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42 鬼神とひのきの棒

 私は木陰に身を潜め、勇者の様子をうかがっていた。


 白髪交じりの勇者の近くで、幼い少女がまりをついている。

 前髪を綺麗に揃えた可愛らしい顔つきで、無邪気な笑みをこぼしながら熱心にポンポンとついている。


「あ……」


 小さな石にぶつかり、マリは私の方に転がってきた。

 カノンは私の方に向かって、小走りに駆けてくる。


 同時に後ろからすさまじい殺気を感じた。



 私は小声で彼女を制す。


「ハディス。本日は偵察のみだ」

「しかしヴェルザーク様!」



 ハディスの鋭く吊り上がった目は、何を物語っているのだろうか。おそらく攻撃、もしくはそれに準ずる行動であることは、容易に想像できる。

 

 我ら一族の祈願は、我々を苦しませてきた二人の勇者を血祭にあげること。

 そしてその娘に我々が味わった以上の無限の苦しみを与えることをもって成就する。

 そのために私は地獄の苦しみをも耐えて、そして今、ここにいる。



 なのに――



「まだ動く時ではない」

「なぜですか? あなたは行方をくらませていた勇者の所在を見事つきとめられた。今こそ復讐の時。そしておおよその駒は揃った。そういうことではないのですか?」


「いや、最初に言ったように、カノンの封じ込めるためには9つのカルマが必要だ。あとひとつ足りぬ」

「最後のカルマはあの地味な娘……。ヴェルザーク様はそう思われているのでしょ?」



 なつみのことか……


 彼女は大切な我が生徒。

 三年C組の仲間だ。

 だが、ここは首を縦に振るしかなかった。

 魔族復興の名のもとに、三年C組の再建をしているとはとても言えない。



「やはりそうでしたか!

 おそらくあの娘の体内に蓄積している憎悪はすさまじい。ですが彼女はまだ覚醒していないでしょう」


 彼女は人間。

 幾分かの憎悪はあると思った。

 毎日のように虐めきているのだ。それが人間の、ごく普通であり当然の摂理。

 

 だが彼女は苛めているリーダー格の少女、アキを自らの日記で応援していた。

 それだけではない。

 クラスのみんなのことも気にかけていた。

 独自に編み出したバイオリズムの周期律で、クラス全員の体調管理に気を配っていたのだ。

 とても勇者を封じ込める悪のカルマとは思えない。


 だがハディスは妙なことを言った。


 ――覚醒?


 それはどういう……




 ……ふっ。


 私は小さく息を吐いて、肩の力を抜いた。



 確かにそうさ。

 なつみのような子が、悪のカルマと呼ばれる存在になるのなら、覚醒のような何かとんでもなく突き抜けた変化でもないと無理だろう。

 だからハディスは覚醒という言葉を使ったのか。



「ヴェルザーク様。確かに9つ目のカルマはまだ完成されていません。ですがどう見ても勇者は、最盛期の実力の半分すら発揮できないと思われます。今のあなたの力をもってすれば、あの二人を葬ることは至極容易。

 そしてその娘も同様。

 まだまとまな修行すら行っていない様子。

 封じ込めるには8つのカルマで十分と思われます。

 カノンが力をつける前に動くべきと、強く進言します」


「お前の目は節穴か! 勇者を侮るでない! カノンを封じ込めるには9つ必要だ。帰還せよ」


「……失礼しました」



 私の一喝で、ハディスは姿を消した。

 



 コロコロと転がるまりを追いかけて、カノンがやってきた。

 どういう訳か、身を隠すことができなかった。

 カノンは、まりを拾うとつぶらな瞳で私を見上げた。


 

 彼女からはまったく戦闘能力を感じない。

 レベル1のただの少女だ。

 勇者は何をしているのだ!?

 本当に修行をつけていなかったのか。

 いずれ私のような悪がお前を狙う事になるだろう。

 それが善悪のしがらみ。

 我々の前に立ちふさがる、永遠に解けぬ螺旋の糸。

 どちらかが死滅するまで、それは続く。


 なのに奴はどうして戦うことを放棄したのか?

