オレンジジュース
俺はバーに来ていた。
仕事が終わり、疲れに疲れきった俺は、自分の最寄りのバス停の近くにあるバーでアルコールを摂取し、その疲れを忘れる。
という訳ではなく、俺はこんなところに来たとしても、アルコールを取る気は無い。
俺はアルコールが好きでは無い。
部屋の中の汚いところを、アルコールで掃除する等で、いつもお世話になっていることはあるが、自分でお酒とかを飲むという面では、俺はアルコールが嫌いだ。
そもそも、アルコールという物質は、人間の体に害でしかない。
身体的に悪い影響を与えることはもちろん、脳にさえ悪影響を与える。
この世の中には、体に空く影響を与える非合法なクスリ、ドラッグというものがある。
このドラッグは、単に体に悪影響を与えるという面で、禁止されていると思っている人が多いと思われるが、俺の認識で言えば、ドラッグが禁止されている1番の理由は、脳に与える影響が分からない点だと考えている。
生物学的な面で、1番人間の体で解明されていないのは脳だ。脳というのは人の体の中で1番、複雑な作りをしているのだから当然だ。この脳の仕組みを新たに解明できるものがいるならば、ソレだけでノーベル賞ものだ。
そんな脳に、1番影響を与えるというのは、ドラッグだ。
一般的な薬は、身体の悪い所を治す為に使用するというのがほとんどだが、ドラッグは違う。
ドラッグは、自身の脳を作りかえる為に使用する。
要するに、ドラッグは自身の脳を使用者の意思で自由にカスタマイズ出来る性能を持つと言える。
この性能は見方によっては、若者がオシャレなファッションをして、自分をカスタマイズしているのと同じとも言える。
しかし、先程述べたように、脳の仕組みは複雑で、まだ解明されていない部分も多数にある。
そんな脳に影響を与えるドラッグを、薬や脳の知識に詳しくない素人が使ったとしたら、悪影響になることは間違いない。
だからこそ、ドラッグは禁止されているのだが、脳に少量の影響を与えるものは、一部合法とされている。
そのひとつが、酒だ。
酒は飲んだ者に、何とも言えない高揚感を与え、飲んだ者は気分がアガったり、急に泣いたりする。
これは酒に入っている、アルコールが脳に作用しているからだ。
そして、このアルコールは脳にそれ以外の効果も、俺たちが知らないだけで与えてる可能性もある。
そんな事を知っている俺は、アルコールが入った物は喰うつもりも無いし、飲むつもりも無い。
だから俺は、こんなバーに来ても酒を飲まないのだ。
では、何故そんな俺がこんなバーに来たのか?
それは、俺がバーで飲みたいものがあったからだ。
「お待たせいたしました。」
そう言ったバーテンダーは、俺のテーブルに1つの飲みものを置いた。
橙色に染まった、フレッシュな液体。
オレンジジュースである。
俺はこのオレンジジュースを飲んだ。
美味い。
何とも言えないこの酸味と甘味は、飲む者を極上の味覚天国へ、落とそうとする。
この美味みを出しているのは、このオレンジジュースがオレンジ果汁を100%使ったものであるだけでは無い。
この美味みは、バーで働くバーテンダーに腕によるものがデカイ。
バーで働くバーテンダーは、ただバーでテキトーにお酒を入れていると思われがちだが、実際問題そうでは無い。
バーテンダーは酒を入れる時、その酒に適した温度は何度か、その酒はどのグラスで飲むのがいちばん美味しいか等、様々なことを考慮して酒を入れる。
そして、酒に適した状況を作る為に、酒を入れるための技術も彼らは得ている。
このオレンジジュースも、その彼らの技術を集約されたものだ。
特に、このオレンジジュースで1番注目すべき点は、氷だ。
飲み物に入れられた氷というのは、溶けたり、砕けたりすることで、飲み物に溶けてしまい、飲み物の味が薄くなってしまう。
しかし、飲み物に氷を入れなくては、その飲み物は冷えておらず、疲れた体は癒せない。
だからこそ、バーテンダーは飲み物に氷を入れる時も、最善を尽くしにかかる。
飲み物を入れる氷は、あまり溶けないものを揃え、飲み物に氷を入れ、混ぜる時も、氷を溶けないように、尚且つ飲み物が程よく冷えるように、最前のバランスを考えながら混ぜる。
これには俺たち、常人には理解できない努力があるはずだ。それこそがこのオレンジジュースを格別な物に変えるのだ。
オレンジジュースを飲み終えた俺は、バーをあとにした。
俺は酒が嫌いである。
しかし、この酒を美味しく飲ます為に研鑽を積んでいる者もいる。
俺はそういった、ひとつの技術に打ち込むものが好きである。
そういった者達の技術は、俺達を楽しませ、俺達、人間の生活を豊かにするのだ。
今回のオレンジジュースも、500円という、スーパーの数倍するものだが、彼らの技術を買ったのだから、俺からしたら良い買い物である。
しかし、この技術を酒に使うのは些か複雑だ。
酒というのは、俺からすれば悪だ。
人の身体を壊し、その影響は脳にも及ぶ。
出来れば、俺の周りの人には酒なんて飲んで欲しくないとは思う。
しかし、酒を飲んでいる者達は通常の人に比べ話しやすく、シラフの時より面白い話をしてくれる。
その為、俺は酒飲みがそこまで嫌いでは無い。
酒は無くなって欲しいと思う反面、そう言った酒飲みとの時間が無くなってしまうのは嫌であるとも、俺は思う。
そんな複雑な感情を抱きながら、俺はこのオレンジジュースを夜飯がわりにして、今日も歩いて家に帰るのであった。




