44 チーム崩壊
野球。
その名を知らぬ者はいないだろう。
皆の心を熱く轟かせる最高なるエンターテイメントショー。
それがプロ野球だ。
今日もコロシアムという名の球場では、多くの野球戦士が絶命している。
されど野球ファンは球場に押しかけていく。
そして野球選手を目指す者は、後を絶たない。
ヒーローになれるから?
多くの報奨金が手に入るから?
「ククク、ちげぇよ! この球場というステージでは、容赦なく殺人が行えるからだ! ククク……。アハハハハハ!!」
それが野球。
そんな球界に殴り込みをかけた一人の少女がいた。
かつて伝説の投球士、ベーブルースに憧れて、と、彼女は言っている……
彼女が属しているチーム名はユニカル。
球界のジャンヌダルクとも称された彼女ではあったが、本日の試合で、ユニカルのメンバーの大半が離脱し、残った者も瀕死の重態をおった。唯一の救いは、辛うじて奇跡的に一命をとりとめたことくらい。
その重傷をおった選手が、ファーストの牛尾。
牛尾は心から姫菊を応援している。
そんな彼を応援している幼馴染の少女は、姫菊とアスカを恨んでいる。
彼女は思った。
姫菊さえ死ねば、牛尾は殺さずの野球を辞めるだろう。
だから姫菊が死ぬことを心から望んでいた。
それなのに――
仮面の少女――アスカは姫菊を救ったのだ。
許せない。
殺してやりたり。
だけど少女は、短く笑った。
まぁいいわ。
どうせこんな少人数では、どうすることもできない。
だから、もうじきこんな殺さずとか言っているこんなクソチームは、なし崩しに崩壊するだろう。
だから今は何も言わない。
うふふ……
あはははは……
そしてここはユニカル陣営の会議室。
この場所には、ユニカルのキャプテンこと姫菊京香、そして新たに仲間に加わった騎士のアーク。
そして全身包帯を巻いた長身の男、牛尾。
落ち着いた物腰でソファーに腰かける、キャッチャーの城島がいる。
それを少し離れたところから眺めているのが、アスカこと、仮面の少女カノンだ。
牛尾は猛烈に声を荒げる。
「キャプテン! もはやこの世界で不殺の野球を求めている者は誰もいません。辞めましょう! こんな野球!」
「牛尾君。駄目よ! 私達がやめたら、この神聖なる野球という名のスポーツは、ただの穢れた殺人ショーに成り下がってしまうのよ!」
「それを民衆は望んでいるから仕方ないでしょう!」
「でも、応援してくる人だっているんだよ! 分かってくれる理解者だっているのよ!」
「それは違いますね。あなたは何でも許される殺人ショーで、唯一殺さずという縛りプレーをやっているから大衆の目には面白く映っているだけです」
牛尾はアスカを軽く一瞥した。
その言葉を最初に発したのが、彼女だったからだ。
牛尾は身元すら分からない仮面の女に心は許していない。むしろ、逆だ。何故こんなどこの馬の骨とも分からない輩がここにいるのだ? そういう気持ちの方が多いだろう。
だけどそれでも一つだけ、彼女の意見に同意している。
アスカが言ったこの台詞だ。
誰も姫菊の唱える『不殺の野球』を求めていない。
それは確かな事実だ。
球場でたくさんの選手が死ぬから、ファンは手を叩いて喜んでいる。
「そんなの間違っている!」
「……これ以上は、もはや不毛な討論なのかもしれません……」
「え、それはどういう意味?」
牛尾はうつむいた。
「……こ、こんな俺でも好きだと言ってくれる奴がいたんです」
それは牛尾の幼馴染。
牛尾が重傷で眠っている時、幼馴染の少女は一晩中彼の手を握って祈った。
――牛尾さん、死なないで!
