45 チーム編成の思惑
カノンの目は見えない。
それなのに妙な感覚である。
いつも以上に感覚が研ぎ澄まされている。
目こそ見えないが、どこに何があるのか察知できるのだ。
今までは杖無しでは歩けなかったのだが、不思議と何の事はない。脳裏に光の粒子のようなものが集まり、それが通路やドア、また人や障害物を形成し、まるであたかも近くに存在するかのように察知できる。
それは数キロ先にある、小さな昆虫ですら察知できる程の精度なのだ。
殺人を助長するような輩の顔を視界に入れずに済むので、むしろこのスキルのおかげで清々する。
だが異に思うことは、そのようなスキルのことではない。
自分の中に巣食う脅威なるタクティクスを宿す『地味』ことカノン・アースを、いとも簡単に倒すことができてしまったことだ。
カノンの体内では――
9つのカルマが混在している。
最も力を持つ存在が、ハディス。
それとは全く異質な性質が、地味タクティクスのアースだった。
そんなアースは、アスカの正体を見破った唯一の存在でもある。
見破ると同時に、挑発までしてきた。
だからアスカは、きっと何か仕掛けてくると思っていた。
だけど先に進むためには、自分の正体を知っているアースを葬るしかない。そう思った。
そしてトイレの前で、伊藤よりひのきの棒を授かったその時だった。
アースは真正面から襲い掛かってきたのだ。
先に仕掛けてきたのはアース。
地味な性質故、これほどまでに早く戦いを挑んでくるとは思いもよらなかった。
同時に、アスカは勝てないと悟った。
一目見ただけで分かる。
戦闘経験に、あまりにも差があり過ぎる。
それでも反射的に手刀を繰り出した。
どういう訳か、その手はアースの胸を一刺しにしていた。
アースは口から、ガッと血を吐いた。
でもどういう訳か、今までの憎しみみ満ちた表情ではなかった。
まるで何かが満たされて、安心したかのような表情だった。
そのままアスカの体内に吸収されていく。
「お、おい」
「……いままで生かしてくれてありがとう。私はなつみ……。残りの人生をあなたに……」
地味な女の子タクティクスの使い手、カノン・アースはそう呟き、完全に消滅した。
――なつみは、一体何がしたかったのだろうか。まるで自ら殺されるような真似をしたとも捉えられるその行動に何の意味があるのだろうか。私に何かを託そうとしたのだろうか。まったく分からない。ただ、ひとつ。
地味という名の驚異的なスキルが身についたのは確かなる事実である。
アスカが向かった先は、あの場所だった。
口では毒を吐いていても、やはり姫菊のことが気になって仕方ないのだろう。
アスカはまずユニカルの布陣について考えていた。
もはやチームは自分を入れて三人。
果たしてこのメンバーだけで、殺人野球を乗り切れるだろうか。
それも不殺を誓った縛りプレーで。
どう考えて無理な相談だ。
だったら仲間を募るしかない。
でも、このような死地に誰がノコノコやってくるというのだ。
アスカは静かに歩いている。
彼女は知っているのだ。
こんなどうしようもない場面でも力を貸してくれるお人好しな奴らが、居なくはないということを。
まずキャッチャーだ。
キャッチャーの腕次第で、ピンチがチャンスに好転することは往々に存在する。
まさしくキャッチャーとはチームの司令塔とも言える、重要なポジションである。
されど不殺を誓う以上、常に敵と対峙する。常に冷静に場面を洞察する観察力が必要になるだろう。
適任者がひとりいる。
――それは珍念だ。
ひのきの棒タクティクスの使い手で、いつも木魚をひのきの棒でたたく大僧侶である。そんな偉大な僧侶は、驕ることもなく常に控えめで、また弟子を取ることもなく、身寄りのない子供達に食を与え、勉学を教えている。
かつてアルディーギルドでは、みんなからバカにされていた。
そしてこの私がセルフ葬式屋と罵った男だ。
だが彼は、今では見違えるほどの立派な青年に成長している。
おそらく正義の為に力を貸してくれと言えば、首を横に振らないだろう。
ただ私が誘っても駄目だろう。
誘うなら姫菊かアーク……
続いての難関がファースト。
最も多くの敵と、真正面から刃を交わし合う最前線だ。
熱気盛んな性格を求められがちだが、殺さずの野球においてそれだけではダメである。
牛尾のようなパワーとは別に、もう一つ必要な性質がある。
それは純粋な正義。
それを持っているのは彼女しかいない。
