっきは地味『な』意地悪。
そして今はハッキリと地味『の』意地悪と言ってきた。
伊藤さんは見破っているのかもしれない。
更に私が監視されていることまでも。
だから言葉を選んだ。
そうなの?
伊藤さん。
「地味を極めた者は最強と聞きます。かつてコロシアム最強の伝説の闘士も同じく地味タクティクスを心の内に宿していました。
ご存知でしょうか?
ニートタクティクスとは、最強の兵法家が編み出した究極の戦術。
そしてそれ同様、地味タクティクスとは、即ち、万物究極の絶対的法である宇宙の法則であることを」
伊藤さんは何を言っているの?
言葉のとおり、私の敵――地味タクティクスの使い手、カノン・アースは宇宙最強と言っているのだろうか。
ま、まさか。
地味タクティクスの攻略法を教えてくれようとしているの?
だけどまったく意味が分からない。
地味とは宇宙の法則って一体……




