番外編 プロポーズの裏側
竜くん目線です。
『早苗が潰れたから、持って帰れ』
夜、仕事から帰ると栞からメールがあった。
「そういえば、一緒に飲むって言ってたっけ」
早苗とは就職後、暫くしてから付き合い始めたから、何だかんだで六年になる。
俺の最近の悩みは、同居や結婚も視野に入れるべきか、ということだった。
正直に言うと、貯金もそこそこ貯まっているし、子供の頃からの分も合わせると、かなりな額になる。お金には全く問題ない。
両親も全く問題ない。
ただ、問題があるとすれば……俺の意志の弱さだけだった。
さて、いつもの居酒屋に着くと案の定、早苗はカウンターのテーブルに突っ伏していた。
入るかどうか決めかねたので、とりあえず栞にメールすることにした。
『着いたけど、どうすればいい?』
と送ると直ぐに。
『遅い』
単語で返信が来た。
けれど、栞の手が動いた気配はあまりない。
よくよく見てみると、机の下でいじっているのが見えた。
器用な奴だ。
『早苗にどれぐらい飲ませた?』
『潰れかけるまで』
むちゃくちゃである。
まぁ、栞ならやりかねないが。
『わざと飲ませたのか?早苗が酒弱いの知ってるだろう?』
『あんたの為よ。早苗に気付かれないように、聞き耳立ててなさい』
それ以降、いくら送っても返信が来なかったので、仕方なく店内へ入り、水だけ頼んで聞き耳を立てた。
「で、あんた達、まだ結婚しないんだ?」
「仕方ないじゃん!竜が、いつまでたってもプロポーズして来ないんだから!」
彼女がかなり饒舌になっているところを見ると、かなり酔いが回っているだろうことが分かった。
どうやら、栞相手にずっと話していたらしく、栞は少々げんなりとしていた。
「告白するときもそう!ギリギリにならないと踏ん切りがつかないの!
ヘタレ!」
「……でも、好きなんでしょ?」
「当たり前でしょ……?
私が何年片思いしてきたか、あんた知ってるじゃない」
「んー、そうね」
……どうやら栞はこのために早苗に飲ませたらしいと分かった。
「で、早苗は他に、竜の何が嫌なんだっけ?」
「手ぇ出してこないとこ」
「!?」
水を吹き出しかけた。
女子ってそんなことまで話すのか!?
まさか、栞は全部知ってるのか!?
焦る俺などつゆ知らず、早苗はどんどん話し続ける。
「前に、お泊まりだってしたんだよ?
学生でもあるまいし。つきあってる彼女に手ぇ出さないのって、普通あり得なくない?」
「はいはい。もうちょっと飲みなさい」
栞が注いだモノを飲んだ早苗は、今度こそテーブルへ倒れ込んだ。
「竜、おいで」
少しばかり黒い笑みを浮かべる栞に苦笑を返すと、チョップをお見舞いされた。
「ってぇ!手加減しろよ!」
「四時間ちょい愚痴を聞かされ続けた私の身にもなりなさいよ!
これぐらい、軽いもんだわ」
そう言われてしまうと、ヘタレの俺は何も言えず、黙ってコップを空にした。
「はぁ。あんた、プロポーズしちゃいなさいよ」
「え、いきなりか?」
「いきなりって程でもないでしょ?
それに、酔った勢いで吐いた事よ?早い方がいいと思うわ」
「……分かった」
分かった。プロポーズするさ。ムードもへったくれも無いだろうがもういい、と少し投げやりになったが、仕方ないと思う。
潰れてしまった彼女をおぶって帰ろうと思い、身体を起こしてやると、いきなり顔を上げて笑った。
「あー、竜だぁ。あいたかったぁ」
ギュウっと効果音付きで抱きついてきた彼女は、どうやら幼児化している様だった。
……栞、マジで飲ませすぎだ。
「ねぇ、りゅう。今日、りゅうん家泊まってっていーい?」
目はとろんとしており、語尾にハートが付いている。そして、クビをこてんと傾げる仕草付き。
……お酒マジック恐るべし、だ。
「分かったから、帰ろうな」
俺がそう言い背中を向けると、早苗は背中にしがみついてきて、そのまま寝てしまった。
『平常心、平常心』と心の中で唱えつつ立ち上がる俺を見て、栞は薄くほほえんだ。
「ヘタレで単純で早苗にベタぼれな竜に、アドバイス。
どうせ手ェ出すなら、いっそ初夜をオススメするわ」
つまりは、早くプロポーズしろと言うことか、と目で問うと
そう言うこと♪とウインクが返ってきた。
「……ご忠告ありがとう」
……その時の心境?
もうこの店には来れねーな。
とだけ思った。
後は、ちょいとばかり不機嫌だったかな。
帰り道、早苗が寝言で
「りゅう、すきぃ」
と言っただけで機嫌を直した俺は、やっぱり単純なんだろうな。
栞にバラすなと言った理由。
そのいち 怒られるから。
そのに 恥ずかしいから。