聖騎士ヴァルナ。
かつての私は徹底的に小馬鹿にして、死ねばいいのにとまで言った事がある。それでも彼女は私のピンチに助けに来てくれたのだ。
考えると胸の奥が熱くなる。
されど当時の私は、反省することなく、その後も更なる悪女へと万進していった。
おそらく私の誘いには乗ってくれないだろう。
だけど姫菊とアークの誘いなら、彼女も気持ちよく力を貸してくるような気がする。
それに今の私はただの黒い仮面をした助っ人。姫菊の為にも、絶対に正体を知られる訳にはいかない……
そしてサード。
ここもまた難関だ。
最後の要でもあり、またファーストやセカンドと連携して援護射撃ができる必要がある。
ここを守護できるのは、あの子しかいない。
面識こそないが、彼女の友達なら知っている。
私が適当にインチキな授業を教えたことがあるからだ。
それを一生懸命覚えてくれた。
その子の友達が、ノエル。
ソードマスターにしてエルフの女王の血を受け継ぐ真っ直ぐな心を持つ少女。
おそらく彼女を応援するために、カトリーヌも球場に来るだろう。
私は仮面を手で抑えた。
手が震えている。
でも、これだけの布陣なら……
いや、まだだ。
敵は殺しのプロ集団。
そして反則級の魔道兵器まで用いている。
ショートには彼が適任ね。
伊藤さんと一緒に、私のアジトまで来てくれたあの彼。それを私は酷い言葉であしらってしまった。見張られているとはいえ、かなりの暴言だったと思う。
そんな彼――
最初、冒険に誘ってくれた時は、私と同じようにひねくれていた。
だけど彼はたくさんの人と出会い、大切な仲間ができ、今ではアルディーギルドで初心者冒険者の育成を無償でやっている。それでも自分の事を『1ゴールドの価値すらない男』と謙遜して、ひたむきに頑張っている。
そんな彼の俊敏な足と、器用さ、そして正義に目覚めた心が、ユニカルでは大きな力を発揮してくれるだろう。
マスターシーフのカイル。
ユニカルが勝利する為には必要な人材だ。
……そして外野……
内野は常に戦場にさらされている。
内野が乱戦状態になったとき、敵に悟られることなく静かに行動し、人知れず見方を守る――それが外野手の務め。
誰よりも冷静に戦局を見守り、いつでもどこへでも転移して即座に解決する腕とクールさが必要だ。
それができるのは――
私が人生を狂わせてしまったあの人しかいない。
ストーカータクティクスのシュバルツァー。
あらゆる闇魔法、そして光の魔法まで操り、ストキングディスネーションと二重詠唱まで使いこなせる究極の魔導士。
そんな彼に、私は1000万ゴールドの借財を背負わせ、更に追い打ちをかけるように最低な男と罵倒までした。
でも彼は、伊藤さんのように困っている冒険者を救う為、ストーカータクティクスを更に昇華させる旅に出たと聞く。
私は手で顔を覆った。
冷たい鉄仮面が、いっそう冷たく感じる。
もはや合わせる顔などない。
だけどユニカルのメンバーが暗殺されることを防いでくれるのは、彼しかいない。
確かにこれだけの人材が揃えば、絶対に負けないだろう。
いや……
敵は最強のスポーツ用品店オーナー、ゴンザーク。
何が飛び出してくるか分からない。
特に後半戦。
メンバーたちの疲労がピークに達している時だ。
みんなが油断しているその場面――
あの人の力も必要になろうだろう。
代打兼、クローザーには、爆発的な力を発揮できる、あの人しかいない。
かつて私自身がそれを体験している。
普段はニートとして力を温存しておき、そしてここぞとばかりの時にニードへと変貌できる――ニートタクティクスのエリックしか。
あの人は私を恨んでいるだろう。
あの人の大切な者を奪ったのは、この私なのだから。
エリックと、そしてみんなと縁するのは、ユニカルが勝利するまでだ。
それが終われば、私は消える。
それでいい。
そうすべきだ。
みんなにはもう一回迷惑をかけることになるが……
どう考えても、これしかない。
殺さずの野球を成就する方法は……これしか……
その後、私は――
そしてこのチームの監督は――
今、カノンが向かっているのは、あの武器屋だった。
彼女の長い黒髪が、寂しそうに揺れている。
――地味タクティクスのおかげで、私はまだ自由に動ける。
なつみという少女は、こんなどうしようもない私に、何を託したのだろうか。ふっ、考えても分かるハズもないか。私は、今、できることをやるだけ……