 なぜ――



「おじちゃん、誰?」


 私は言葉を詰まらせた。

 

「……君の父さんの古い友人だ」


 咄嗟にそのような事を口走っていた。


「お父さん、呼んでくるね」

「いや、いい。それよりか、ひとつ教えてくれないか?」


「何?」

「君の父さんはかつて偉大なる勇者だった。なのに――」


 カノンは私の次の言葉を待たず、驚いた表情で声を発した。


「え、そうなの?」

「そうだ。父さんに勝てる者は誰一人いなかった」


「えー。そんなことないよ。この間、父さんは石ころにつまずいて転んじゃったんだよ。あれほど杖を持っていくように言ったのに」

「……そうか……」


「うん。怪我しなくて良かったよ」

「……。そうか……。ひとつ伝言を頼まれてくれないか」


「うん。何?」

「古き友人がこう言っていた。……体に気を付けて長生きしてくれ、と」


「うん、分かった。でもすぐそこにいるんだから、おじちゃんが直接……

 あれ??

 おじちゃん、どこ行ったの?」




 私は転移魔法で村の外れに移動した。

 手には二本のひのきの棒がある。

 それをじっと見つめた。



 気配を感じて振り返った。

 そこには伊藤の姿があった。

 眼鏡の中央を指で添えて口を開いた。



「鬼頭先生、答えは見つかりましたか?」



 答えなど見つかっていない。

 伊藤は真っ先にここに来るように告げた。

 だからこうやって来てみた。


 だが、来るべきではなかった。

 かつての宿敵ライバルは、もはやその面影すらなかった。

 私が勝手に、奴を幻影を強大にしていただけだった。


 既に弱り切っている敵を切り刻む程、私は外道ではない。



「もう一度、問います。あなたの最終目的は何ですか? 最後の敵は誰ですか?」




 知れたこと。

 あの時と答えは変わらぬ。




「どうしてあなたは、それをしたいのですか?」



 それが鬼神である我が宿命なのだから。

 魔族である我々の平和は、人間を屈服させることにより成就する。



「難しい顔をしていますね。おそらくあなたはそのことを躊躇されている。なぜ、躊躇するのですか? それがあなたの幸せに通じるというのに」


「伊藤氏。これが我々の幸せに通じる道だと信じていた。だが……」


「知っています。あなたはその迷いを断ち切るために、私の武器屋に訪れたのですから」

「伊藤氏。私は……」


「ご存知ですか? このひのきの棒……」

「ひのきの棒?」


 私はひのきの棒を見つめた。

 伊藤は静かにこう言った。



「このひのきの棒に断ち切れないしがらみはございません」



 それはどういう意味だ!?



 私が今感じているしがらみ……

 それは……


 も、もしかして伊藤は、魔物と人のしがらみを断ち切ることができると言っているのか!?

 そう言っているのか!?


 バカな!

 そのような事、天地がひっくり返っても叶えることなどやしない。

 今までの歴史そのものを、覆すようなものだ。

 それをたかだが、このような棒きれなんかで……



「伊藤氏よ。あなたが言っているのは、タダの戯言。詭弁。生ぬるい綺麗ごと。そのような事、実現不可能だ!」

「どうしてそのように思わるのですか?」


「逆に聞く。どうして伊藤氏は、そのように断言できる。お前に私の何が分かるのだ!?」

「何も分かりません。ただ一つ断言できるのは、あなたはほんの小さな世界で戦っているということくらい」



 小さいだと!

 


「小さくなどない! これは我が宿命。それを背負って生きているのだ!」


「いえ、小さいです。

 超える事の出来ない壁と思っている以上、その小さな世界から抜け出せることは決してないでしょう。そもそも今の世界より、もっと大きな世界があることを認識すらできていないのですから」

 

 

「なんだと! 私は……」


「ですがあなたは、もうひとつ大きな世界を気付けた」



 人と魔物が手を取り合う、そのような夢のような世界の事を言っているのか……

 

 

「それを現実のものにできるかどうかは、これからあなたの選択していく行動にかかっています。あなたがどうなっていきたのか、どういう道が最善なのか、それを考え選択することにより、どういう代償があるのかは図りしれません。

 しかしそれでしか、あなたの未来を変えていくことはできないでしょう。

 わたくしが助言できるのは、ここまでです」



 そう言うと伊藤は背中を向けて、朝日の方へと歩いて行った。



 このひのきの棒が、魔物と人の未来を変える。

 そう言っているのか……

 伊藤……

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