そして彼が目を覚ましたと同時に、涙目になった彼女は自分の心の思いを告げた。
そして早朝の話だ。
牛尾のもとにかつて同じチームに所属していたレフトの少年レオがやってきた。
「俺、サンライトアローからスカウトされたんだ……」
サンライトアロー。
それはゴンザーク率いるダークムーンと引けを取らない有力チームだ。
今シーズンの殺人数1500を超える残虐チーム。
「……お、お前……」
「牛尾、俺はお前を誘いにきた。オーナーも監督もお前の腕は買っている。もしお前が不殺という足枷を捨てさえすれば、間違いなく最強になれると言ってくださった」
「て、てめぇ」
牛尾はレオの胸倉につかみかかった。
「落ち着けよ。そして冷静になれ。お前は姫菊キャプテンと心中したいのか?」
「い、いや。俺は不殺の野球で……」
「あははははっは!! 誰もそんな野球求めていないんだよ! 大衆は派手に血が飛び散るエキサイトな野球を求めているんだ。そして俺とお前が組めば、みんながハラハラドキドキできる凄まじい試合が出来る! だから俺と来いよ! サンライトアローは一軍の席を用意してくれるって言ってくれたんだぜ!」
「……俺の気持ちは……変わらない……」
「待っているぜ、相棒」
牛尾の胸をポンと叩いて、レオは去って行った。
ついさっき、そのような事があった。
同様にレオは、ユニカルを陰ひなたで引っ張ってきたキャッチャー城島も誘っていた。
チームユニカルの会議室では――
牛尾が姫菊に殺人野球に切り替えるように説得している中、城島は静かに立ち上がった。
「キャプテン。悪いけど俺は降りる」
「え、城島君?」
「もはや勝てるわけないだろ? 確かに、一度はあんたの野球に惚れ込んだ。それは事実だ。だからこうしてここまで一緒にやってきた。だけど所詮それは理想論。もう幕は降りちまったんだ。終わったのさ、俺達の祭りはよ」
「ち、違う! まだよ。それにユニカルには二人の仲間が」
城島は軽く二人を見て、笑った。
「ふっ、一人は素性すら明かさない胡散臭い女。もう一人はド素人。このメンツでどうしろと?」
「練習よ! しっかり練習して、そして……」
「あはは。そうだな。しっかり練習するくらいしかないわな。あのさ、俺、他のチームに誘われたんだわ」
「え? も、もし私達とぶつかったら、城島君は……どうするの……」
「ラッキーと思うね。だって相手は不殺とか言っている生ぬるいチームなのだから」
「私達を殺す……そう言っているの? そんなことできるの?」
「……それが野球です」
そう言って城島は部屋を出た。
牛尾は「姫菊キャプテン。俺はあなたを尊敬していました。球界を変えようとするあなたを。だけど誰も望んでいないし、誰も求めていない。野球連盟の連中だっていつまでもあなたを泳がせてはおかないでしょう。もうじきあなたは非国民となる。
もう一度、ご忠告します。
殺人野球をやりましょう。
実は、俺も別のチーム誘われています。
ですが……
ですが、俺、あなたがもし殺人野球をすれば、どこへだってついていきます。
俺はあなたのことが……」
姫菊は首を横に振った。
「何があっても、私はこの聖戦を降りません」
「そうですか……。残念です。あなたのチームとぶつからない事を心から祈っています」
そう言って牛尾は部屋から出ていった。
二人が消えた部屋の中では――
今まで気丈に二人を説得していた姫菊の瞳からは、大粒の涙が落ちた。
アスカは静かに戸に手をかけた。
「私は野球になど興味はない。球界がどうなろうが知ったことではない。それに私は悪党。他人を不幸にする定めを持った女。今まで多くの者を不幸にしてきた」
「アスカさん……?」
アスカはそこで振り返った。
「だがあんたの宿命。面白い。すごく笑えるよ。
誰も求めていない正義とやらの為に、あんたは死のうとしている」
姫菊の目からは、更に大粒の涙が落ちた。
この人もまた私を酷く罵り、去っていくのだろう。
そう思った。
アスカは小さく続けた。
「気が向いたら、また手を貸してやるよ」
そう言って部屋を出た。




